第26話 いったい何の用ですの?

いい天気ですわね――


燦々さんさんと降りそそぐ日の光を浴びながら、リズは洗ったばかりの真っ白なシーツを広げ物干し竿へかけた。


それにしても、先日のあの子たちには参りましたわ。まさか、よかれと思って用意したご褒美にあのような反応をされるなんて。


三人の愛弟子たちとのやり取りを思い出し、リズはくすりと笑みを漏らした。エステル集落の住人へ魔法を指導するという大役を見事果たしたユイたち三人娘に、リズは特殊効果付与エンチャントを施した銀製のブレスレットをご褒美として手渡した。


が、艶やかな光を放つ銀製のブレスレットに三人娘は大いに喜んだものの、リズが次に口にした一言を聞くなり、一様に顔を曇らせたのである。


『そのブレスレットが私の代わりにあなた方をきっと守ってくれますの』


致死性物理攻撃と致死性魔法攻撃への耐性効果を付与したブレスレット。彼女たちがきちんと身につけてさえいれば、たとえ死にいたるような物理・魔法攻撃を受けても死ぬことはない。


かといって、エンチャントのことを伝えてしまうと、彼女たちがそれに頼りきってしまうおそれがある。ゆえに、リズはエンチャントのことは伏せ、抽象的な表現をしたのだ。が――


リズの言葉に何か引っかかるものを感じたのか、ユイたちは一様に目を伏せた。


『リズ先生……どこか行っちゃうの?』


顔をあげたユイのクリクリとした瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。次いで顔をあげたモアとメルの瞳も潤んでいる。どうやら、三人娘は勘違いをしたらしい。


そのようなつもりはない、と苦笑いを浮かべながらリズが説明すると、ユイたち三人娘はこわばらせた頬を緩め一斉に胸をなでおろした。


「ほんと、あの子たちときたら……」


ふふ、と笑みをこぼしたリズの唇が三日月のように弧を描く。わかってはいるものの、やはりかわいい弟子たちから慕われているのを実感すると胸のなかがぽかぽかとあたたかくなる。


シーツを干したリズは、玄関扉のそばに用意してあった棒のようなものを手にとった。長さ二メートルほどの角材は地面に挿しやすいよう先端を尖らせており、反対側の先端には直径三十センチほどの丸い的が打ちつけられている。


ユイたちが魔法の練習に使用している的だ。庭の端へスタスタと歩みを向けたリズは、弟子たちにしこたま魔法を撃ち込まれてボロボロになった古い的を地面から抜くと、新しい的をブスリと地面に突き挿した。


