第27話 とても信じられませんわ
オレンジ色の髪をした青年はロイズというらしい。
「で、あなた。テイラーにどのような用がありますの?」
リズ邸のリビングに漂う剣呑な空気。リビングの冷たい床に正座させられたロイズが冷や汗をかく。強大な力をもつリズがそばにいることもそうだが、ソファに腰かける三人の少女が今にも噛みつきそうな目で睨んでいるからだ。
すでに、ユイたちはリズから彼が何者なのかを聞いている。
「言っとくけど、少しでもリズ先生に変なまねしたらただじゃおかないから」
吸血鬼ハンターと聞き警戒心をあらわにするユイ。敬愛する師匠を殺しにやってきたのだと信じて疑わない目を青年に向ける。
「そ、そのとおりです」
「消し炭になってもらう」
ユイの言葉にモアとメルが続く。足がしびれてきたのか、ロイズがモゾモゾとしながらユイたちをちらりと見やった。
「き、君たちは……人間じゃないのか? どうして吸血鬼と一緒にいるんだ……? それに先生って……」
「その子たちは私の弟子ですわ」
ロイズが口にした疑問にリズが答える。
「き、吸血鬼が人間を弟子に……? そんなことが……」
信じられないといった顔をするロイズを、ユイがじろりと睨みつける。
「それよりあんた。さっき先生が質問したことに答えなさいよ。テイラーさんに何の用があるのよ」
「そ、それは……」
目を伏せたロイズを四人がじっと見つめる。
「たしか、テイラーは吸血鬼ハンターに襲撃されて、以前暮らしていた森を追い出される羽目になった、と言っていましたわね。だとすると、あなたがそのハンターですの?」
「う……まあ……そうだ」
うつむいたまま絞りだすように言葉を発したロイズは、深いため息をついた。
「ということは、逃げられたテイラーを殺すためにここまで追いかけてきた、ということですの?」
殺意まじりの紅い瞳でじろりと睨みつけられたロイズが思わず息を呑む。ソファに座ったままの三人娘も、憤慨した表情で今にも魔法を放たんとしている。
「ち、違うんだ!」
「違う? 吸血鬼ハンターの仕事は吸血鬼を殺すことでしょう? それ以外に彼女を探す理由がどこにありますの?」
リズの言葉にユイたちも「そうだそうだ!」と声をあげる。
「……れ、なんだ」
「……は?」
ロイズがぼそりと口を開くが、あまりにも小さな声なのでリズはよく聞きとれなかった。が、次にロイズが口にした言葉に、リズだけでなく三人娘もあっけにとられ、ぽかんと間抜けな顔をしてしまった。
「
シーン、と静まり返るリビングのなかで、ユイたち三人娘がお互いに顔を見あわせる。思いがけない言葉に、リズも体が硬直してしまった。
「ひ、一目惚れ……? あ、あなた本気で言っていますの? 相手は
「ほ、本気だ! 初めてテイラーを街で見たときから、俺は……完全にあの子に心を奪われてしまったんだ……」
リズは目をぱちくりとさせた。
ちょっと……驚きすぎて言葉が出ませんでしたわ。まさか、人間が、しかも吸血鬼殺しを生業とするハンターが半吸血鬼に一目惚れとは。そんなことってありえるんですの?
でもまあ、たしかにテイラーはかわいらしい顔立ちをしていますし、守ってあげたくなる雰囲気もありますが……。
「……ん? ちょっとお待ちなさいな。なら、あなたどうしてテイラーを襲撃したんですの? あの子は、それが原因で棲家を失い、しばらくさまよう羽目になったんですわよ?」
「そ、それが……」
再度大きなため息をついたロイズが、当時のことをポツポツと語り始めた。どうやら、こういうことらしい。
セイビアン帝国の帝都でたまたま彼女を見たロイズは、すぐさまテイラーが半吸血鬼であると見抜いた。が、ハンターとしての使命感よりも、彼女ともっと親しくなりたいと強く思ったそうだ。
そして、彼女を尾行して森のなかで暮らしていることを知り、ある日直接テイラーの棲家へと足を運んだ。が、いざ足を運んでみると、玄関の扉を叩く勇気が出なかった。
そうこうしているうちに、森の散策から戻ってきたテイラーが、玄関先で佇むロイズを発見した。腰にはいた銀製の剣と鼻につく聖水の匂い。彼女は、すぐさまロイズがハンターであると理解したようだ。
で、パニックに陥ったテイラーは一目散にその場を逃げ出したらしい。ロイズが必死の形相で追いかけたらしいので、それもいけなかったのかもしれない。
話を聞き終えたリズと三人娘は、先ほどまでとは違い、やや呆れたような表情を浮かべていた。
「はぁ……。ということは、あの子はハンターが自分を退治しに来たと勘違いして逃げ出した、ということですの?」
「おそらく……」
「いや、まず間違いないですわね。まあ、あの子もおっちょこちょいで早とちりなところがありますから」
ユイたちが「それは何となくわかるー」と口にし、リズがくすりと笑みをこぼした。
「それで、あなたはテイラーに会ってどうしたいんですの?」
「あ……改めて、交際を申し込みたいんだ」
ほんのりと頬を紅潮させたロイズに、ユイたちが「おおー」と声をあげた。こういう話はユイたちにとっても大好物なのだ。一方、リズはアゴに手をやりやや考え込むような素振りを見せる。
んー……はっきり言って、テイラーのロイズに対する第一印象は最悪ですわ。しかも、今でも自分を殺しに来たハンターだと思い込んでいるわけですし……。
それに、ロイズが本当のことを言っているとも限りませんの。私たちから居場所を聞きだすために、わざとこのような話をしている可能性も否めませんわ。
正座したままのロイズをちらりと見やる。思春期の少年のように頬を赤く染め、もじもじとする様子を見て、リズは「ふぅ」と小さく息を吐いた。
これが演技なら大したものですわ。どうやら、テイラーに一目惚れしたというのは本当のことのようですわね。さて、でもどうするべきなのでしょうか。
ほんの少し悩んでいるリズとは異なり、ユイたち三人娘はウキウキした様子でロイズに質問を投げかけていた。
「ねえねえ! じゃあテイラーさんと結婚するの!?」
「も、もし結婚したらどこで暮らすんですか!?」
「フラれたらどうする?」
一人だけとんでもなく残酷なことを口走った弟子がいるが、ロイズはぼそぼそとユイたちの質問に答えている。
はぁ……とりあえず、エステルへ連れて行ってみますか。恋の
「わかりましたわ。あなたをテイラーのところへ連れて行きますの」
「ほ、本当か!?」
「ええ。ただ、あなたの言葉にわずかでもウソがあったときは、どうなるかおわかりですわね?」
「も、もちろん……!」
「そのときは、あなたという存在がこの地上から一瞬にして消えうせますの。それをようく覚えておきなさいな」
わずかに顔を青くしたロイズが、コクコクと何度もうなずく。こうして、リズは弟子とユイたちを伴い、テイラーのいるエステル集落へと向かうのであった。
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