第31話 本当に困ったちゃんですわ

一斉に放たれたバリスタの巨大な矢がワイバーンの群れに襲いかかる。ワイバーンの胴体や翼は硬質であるため、通常はバリスタの矢でも致命傷を与えることは難しい。が――


『グギャアアアアッ……!!』


バリスタの矢は、いとも簡単にワイバーンの胴体や翼を貫いた。それもそのはず、矢の先端はテイラーの魔法『加工プロセス』で強化されているのだ。


本来なら一体でも相当な脅威であるワイバーンだが、たった一度の射撃で半数が致命傷を負い、キリキリと舞いながら地上へと墜落していく。


「やった!!」


「俺たちでワイバーンを撃退したぞ!!」


バリスタの射手を務めた青年たちが歓びの声をあげる。


「まだ油断しちゃダメ!! あと四匹も残ってる!! すぐに二射めを放って!!」


「は、はい!!」


テイラーの指示を受け、射手が二の矢を放つ。が、さすがにワイバーンもバカではない。まとまっていたらやられると理解したのか、それぞれの個体にばらけて矢をかわしながら壁へと迫ってきた。


一体のワイバーンがぽっかりと口を開く。ブレスの準備に入ったのだ。


「まずい! 一番から三番の射手は逃げて!!」


絶叫するような声でテイラーが指示をだし、射手の青年たちがあわててその場を離れようとする。が、その刹那、ワイバーンの巨大な口から炎をまとったブレスが容赦なく放たれた。