あの子たちの魔法もかなり威力があがってきましたわね。弟子にしたばかりのころは、的へあててもここまで損傷を与えることはできませんでしたわ。


この調子では、頻繁に的を交換しなくてはならなくなりますわね。あ、そうですわ。テイラーにお願いして、的を強化してもらいましょう。うん、そうしましょうそれがいい。


そんなことを考えつつ、使えなくなった的を一箇所に集める。積み重なったいくつもの的の残骸に手をかざし、そっと魔力を込めるとまたたく間に炎があがり消し炭になった。


さて、もう少ししたらあの子たちがやってくるころですわね。今日はどんな練習メニューにしましょうか。そろそろ、新しい魔法も教えてあげないといけませんわね。


弟子たちの練習メニューを頭のなかで整理していたそのとき、リズの眉がぴくりと跳ねた。背後にただならぬ気配を感じ、ゆっくりと振り返る。


リズの紅い瞳がとらえたのは、五メートルほど先から鋭い目つきでこちらを睨む青年の姿。年は二十代前半だろうか、夕焼けのようなオレンジ色の髪が印象的だった。


「どちら様ですの?」


まったく臆することなくリズが口を開く。そっと背後に忍び寄れた技量は大したものであるが、その程度ではリズの脅威とはなりえない。


「……お前、吸血鬼だな?」


しばしリズを凝視していた青年が、眉をひそめたまま言う。


「ええ、それが何か?」


リズは青年の腰あたりをじっと見やった。女性と見紛うような細い腰には剣を携え、いくつもの革袋もぶら下がっている。


そのとき、リズがかすかに顔をしかめた。独特の鼻につく不快な匂いを嗅ぎとり、リズは相手が何者なのかだいたい理解できた。


「聖水の匂い……あなた、吸血鬼ハンターですわね?」


「……ああ」


青年の顔はかすかにこわばっていた。ハンターであることを見抜かれたからではない。日が高いうちから堂々と外を出歩ける吸血鬼。それはつまり、彼女が強大な力をもつ純血種の吸血鬼であることを意味している。


「吸血鬼殺しを生業なりわいとするハンターが私の前に現れた、ということは、つまり私を殺しに来たわけですのね?」


血のように紅い瞳にスッと冷たい色が宿る。


「いや……お前に聞きたいことがある」


十代半ばの少女にしか見えないリズの小さな体から立ち昇る禍々しい魔力。ハンターの青年は息苦しさを覚えつつも何とか口を開いた。


「聞きたいこと?」


「ああ……テイラーという半吸血鬼ハーフヴァンパイアのことを知らないか……?」


思わず眉を顰めたリズの様子を見て、青年は何か知っていると感づいたようだった。


「あなた、テイラーに何の用ですの?」


「し、知っているんだな?」


「ええ。もちろん、知っていてもハンターなどにあの子のことを教えるつもりはありませんが」


「ぐ……!」


唇を噛んだまま青年がリズを睨みつける。


「やっと……手がかりを掴んだんだ……! 何としても居場所を吐かせてみせる……!」


「ふふ……力づくで、ですの? 面白いですわね。やってごらんなさいな」


そっと剣の柄に手をかける青年を視界にとらえたまま、リズはクスクスと笑みをこぼした。そして、青年が剣を抜こうとしたそのとき――


自身の背後から強力な魔力が接近するのを感じ、青年は振り返ると同時にその場から慌てて飛びのいた。青年の視界に映りこんだのは、凄まじい速度で迫る複数の閃光。


「う、うおおお!!?」


かろうじて閃光をかわした青年は、ゴロゴロと地面を転がったもののすぐに立ちあがる。が――


「!!?」


腰から剣を抜き構えた青年が愕然とする。距離をとりつつ自分を取り囲んでいるのは、十歳にも満たない三人の少女だった。リズの愛弟子、ユイとモア、メルの三人娘である。


「リズ先生に手出してんじゃねぇぞこのやろーー!!」


「せ、先生に手を出すのなら、わ、私たちがお相手します!」


「とりあえず動けなくなってもらう」


口々に喚きながら、今にも三方向から魔法を放とうとしている三人娘に青年は唖然とした。


「な、なぜ人間の少女が……!?」


一瞬、きょとんとしたリズだったが、愉快げにクスクスと笑い始めた。


まさか、この子たちに守られるような日がやってくるとは思いもよりませんでしたわ。正直、ハンターくらい指一つで殺せますのに。でも……悪い気はしませんわね。


「三人とも、おやめなさいな」


リズがパンっと手を打ち鳴らす。


「で、でも先生! こいつ敵なんでしょ!? 剣抜こうとしてたし……!」


元気印のユイはまだ警戒を解かず、いつでも魔法を放てる態勢を維持している。モアやメルも同様だ。


「ふふ。私の敵になりうる者などいませんわ。その青年も本当はわかっているはずですわよ」


「ぐ……!」


がっくりとうなだれた青年は、大きく息を吐くと剣を鞘に収めた。


「あなた、テイラーを探しているようですけど、あの子にいったい何の用がありますの? まあ、吸血鬼殺しを生業とするハンターですから、理由は聞くまでもないのでしょうけど」


俯いたまま唇を噛み続ける青年を、リズはじっと見つめた。

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