第30話 お手並み拝見ですの
広場に漂う不穏な空気。ユイとロイズの手あわせをイベントとして楽しんでいたエステルの住人たちも、不安そうに顔を見あわせた。
眉をひそめたまま、険しい顔でロイズを見やるテイラー。ユイやモアたちは「どうなるんだろう?」と興味深そうに見守っている。
「……何なんですか、こんなところまで追いかけてきて。それに、リズ様たちにもご迷惑をおかけして」
「お……俺は、その……どうしても、君に一言謝りたくて……」
「今さら謝られたところで意味はありません。あなたのせいで、私はずっと暮らしていた森を出ることになったんですから」
隣に立つリズが「それはあなたが勘違いしただけですの」と小声でツッコむ。が、テイラーが口にした言葉を聞いた住人たちはにわかに気色ばんだ。
エステルの住人にとって、テイラーは集落を大きく発展させ、安全かつ快適に暮らせるようにしてくれた恩人だ。今や、老若男女を問わず、誰もがテイラーのことを女神のように敬っている。
「おい、聞いたか? じゃあ、あの男がテイラー閣下を……?」
「ああ。おそらく、テイラー様を襲撃したとかいう
「何て野郎だ。俺たちの女神様、テイラー閣下に酷いことを……!」
テイラーを慕う住人たちが、顔色を変えてじりじりとロイズのほうへにじり寄る。青年の一人は腰から短剣まで抜いていた。このままでは、間違いなく袋叩きにされて殺されてしまう、と考えたリズがパンパンッと手を打ち鳴らした。
「はいはい。これはあの子たちで解決すべき問題ですわ。あなた方は解散なさい」
壁となって押し寄せようとしていた住人たちに、リズが紅い瞳で視線を這わせていく。リズにそう言われて逆らえる者はいない。怒りに燃えていた住人たちは、少し肩を落としながらトボトボともとの生活へ戻っていった。
一方、テイラーはというと、いまだ地面に尻もちをついたままのロイズを睨みつけている。いくら好意を抱いていると聞かされても、そう簡単に許せるものではないらしい。
ロイズも、真正面から怒りのこもった目で睨みつけられ、少々萎縮気味だ。そんな二人の様子を見て、ユイたちが顔を寄せあいひそひそ話を始める。
「ちょっと、あの人だらしなさすぎない? あれだけ一目惚れだの好きだの言ってたくせにさ、どうして何も言わないのよ」
「完全にテイラーさんに圧倒されているというか。ちょっと、男子としてどうなのかなとは思います」
「あれじゃ尻に敷かれる」
好き勝手言っている弟子たちの言葉が耳に届き、リズがくすりと笑みをこぼした。
ふふ。こういうときの女子って怖いですわね。何となくロイズが憐れに思えてきましたの。あれじゃ、蛇に睨まれた蛙……というより、迷子になった子犬ですわね。
「テイラー、落ち着きなさいな。そんなに魔力をまき散らして威嚇していたら、ロイズは何も言えなくなってしまいますわ」
「う……」
リズに言われ、テイラーが大きく深呼吸を始める。体から立ち昇っていた黒々とした魔力が少しずつ収まっていく。
「ロイズ、あなたもあなたですわ。テイラーに伝えたいことがあってここへ来たんですわよね? だったら、いつまでも地べたに座ってないでさっさと立って、はっきりと自分の口で伝えなさいな」
「ぐ……」
まだユイにあっさりと負けたショックが抜けないのか、ロイズがのろのろとした動きで立ちあがった。が、いざテイラーを前にすると緊張したのか、なかなか目もあわせようとしない。
「告白しようとして目もあわせないとか、ないわー」
「私だったら幻滅しちゃいます」
「情けなさすぎ」
子どもたちの口から発せられる残酷な言葉が届き、ロイズが思わず顔をしかめた。その様子を見たリズが口もとに指を立てて「しーっ」としてみせる。と、そのとき――
「あ、あの……! あのときは、本当に申し訳なかった!」
ロイズが九十度に腰を折る。微動だにしないその様子を、テイラーはまだ黙ったまま見つめた。
