第二章 社畜系婚約者の導き方
2-1
(ごめんなさい、謝ります。わたし、ドアマット系ヒロイン属性、正直
まだ
「デミオン様は……その、いつお目覚めになりましたか?」
「俺ですか? 俺は
「ひ、日が昇る前……」
ヒュンと息を
(それ、早くないですか? 明らかに早いですよね?)
リリアンは思わず背後のジルを見る。彼女は主の気持ちを
かり。
(ほら、やっぱり早すぎる!)
「デミオン様! わたしは昨夜、ゆっくりたっぷりお休みくださいと伝えたと思うのですが……お
「ええ、ですから俺は寝坊させてもらいました。でもカンネール
さらに
「カンネール伯爵家は掃除用具も
「我が家の掃除用具を
「備品の保管をしっかりされていて、伯爵家にお勤めの
きらきらお目々が
(いや、そうじゃない! 突っ込むべきはどこだ? 全てだよ!)
ライニガー侯爵家の掃除用具の状態も気になるが、問題はそこではない。
「この掃除用具、手入れを終えましたら俺がきちんと元の場所に返しておきます」
そんなデミオンの背後も右も左も、
なんということでしょう! 朝日がやたらと
しかし、
「ちょっと、待ってください! あ、あの、デミオン様、普段はどれだけ寝ていますか? わたし八時間
「ええ、リリアン
(いや、ダメでしょう!)
その短時間で何とかなったのは、若さという時限
じとりと、リリアンはデミオンを見た。
「……リリアン嬢?」
「デミオン様は、わたしを
アルカジアは理想郷を指す。
そんな天国へ早々にお送りするなんて、絶対にしたくはない。彼は自分と
「決して、そんなことを俺は望んでいません。俺は本当に丈夫なんです。何でもできなければ、侯爵家の長子として恥ずかしいと言われてきましたから」
「掃除ができない貴族の長子は、世に
リリアンもそのひとりである。しかし
「その……リリアン嬢を悲しませたいわけではないんです。俺は喜んで
「分かりました。わたしもデミオン様と同じ時間に
「だ、
「あら、どうしてですか?」
「リリアン嬢が
それはそうである。だが、誰もが同じだということを知らないのだろうか。リリアンが病気になるならば、当然デミオンにもその可能性がある。
「デミオン様、わたしも同じ気持ちなのです。デミオン様自身がいくら身体が丈夫と言っていても、倒れてしまうのではないかと心配します。不安になります。それに、人は休むべき時は休むべきなのです」
「……分かりました、リリアン嬢。では思い切って、五時間寝るようにします」
その
「八時間ですよ、デミオン様! ぼっち夫人、ダメ、絶対です!」
「はい、俺は
「とにかくデミオン様。二度寝しましょう!!」
「……もうひと働きしなくて良いんですか?
リリアンは無言でデミオンの手を
掃除用具の
その時、屋敷の
(……確かに、
知らぬ間に、調度品から
「お洗濯も、うちのランドリーメイドが行いますから、デミオン様の出番はありません!」
「……ですが、俺は得意なんですよ?
何てことだ。あの日、あの夜、あの部屋で見た
「俺が洗濯をすると、綺麗に
「それは、つまり……晴れ男ということですか?」
「ハレ男? 不勉強で意味が分かりませんが、リネン類の大物も俺にお任せください!」
「いいえ、お任せしません!!」
「……リリアン嬢」
少しリリアンも慣れてきた。しょぼくれた顔をしているが、彼を甘やかすと自然に
「さあ、お部屋に着きました。すぐに二度寝といきたいですが、まずはお食事が先です。なので、その前に
「……そうですか」
デミオンの普段の服として、ロナルドのものを
ただロナルドより彼の方が足が長く、寸足らずなのがごめんなさいだ。
「お父様の服をお貸ししたのに、昨夜の服のままなのですね」
「伯爵のお
「いいえ、またこのようなことをするのでしたら、そちらは
「そうですか」
しかし、ここでめげないのが
彼の
「俺は料理も得意なんですよ」
「料理はうちの料理長のトニーが、
「では、昼を俺がお作りしましょう。焼き
少し首を
ではと、気がつかなくて良いことに気がついたリリアンは、
「侯爵家ではディナーのメインディッシュも作っていました。義母は食に気まぐれで、急に食べたいメニューを言い出すんです」
それはなんともはた
「だから、俺が代わりに作っていました。料理人に
いや、全然良くない。発想がおかしなことになっている。
「これでも俺、
そこで、つい想像してしまったリリアンの敗北なのだろう。何しろ仕方がない。デザートは
王家
「ねえ、リリアン嬢。俺だけには教えてくれませんか? 凄く欲しいもの……あるでしょう」
気がついた時には、デミオンが顔を近づけていた。
どうしようと思うリリアンに、彼が首を傾げる。
「俺が何でも
昨夜も感じたような、
甘い甘い
(ダメなんじゃなかろうか? 否、もうダメだ。ダメに決まっている!)
