英雄様、ワケあり幼妻はいかがですか?

久川 航璃/ビーズログ文庫

プロローグ

 


 東にある小さな島国からやってきたひめを乗せた馬車が、大陸の半分をめるていこくツインバイツのこうていが住まう皇城のおもてげんかんまった。

 はなよめしょうに身を包んだ十五さいの少女は、馬車に同乗しているじょにヴェールをかぶせられ、うすいレースしにゆっくりと外側からとびらが開くのを静かに見つめる。

 光がんだと同時に、すぐにさえぎられるのがわかった。


 目の前には、扉をおおかくすほど大きなたいの男がいた。婚礼衣装を着こんでいるところを見れば、少女と同じしょうなのだろう。しっこくあでやかなかみはざっくり整えられ、紅玉のような赤いひとみもうきんるいを思わせるほどにするどい。太いまゆの間には深くしわが刻まれ、高いりょうに続く薄いくちびるはへの字に曲げられている。


 文句なく整ったようぼうなのに、あまりにまがまがしいふんである。

 ヴェール越しですら圧が強い。


 彼の後方で左右にひかえているこの国のじゅうちんたちはみな一様に、顔が引きつっていた。はな婿むこきょうしょうちょうのような存在だと知った姫が泣き出すか、げ出すか――とにかく取り乱して男をさらに不快にさせないかをひたすら心配しているのだろう。


 だん接している臣下ですらそうなのだから、少女の連れてきた侍女などがんめんそうはくとおして空気のようにはかなくなって意識を飛ばしている。馬車の奥にいて身じろぎもせず座っているので気付かれていないだけで。

 ゆいいつ、男のそばにいるひょろりとしたあわきんぱつの青年だけが、興味深そうにじょうきょうを見守りつつ、口を開かない男に代わって、おだやかに声をかけてくる。


「ようこそ、テネアリア様。私はサイネイト・フランクと申します。この国の皇帝補佐官をしております。こちらはツインバイツ帝国第十二代皇帝、ユディング・アウド・ツインバイツへいです。このたびは遠路はるばる我が国に輿こしれいただきありがとうございました。このまま簡単なこんいんしきおこないますが、その後はお部屋の方でおくつろぎいただければと存じます」


 花嫁をおびえさせないようづかいに満ちたこわに、少女――テネアリアはうなずきで返す。

 この国では皇帝よりも先に発言するのは不敬には当たらないらしい。


 エスコートして馬車から降ろしてもらう動きもないので、その場でテネアリアは夫となる大男――ユディングに頭を下げた。


「はい。陛下、お初にお目にかかります、テネアリア・ツッテンと申します。末永くよろしくお願いいたしますわ」


 思いのほかじょうあいさつを返した姫にあんをしつつも、周囲は息をんでユディングの反応を待っている。数々のおそろしい異名を持つ男は、どんな理由でおこり出すのかだれにもわからないのだから。


 そんな彼はちょうぞうのように動かない。

 みょうちんもくが場を支配した。


 だが、不意にどすっとにぶい音がひびいた。

 ヴェールを被っていて視界の悪いテネアリアには何の音かわからなかったが、侍女のツゥイが目を丸くしたのが気配で伝わる。


「さっさと手を取れ!」


 青年が小声で男に向かって指示をする。ああとか、うむとか声をあげてユディングは丸太のような太いうでばすと、ひょいっとテネアリアのこしつかんだ。


「きゃあっ」

「姫様っ」


 そのままたわらかつぎのようにかたへと乗せられて馬車から出る。彼のたくましい肩が腹に食い込んで、息がまった。


「この馬鹿っ、姫君をもっとていねいあつかえ」

「運ぶんだろう?」


 心底不思議そうな声が真後ろから聞こえて、テネアリアは彼の背中をばしばしとたたいた。

 意図は伝わったようで、ぐるんと視界が回る。

 彼の所作はおおざっで、体格差も相まってテネアリアはなすがままだ。


 ユディングは肩に担いだテネアリアの腰を両手で摑んで目の前に持ってくる。本当に荷物になったようだ。もちろんテネアリアの両足は地に着いておらず、ぶらんと下がったまま。あまりの身長差と彼の逞しさに思わずふるえたテネアリアだが、さらに真っ赤な瞳にしげしげと見つめられ、かんせいをあげそうになるのをぐっとこらえた。


「どうした」

「腕に乗せて、かかえていただけると大変助かります」

「腕?」


 不思議そうにしながらも、ユディングはテネアリアの言葉に従ってくれる。彼の性格は知っていた、、、、、けれど、むすめが生意気な、と怒る様子はない。

 ユディングは片方の腕でテネアリアを抱え上げると、腕の収まりのいい場所に固定した。

 彼の腕に座る形になると、テネアリアの方が目線の高さがやや上だ。


 おもむろにユディングは向きを変える。そのまま歩き出すつもりらしい。たんに大きくれてテネアリアは無意識にぎゅっと彼の頭を横からきしめる形になった。必然的に彼の髪にするりと指がれる。たんぱつなのにさらりとしたざわりが思いのほか、気持ちいい。


「ふふ、やわらかい……」


 うっかりれ出たテネアリアのつぶやきに、びしっと音が聞こえそうなほどユディングが固まった。

 馬車から転がり落ちるように出てきたツゥイは真っ青になりながら、「姫様っ」と小声でたしなめてくる。

 サイネイトは信じられない光景だと言わんばかりにぼうぜんとしていた。

 はた目にはきょうあくづらの大男が儚げな少女を抱き上げ、さらには頭をでられているという世にも奇妙な光景である。


 周囲にはお構いなしで、テネアリアは心の中でぜっきょうする。

 ユディング様にお目にかかれただけでなく、髪にまで触れられるだなんて信じられない――っ、ああなんててきなの、私のえいゆうさまは!

 こいがれて夢にまで見た相手と、こうして対面できただけでなく、実際に触れられているのだから感激に震えるしかない。

 結果的に、ユディングの時が再び動くまで、テネアリアはにこにこしながら漆黒の髪の手触りを楽しんだのだった。


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