「こ、怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、俺は本当に、き、き、君のことを……」
ユイとモア、メルが「きたこれ!」と胸の前で両拳をぐっと握る。
「ひ、一目惚れだったんだ……。テ、テイラー。その、俺と……俺と……交際してくれないかっ」
三人娘から「おおー!」と声があがる。はしゃぐ弟子たちに呆れたような目を向けたリズだったが、彼女も心のなかでは「おお」と呟いていた。
一方のテイラーは、眉根を寄せたままではあるものの、その頬がかすかに紅潮している。これは単純に、男性への免疫がないためである。
「わ……私は……」
テイラーが重い口を開き、ロイズが弾けるように顔をあげる。
「私は……!」
何とか言葉を絞りだそうとしているテイラーを、三人娘とリズが固唾をのんで見守る。ロイズの顔にも、先ほどまでとはまた違った緊張の色が滲んでいた。と、そのとき――
カンッカンッカンッ! と、鐘を打ち鳴らす大きな音がエステル中に響きわたった。
「な、何!?」
ユイが困惑したようにあたりを見まわす。一方、ハッとしたテイラーが壁の上に目を向けた。壁の上に配置されている見張りの青年たちが慌ただしくしている様子が視界に映りこむ。
「テイラー閣下!! ワイバーンの群れです!! 北東よりおよそ八体!! ものすごい速さで迫っています!!」
広場にいたテイラーの姿を認めた青年が、壁の上から声を張りあげる。刹那、テイラーが猛然と駆けだした。走りながら壁の上に向かって大きな声で指示を出す。
「総員戦闘態勢!! 一番から六番までバリスタ用意!! やみくもに撃たず敵が射程圏内に入るまで待つように!!」
住人の青年たちが次々と階段を使って壁の上へのぼっていく。動きにムダも迷いもない。きっと、普段から訓練されているのだろう、とリズは感心した。
「せ、先生! ワイバーンだって!」
ユイが興奮したように叫ぶ。
「そのようですわね。ワイバーンは一体でも強力な魔物ですの。あなた方、私のそばから離れては――」
「見てみたい!!」
「見たいです!」
「戦ってみたい」
目をキラキラとさせる弟子たちの様子を見て、リズはわずかに呆れたあと、クスクスとおかしげに笑みを漏らした。
「まあ、あなた方ならそう言いますわよね。では、私たちも壁の上に行ってみましょうか」
そう口にするやいなや、リズは三人娘と一緒に壁の上へ転移した。壁の上に立ったユイたちが視線を向ける先。そこには、大きな翼でゆっくりと風をかくようにしてこちらへ向かってくるワイバーンたちの姿が。
「うわっ! ワイバーンって、あんなに大きいんだ!」
「ち、ちょっと怖いです……!」
「先生。魔法を撃ち込んでもいい?」
クスっと笑ったリズがメルの頭にそっと手を置く。
「まあ、お待ちなさいな。これはテイラーの……いえ、エステルの住人たちの戦いですわ。まずはお手並みを拝見しますわよ」
少し離れたところでは、テイラーがテキパキと青年たちに指示を出していた。それぞれのバリスタには巨大な矢がつがえられ、いつでも発射できる態勢を整えている。
「テイラー閣下! 発射の許可を!!」
「まだよ!! もう少し引きつけないと威力が半減しちゃう!!」
勇ましく壁の端に立ってワイバーンの群れを睨み続けるテイラー。状況把握をしつつ、自身も魔法で攻撃できるよう魔力を練っている。
「初撃のあと、おそらくワイバーンはばらけて攻撃してきます! 各バリスタの射撃手は一番近いところにいる固体を狙うこと! 射撃補佐はすぐ二の矢を放てるように準備しておいて!」
テイラーの指示に、青年たちが「おうっ!」と声をあげる。そしていよいよ、ワイバーンの群れがバリスタの有効射程圏内に入った。テイラーが大きく息を吸いこみ、射撃の命令を下す。
「よし……バリスタ、撃て!!!」
ぶんっ、と空気を震わせるような音が響き、いくつもの巨大な矢がワイバーンの群れに向かって放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます