第25話 成果を見せていただきますわ

ユイたちによる魔法指導も残り一日となった。リズの助言が功を奏したのか、顕在化していたそれぞれの問題点もかなり改善しているようだ。リビングで報告書に目を通すリズの目が細くなる。


ふふ……何でも素直に言うことを聞くのがあの子たちのいいところですわね。生徒たちともよい関係を築けているようで安心しましたわ。明日は指導の最終日なので、成果を確認するために私も早めに足を運びましょうか。あ、そうそう。


何かを思い出したように、リズは宙へアイテムボックスを展開した。細くしなやかな手をアイテムボックスのなかへ突っ込み、ゴソゴソと何かを探し始める。


取り出したのは、銀製の細いブレスレット。以前、他国へ足を運んだとき、弟子たちに似あいそうだと思って三つ購入しておいたものだ。


ご褒美が毎回食べ物というのも芸がありませんしね。今回はアクセサリーにしましょう。このまま渡しても喜びそうではありそうですが……せっかくなら実用性を兼ねたものがいいですわね。


リズがブレスレットの一つを手のひらへのせる。そして――


「『特殊効果付与エンチャント』」


手のひらに展開した小さな魔法陣のなかで、ブレスレットが光に包まれる。


「さて……付与する効果ですが……うん、決まりましたわ。『致死性物理攻撃耐性+致死性魔法攻撃耐性』」


ブレスレットを包み込んでいた光がひときわ輝きを増し、そして徐々に消失してゆく。


……これでいいですわ。これを身につけてさえいれば、あの子たちが死にいたるような物理攻撃や魔法攻撃を受けても安心ですの。


ただ、エンチャントを施していることを知られると、あの子たちがそれに頼りきってしまうおそれがありますわ。ですから、エンチャントについては伏せておいたほうがよさそうですわね。


ふふ、と笑みをこぼしたリズは、続けて残り二つのブレスレットにもエンチャントを施すべくテーブルへと手を伸ばした。



――翌日。


エステル集落の端に設けられた魔法の練習場では、ユイたちから指導を受けていた六名の生徒が緊張した面持ちで並んでいた。緊張しているのは生徒たちだけではない。指導を行ったユイとモア、メルも同様である。


先ほど最後の指導が終わり、これからリズの前で成果を披露しなければならないのだ。どちらかというと、生徒よりも三人娘のほうが緊張の度合いは大きいらしく、ユイにいたってはあからさまに顔が引きつっている。


「では、あなた方が練習してきた成果を見せていただきましょうか」


直立不動で横並びする六名の若者が「はい!」と勢いよく返事をする。声の感じからそれなりに自信はありそうだ。が――


「あなた方六名には、今から私と模擬戦をしてもらいますわ」


思いもよらぬ言葉に六人全員が言葉を失う。まさか、最後の最後にそのような試練が待っているとは夢にも思っていなかったのだ。


「ち、ちょっと、せんせー! そんなの勝てるわけないじゃん! あたしらだってまったく歯が立たないのに……」


喚き始めるユイをジロリと見やったリズが、口元に人差し指を立てて「しー」と沈黙を促す。


「慌てなさんな。私に勝てなどとは言いませんの。ただ、魔法を的へあてられるだけでは何の役にも立ちませんわ。実際の戦闘では敵も動きまわるのですから。この機会に実戦を想定した模擬戦を経験しておくのは、きっとあなた方の今後に役立ちますの」


リズの真意を理解した六人の生徒とユイたち三人娘が力強く頷く。


「私に一発でも魔法をあててごらんなさいな。ああ、私は体に対魔法結界をうっすらと張っているので、何も心配はいりませんわ。あなた方は、私に接近されて体に触れられたら負け。もちろん、全員でかかってきてかまいませんわよ」


それならもしかするかも、と六人の生徒が闘志をみなぎらせる。一方、ユイたちは「絶対ムリだ」と半ばあきらめ顔だ。


「さあ、いつでもよろしいですわよ。ユイ、あなた方は少し離れていなさいな」


「は、はい!」


言われた通りユイたち三人はリズたちのもとを離れて遠くから見学することに。「では、はじめ」とリズが声をかけると同時に、六人は素早くリズを囲むように配置についた。


「い、いきます! 『炎矢ファイアアロー』!」


「『風刃ウインドブレイド』!」


「『雷矢ライトニングアロー』!」


三名の生徒が三方向から同時にリズへ魔法を放つ。どうやら魔法の発動はすんなりできるようになっているようだ。


普通なら間違いなく直撃する状況だが、リズは迫りくる魔法を素早い動きでひらりひらりと回避していく。しかも、回避しながら魔法を放った青年のほうへまたたく間に距離を詰めると、手のひらでぽんとお腹へ触れた。