「ああっ!! みんな!!」


ワイバーンのブレスに射手たちが呑みこまれ、テイラーの顔がぐにゃりと歪む。が――


「あ……!」


青年たちは転倒して尻もちこそついていたものの、かすり傷一つ負っていなかった。彼らの眼前、そこには光の壁のようなものが顕現していた。


テイラーが弾けるように、少し離れたところにいるリズを振り返る。視界に映ったのは、こちらへ向けて手のひらを突きだしているリズの姿。


そう、リズが咄嗟に魔法盾マジックシールドを展開したのだ。


「リズ様……!」


胸のなかで感謝の気持ちを述べたテイラーは、再びワイバーンたちへ鋭い視線を向ける。


「一番から三番までは左側の、四番から六番はその右側にいる個体を狙って!!」


指示を受け、再びワイバーンへの集中射撃が始まった。


一方、リズたちがいる場所では、ユイやモア、メルたちが不満げな表情を浮かべながら戦闘の様子を見守っていた。


「先生ずるいー! あたしもワイバーンと戦ってみたい!」


ユイがリズの服を引っ張りながらせがむ。


「わ、私も少し戦ってみたいかも、です」


「魔法撃ちたい」


やる気満々な弟子たちの様子に、リズが思わず苦笑いを浮かべた。


「まったくもう……仕方ありませんわね。では、一体くらいはこちらで引き受けましょうか」


ちらりとワイバーンに視線を向けつつリズが言う。三人娘が「やった!」と声をあげた。


正直、あれくらいの数のワイバーンなら、私の魔法一発で皆殺しにできてしまいますが……。部外者があまり手を出しすぎるのもいけませんしね。


まあ、ワイバーンと戦える機会なんてそうそうありませんし、この子たちにとってはいい経験かもしれませんの。


リズがスッと息を吸いこむ。


「テイラー! 一体はこちらで引き受けることにしますわ!」


「あ、はい! ありがとうございます!!」


テイラーがぶんぶんと手を振る。


「さて、あなた方。私は特に指示を出しませんから、三人で好きに戦ってごらんなさいな」


「はい!」


「は、はい!」


「はーい」


三人が元気に手を挙げる。ぴょんと一歩前に出たユイが、モアとメルを振り返った。


「じゃあ、あたしが魔法撃ってこっちに注意を引くから、向かってきたらモアがアイツの翼を攻撃して! んで、失速したらメルがやっちゃって!!」


「わ、わかりました!」


「りょ」


もっともこっちに近い一体のワイバーンに狙いを定めたユイが、魔法の準備に入る。


「ん~……いくよ! 『雷槍ライトニングランス』!!」


顕現した雷の槍が真っすぐにワイバーンのもとへ向かい、その巨体に直撃した。


『キシャアアアアアアアアッ!!』


距離が離れていることもあり、直撃したものの大きなダメージはないようだ。が、狙いどおりワイバーンはユイたちのほうへ向かってきた。


「モア、よろしく!」


「はい! 『炎槍ファイアランス』!」


ワイバーンの翼は激しく動いているにもかかわらず、モアの放った炎槍は見事に向かって左側の翼に命中した。途端にバランスを崩し失速するワイバーン。


「い、今です、メルちゃん!」


「ん。『魔導砲キャノン』」


すでに展開済みだった三つの魔法陣が輝きを帯び、一斉に閃光が放たれた。高威力の閃光が凄まじい勢いでワイバーンに襲いかかる。


魔導砲はワイバーンの胴体と頭部に直撃した。威力が強すぎたためか、頭部にいたっては完全に消失している。その様子を見て、ユイとモアが「げっ」と嫌そうな声をあげた。


骸と化したワイバーンの巨体が地上へ墜ちていく様子を眺めながら、リズは「ふぅ」と小さく息を吐いた。


ふふ。さすがはメルですわ。ワイバーンの体は硬質な鱗で覆われていますのに。それに、ユイとモアの魔法を発動する速度、精度、そして威力。いずれも以前より増していましたわね。


弟子たちの成長を目の当たりにし、リズは思わず口もとを緩ませた。


「あなた方、お見事ですわ。それに連携もうまくできていましたわね。さすがは私の弟子ですの」


大好きな師匠に褒められ、ニヤつきが止まらないユイとモア。メルも表情こそ変わらないものの、もっと褒めてほしそうにリズの顔を見あげている。


「ふふ。あなたの魔法は本当に素晴らしいですの。師匠として鼻が高いですわ」


優しく頭を撫でられたメルが、少し照れたように目を伏せる。そんな様子も、たまらなく愛おしいと感じるリズであった。


「さて……あちらもそろそろ終わりそうですわね」


リズが視線を向けた先では、二体のワイバーンを相手にテイラーたちが奮闘していた。すでに一体は体中に矢を受けており、瀕死の状態だ。


「んー……『血の雨ブラッディ・レイン』!!」


テイラーが魔法を詠唱すると同時に、ワイバーンたちの上空に大きな魔法陣が展開し、そこから大量の血の雨が降りそそいだ。


『ギギギッ……ギギャアアアアアアアッ!!』


痛みに悶えるような断末魔の声が響きわたる。よく見ると、血の雨に濡れた部分がドロドロと溶けていた。思わずリズが顔をしかめる。


これはまたずいぶんと……えげつない魔法ですこと。というか、あんな魔法私も初めて目にしましたわ。もしかしてあの子、とんでもなく強いんじゃありませんの?


リズがちらりとテイラーを見やる。


……ん? あの子、ちょっとフラフラしていませんこと? もしかして、さっきの魔法って自分の血を使ってるんじゃ……だとしたら……。


「あ! テイラーさん!!」


突然、バタンと倒れたテイラーのもとへ、ユイたちが慌てて駆け寄る。リズは呆れたような顔でため息をついた。


間違いなく貧血ですわね。はぁ……本当に困ったちゃんだこと。吸血鬼が貧血で倒れるとか笑い話にもなりませんわ。


体を溶かしながら墜落していくワイバーンを尻目に、リズもテイラーのもとへ歩み寄る。と、そのとき――


まだ何とか原形を保っていた一体のワイバーンが、突然天高く舞いあがった。そして、最期の力を振り絞るようにして大きく口を開けると、壁の内側へ向かって渾身のブレスを放った。


「く……往生際が悪いトカゲですこと!」


詠唱もなくリズの右手から放たれた魔法によって、ワイバーンは跡形もなく消し飛んだ。が、一歩遅く、放たれたブレスはそのままエステルの街なかへ吸いこまれ、整備された地面に直撃し爆風を巻き起こした。

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