第28話 壁はとても高いですわ

リズ邸を出て約十五分後。リズとユイ、モア、メル、そしてテイラーに思いを寄せるこじらせ吸血鬼ハンターのロイズはエステル集落の前にいた。


「せ、先生……」


「……言いたいことはわかりますの」


呆然とするユイの頭にリズがそっと手を触れる。ユイだけでなく、モアやロイズもあっけにとられたような表情を浮かべていた。


「こ……これはいったい、何なんだ……?」


目の前の光景にロイズが息を呑む。それもそのはず、エステル集落は以前見たときよりさらなる進化をとげていた。


集落を取り囲む壁はさらに高く、より重厚になり、壁の上にはバリスタと呼ばれる据え置き型の兵器が一定間隔で配置されている。しかも、壁の外側には外敵の侵入を阻む二重のほりまで作られていた。


「……完全に軍事要塞化しましたわね」


難攻不落の要塞と化したエステル集落を見て、リズが小さく息を吐いた。


いくらテイラーに『加工プロセス』の独自魔法があるとはいえ、これはちょっと異常ですわ。もしかすると、これは……。


いまだ呆然とたたずむロイズへリズが向きなおる。


「ロイズ。ここはもともとただの小さな集落でしたの。ここまで発展したのは、すべてテイラーの力によるものですわ」


「あ、あの子に、そんな力が……?」


「ええ。そしてロイズ。あなたは少々、覚悟しなくてはなりませんの」


「ど、どういうことだ……?」


いぶかしげな表情を浮かべたロイズを無視して、リズがエステル集落を指さす。


「今、あなたの視界に映る光景は、テイラーの心理状態を表していますの」


ロイズが眉をひそめ、ユイとモア、メルが顔を見あわせる。


「この過剰防衛ともいえる備えは明らかに異常ですわ。これはつまり、絶対に自分の居場所を失いたくない、敵意を抱く侵入者は許さないというテイラーの心理が反映されていますの」


「……!」


「テイラーは、吸血鬼ハンターであるあなたに棲家を追われたことが相当なトラウマになっているようですわね」


「そ、そんな……!」


うつむいたロイズが唇をかむ。


「あの子の心の壁は相当に高く堅牢ですわ。それを乗り越えるのは、並大抵の覚悟では足りませんわよ?」


「ぐ……」


「どうしますの? やめておくなら今のうちですわよ?」


ロイズはにわかに天を仰ぐと、大きく息を吐いた。


「いや……彼女の心に傷を負わせたのは俺の責任だ。しっかりと謝罪したうえで、改めて交際を申し込みたい」


リズの目をまっすぐ見ながらロイズが言う。その様子を見たユイたちが「おお~」と声をあげた。


「……わかりましたわ。では、まず私がテイラーに会ってきますの。いきなりあなたを連れていっては、彼女も驚くでしょうから。ユイ、モア、メル。あなた方はロイズと一緒に集落のどこかで待っていてくださいな」


「はい!」


「はい」


「はーい」


元気に返事をした三人娘と、こじらせハンターロイズを引き連れ、巨大な門の前へと進む。壁の上にいた見張りの者が「リズ様だ! 門をあけろ!」と声を張りあげ、門がゴゴゴと音をたてて開いた。


「リズ様! ようこそおいでくださいました!」


「ごきげんよう。テイラーに用があって来ましたの。彼女はどこに?」


「はっ! テイラー閣下なら先ほど王都からお戻りになったので、おそらく自宅にいるかと!」


思わずずっこけそうになるリズ。


長官から閣下……次々と呼称が変わっていきますわね。というか、もうこれでは集落ではなく都市……いや、規模の小さな国ですわ。


とりあえず、ロイズをユイたちにあずけ、リズはテイラーの自宅へと向かった。彼女の自宅は集落のほぼ中央にある。何かあったとき、どこへもすぐに駆けつけられるようにとのことだ。


「ごきげんよう。テイラー、リズですわ」


住人たちからは女神のように扱われているテイラーだが、あいかわらず自宅は以前のままだ。さすがにそろそろ新しい住まいにしてもいいのでは、と思っていたそのとき――


「リズ様っ!」


ドタバタとにぎやかな音がしたかと思うと、玄関の扉が勢いよく開かれた。満面の笑みを浮かべてリズを出迎えるテイラー。


「ごきげんよう、テイラー。あなたに少し用があってきましたの」


「わあっ。リズ様が会いに来てくれるなんて嬉しいです! どうぞ、入ってください!」


テイラーに手を引かれ屋内へ足を踏み入れる。内装も変わりばえなかったが、以前にはなかったテーブルとチェアが目に入った。


「テーブルとチェア、そろえましたのね」


「はいっ。ときどき、ここでみんなと食事することもあるので」


なるほど、とうなずいたリズがダイニングチェアへ腰をおろす。


「それで、リズ様。私に用って何ですか?」


「ええ……そのことなのですが……」


うーん……どう切り出せばいいのでしょう。こうした仲介のようなこと、したことがありませんから難しいですわね。そのままありのままを伝えて大丈夫なのでしょうか。


「ええと……用というほどではないのですが、その……、あっ。あなた、以前暮らしていた森を、吸血鬼ハンターに追い出されたと言っていましたわよね?」


「えっ、ええ。はい」


「その……どのようなハンターだったか、覚えていますの?」


「もちろんですよっ! 私をあんな目にあわせた酷いヤツなんですから! んもう~……イヤな聖水の匂いぷんぷんさせて、血走った目で私のことを殺そうとして……! 思いだしただけでも腹立たしいです!」


ぷんすかと怒り始めるテイラーを見て、リズの頬を冷たい汗が伝う。いや、これまったく脈なしじゃありませんの?


「あの森は、お父さんとずっと一緒に暮らしていた、とても思い出深いところだったんです。そこを追われて、私がどれだけ悔しかったか……!」


「そ、そうですのね……」


「もし、私を追いかけてここへやってきたら、バリスタと魔法で蜂の巣にして、濠に叩きこんでやりますよっ! ああ~、ムカつくムカつくムカつく!!」


リズの目がすーっと泳ぐ。ど、どうしましょう……。テイラーの怒りは思った以上に根深いですわ。心の壁が高いなんてもんじゃありませんの。でも……話さないわけにはいきませんわよね……。はぁ……。


リズは大きく深呼吸をすると、テイラーの目をまっすぐ見つめた。


「テイラー、少し、私の話を聞いていただきたいですの」

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