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*****
「もう
若い女性の声が、城の大広間中に
今夜は王家
ここソニード王国は海に囲まれた島国。精霊王を頂点に、精霊を敬う人々が住む国だ。
その首都にそびえる王城の
しかも、本日は夏を
陛下による季節への
「わたくし、以前から思っておりましたのよ。貴方、血の繫がった弟を
「……アリーシャ王女
そこには予想通り、一組の男女と、ひとりの男性がいた。
輝く
その彼女の側には
そうしてふたりで、もうひとりの殿方を非難しているよう。
なんだか
時と場所を選ばない断罪劇は、まだまだ続く。
「大体、わたくしに
「アリーシャ王女殿下、申し訳ありません。私の
「ちが、違うのです。王女殿下、どうか話を……」
ぼっちで立たされている婚約者が、何かを告げようとする。けれども、王女の側に立つ青年――ジュリアンが完全に
「兄上、言い訳は見苦しいです。
イドには
「そのようなこと、するわけがない」
「では、私に
「……これは何かの誤解です、アリーシャ王女殿下」
しかし、どれだけ彼が訴えてもジュリアンの厳しい口調は変わらない。しかも王女の耳には決して届かないのだろう。多分聞く気がないに違いない。それを示すよう、悲劇のヒロイン顔負けで王女は
これでは本当に、誰が婚約者か分かったものではない。
「わたくし、このような相手に耐えられません! ああ、今もあまりの
そして、王女
王女の婚約者が
リリアンの家の庭師の方が、ずっと
(
かくして、王女殿下主演の愛の劇場は非道の婚約者を
「アリーシャ王女殿下! なんとおいたわしい。我が愚兄の不始末に言葉もございません。代わりに、尊くも美しき
「まあ、ジュリアン! そのような言葉をわたくしに捧げてくれるなんて、その清らかさに精霊王も感激なさいますわ」
果たして、そうなのだろうか。リリアンには疑問しかない。
(……無理なんじゃない? だって、精霊って
とはいえ、当人同士は大真面目なので、これも彼ら流の一途さなのだろう。
「アリーシャ王女殿下、お許しいただけるのですか。我が不滅の愛を?」
「ええ、ジュリアンの優しくも
「あ、あの……俺は?」
ぽつりと、ぼっちの彼が問う。けれども、王女はゴミを見るような目を向ける。
「
さらに
「兄上、
父上も母上ももう
「……そうか。俺はもう要りませんか」
リリアンは思わず、ぽかんと口を開けてしまう。すぐに扇で
(今の話、変でしょう? だって今、除籍する手続きを行いましたって、言ったよね。これから行うではなく、もう行った、ですか?)
つまり、この話は全て仕込みだとばらしているようなもの。とはいえ、噂はあった。王家のことだから大きな声で言われないだけで、アリーシャ王女殿下は婚約者のデミオン侯爵令息よりも、その異母弟のジュリアンをお気に
城内でふたりの
「アリーシャ! 何をしている。ジュリアン卿もだ」
ここに来て、ジェメリオ王太子殿下の声がかかる。王女と同じ金髪と長い
「話ならば、別室でしなさい。デミオン卿も」
王太子がデミオン侯爵令息へ声を掛ける。いや、元侯爵令息か。
けれども、当人はぼんやりしており、危なっかしい。それにやはり彼だけやたらと
この大注目の場をよく見ようと移動してきただろう見知らぬご婦人方に押され、リリアンはよろめきそうになる。どうやら、野次馬のごとく後ろから、幾人もの貴族たちが集まってきたようだ。
丁度リリアンのいる場所が、一番見やすいのか。気がつけば見知らぬ人が遠巻きに、事の成り行きを観察しているよう。人々の
しかし、当事者は気がつかぬものなのか。
「あら、お兄様。その男なら、もうこの場にいる資格などございませんことよ。だって、貴族ではないでしょう」
「アリーシャ!」
兄である王太子に
今、多くの貴族の目が彼女を見ていることだろう。これが十歳にも満たぬ幼子ならば、まだ許される。しかし王女はもう十六だ。誰もが、社交界への一歩を踏み出す
リリアンの
ただ、この中にどれだけ王女の元婚約者を心配している人がいるのかまでは、分からなかった。王女のことならば誰もが注目する。けれども、その婚約者であった男性のことは誰が心を配ってくれるのだろうと、リリアンは思う。
リリアンには父と母がいた。しかし除籍された彼には誰かいるのだろうかと、不安になる。自分も婚約破棄された故の同情だろうか。それとも、あの細い
ぎゅっと、知らぬ間に扇を持つ手へ力がこもる。
「デミオン卿、我が妹が失礼をしたようだ」
「いいえ、殿下」
首を振るデミオンへ、王太子が痛ましげな顔をする。
(あっ……)
それを見て、リリアンの胸が痛む。じくじくと傷が
(……だって、それじゃあ……そんな風に言われてしまったら、わたしが変だって、全然ダメだって言われたみたいだったから)
周囲を
待された。愛し合うふたりが結ばれることは
それなのに、自分は要らないと
それでもなお、感情のままに振る舞うことは許されず、何でもないふりをするしかない。
必死に平気ですという
同時にある考えが
王女や家族である侯爵家が要らないと言うならば、この方をわたしが
周囲に目をやるが、立候補する
「――あの、その……大変恐れ多くて申し訳ございませんが、こちらの殿方をわたしがいただいてもよろしいでしょうか?」
正直言ってリリアンは、自分の声がそんなに良く通るとは思わなかった。
けれどもどうやら、思い切り響いてしまったらしい。ざっと周囲の人々が波のように、身を引く。同時に高貴なる関係者一同が、リリアンを見た。四人分の目が
リリアン以上にぎょっとした顔で、王太子殿下がこちらをまじまじと見る。そして次の瞬間、頭痛の種が増えたというような表情をするのだ。失礼ではないかと、少し感じたことは秘密である。
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