「……わたし、マカロンタワーが」
そこで、実は背後にそっと控えていた
けれども――時
朝食後、デミオンはリリアンのお願いを大義名分の看板にし、それこそ時代劇の
結果、本日のカンネール伯爵家の昼食は、あの王家主催の宴でしか味わえない舌を
「これ、凄いよ。僕はこんなに美味しい料理は初めてだよ。デミオン君、君は大天才なんだね!」
「まあ……これは、あの有名な美食家のフィッツロイ伯爵も大絶賛した料理ではなくて?」
ロナルドもイーディスも
「リリアン嬢、どうです? 俺の料理とデザート、ご満足いただけましたか?」
「……はい、とてもとても美味しいです」
デミオンはニッコニコだ。
(だけど、そうじゃない。
心の中で、リリアンは完敗に
かくして欲望に敗北したリリアンだが、二度目はないと
朝目覚めると、真っ先に
リリアンは侍女のジルと一緒に、日々デミオン
昨日は、イーディスと仲良く
両親だけではない。カンネール家の屋敷の者は、大なり小なりデミオンに手伝って
リリアンはデミオンに休息を
「お父様もお母様も、デミオン様を使いすぎです! 良いですか、デミオン様はご実家で大変苦労してきたのです、我が家でゆっくりとぬくぬくお休みしてもらう計画だったのに、これでは全然休めてません!!」
リリアンは
(こ、これでは……
そう、ふたりは契約
「……まあまあ、リリアン。そういきなり休めと言われても、彼だって困ってしまうよ」
「そうよ。デミオン様を、部屋に閉じ込めるつもりではないのでしょう? 適度に身体を動かすことは悪いことではないと、バーク先生もおっしゃっていたわ」
先日、
(栄養が足りないのと、
「……貴女が心配する気持ちも分かるわ、リリアン。でも彼も、自分の立場を考えているのでしょう」
「デミオン様は……無理しているのですか?」
「そうじゃないと思うよ。だけどほら、リリアンは契約結婚と言って彼を口説いたから、気にしてるんじゃないかな」
何をと思いかけて、それこそ自分と同じなのだとリリアンは気がつく。契約結婚と言ったのは自分で、彼はそれを
「わたし……そんなつもりで言ったわけではありません」
リリアンは、しょぼんとしてしまう。
初めての
(……それに、デミオン様は苦労してそうだったから、少しでも楽になれば良いと思って)
灰かぶりみたいだったから、我が家でくつろいで欲しかったのだ。
(でも、デミオン様にはそうじゃなかったんだ……)
この屋敷でも沢山
今でこそ、人並みの睡眠時間をとってくれているが、約束したようなお
それもこれも、リリアンが契約結婚と言ったからか。
丁度その時、厨房からデミオンがデザートの焼きたてのパイを持ってきた。ワゴンに載せられた容器から、とても美味しそうな香りが
サクサクの折り込みパイではなく、タルトのような練り込みパイだ。
「どうぞ、皆様。焼き立てで熱いので、お気をつけください。お味は人気店のものを再現したので、ご安心ください」
配膳までデミオンがしてくれた。ロナルド、イーディスへと運ばれて、最後にリリアンの席に彼が皿を置く。
「リリアン嬢のお口に合うと良いのですが」
「わ、わたし、いつも美味しくいただいています!!」
思わず、ムキになって言ってしまう。けれども彼は微笑んだだけだ。
「で、デミオン様……」
「はい、何でしょうか?」
「……いつも、いつも、ありがとうございます。わたし、凄く嬉しく思っています。本当にわたし」
「ありがとうございます、リリアン嬢。貴女もですが、伯爵家の皆様は
でも、それは当たり前のことだ。手伝ってもらったら感謝を伝えるべきだと、リリアンとて知っている。リリアンは首を振りたくなる、違うのだと。伝えたいのは、もっともっと大きな気持ちなのだ。そして、申し訳なさ。
けれども、デミオンを見上げるリリアンに何かを察したのか。
「……わたし」と、開きかけたリリアンの
「何かをして、嬉しい顔をしてもらえるのは幸せですよ。少なくとも、舌打ちされるよりはマシだ。したことを喜ばれないよりも、ずっと良いと思っています」
さあ、熱いうちに召し上がってくださいと言われ、リリアンはやはり首を振る。この人を大事にすると決めたのだ。彼を幸せにするのが、前世の記憶を持つ自分の使命だと思っている。だから、ここで彼の
「わたしは……嬉しいです。どこかの誰がなんと言おうとも、デミオン様が頑張ってくれていることに、いっぱい感謝しています」
心の中が見えたらよいのにと、リリアンは思ってしまう。自分のこの胸にあるものを引っ張り出して、彼にさらけ出せられれば簡単なのにと。感謝やありがとうという、数文字で終わってしまう言葉だけではなく、沢山気持ちが
そこには、文字通りの意味だけではなく、デミオンを大切にしたい気持ちも入っているのだと、通じているのだろうか。彼の気持ちも教えて欲しいと思う。
「デミオン様……ご無理をなさっていませんか?」
彼の
「俺がですか? 大丈夫ですよ、いつもよりゆっくり寝てますし、三食美味しい食事がいただけて
「そ、そうですか。でもデミオン様はわたしの婿殿なので、必要以上にお仕事をしなくともいいんです。特に今は
「リリアン嬢の優しいお気持ち、とても嬉しいです」
そう返してくれる彼の笑顔が本心からのものなのかも、リリアンにはよく分からなかった。
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