「はい、お疲れ様ですの。下がってくださいな」


「うう……はい」


こんな調子で、魔法を放ったあとの二人もあっという間に体へ触れられてしまい負けてしまった。


「うわー……せんせーめっちゃ速い……! あんなの絶対に捕まえられないよ!」


「で、ですね。リズ先生あんな動きもできるんですね……」


「さすがリズ先生」


普段目にすることのない師匠の機動戦を目のあたりにし、ユイたちがかすかにおののく。


「や、感心してる場合じゃないって! あっさり負けすぎたら、あたしらの指導が悪いってことになっちゃうよ!」


ユイの言葉にモアとメルがハッとした表情を浮かべる。


「と、とりあえず応援しなきゃ……! み、みんなー! むやみに魔法撃っちゃダメだよ! あと、先生が一人に接近したらその隙に背後をつけるように移動しながら戦って!」


「お、落ち着いてくださいね! むやみに魔法撃つと魔力切れも起こすので……!」


「連携は大切」


ユイたちの言葉が耳に届いたのか、残り三名の生徒が「はい!」と力強く返事をする。そんなやり取りを耳にしたリズの口元がかすかににんまりと綻んだ。


ふふ。なかなかよい助言ですわよ、あなた方。それに、たったの六日間しか指導していないにもかかわらず、魔法の発動から威力、精度、どれも申し分ないですわ。


もちろん、それでもこの私に魔法を一撃でもあてるというのは至難の業とは思いますが。とりあえず及第点には達しているので、ここらで終わりにしますか。


炎矢を放ってきた少女へ風を巻いて接近したリズがそっと腕に触れる。さらに、背後から撃ち込まれた風刃を軽く片手を振って消し去ると、一気に魔法を放った青年との距離を詰めポンとお腹へ触った。


あっという間の出来事に、手に汗握って応援していた三人娘が「あちゃー!」と同時に頭を抱える。


「さて、最後の一人ですわね」


残された最後の一人、十代後半の少女へ向き直ったリズが、ゆっくりと距離を詰めていく。一方、少女は距離を詰めさせてなるものかと移動を開始した。


「ふむ……いい判断ですわ。でも」


少女が立ち止まって魔法を放つ。


「魔法を放つ瞬間はどうしても止まってしまいますのよね。これからはそこが課題ですわね」


「あう……! 『雷矢』!」


迫りくる雷矢を余裕の表情で避けようとするリズ。だったが――


「えっ!?」


リズが動いた矢先、足が何かにつまずき態勢が大きく崩れ、転倒しそうになった。真っすぐリズへ向かって飛来した雷矢がその小さな肩へ命中する。


「リ、リズ先生!!」


魔法が直撃した師匠の身を案じるユイの絶叫が広場にこだました。慌てた様子でリズのもとへ駆け寄る三人娘。


「先生、大丈夫!?」


「リズ先生、お怪我は!?」


「傷は?」


手のひらでホコリを払うようにパンパンと肩をはたいたリズが、駆け寄ってきた三人娘へ優しい目を向ける。


「ふふ。私は対魔法結界を張っていると言ったはずですわよ? 何の問題もありませんわ」


たしかに、リズの肩には傷どころか、服が損傷した形跡すら見えなかった。安堵した三人娘が大きく息を吐く。生徒たちもリズのもとへ駆け寄ってきた。


「あなた方、よくやりましたわ。これは私の負けですの。わずかな期間だったというのに、よくここまで上達しましたわね」


リズから直接お褒めの言葉をかけてもらい、六名の生徒が感動したような表情を浮かべる。


「それに、ユイ、モア、メル。あなた方もですわ。わずかな期間でよくこの水準まで指導できましたわね。師匠としてとても鼻が高いですわよ」


三人娘の顔が蕩ける。敬愛する師匠から褒めてもらうのは何よりも嬉しいのだ。


「魔法は日ごろの練習がものを言いますわ。今後も日々鍛錬を欠かさないこと。わかりましたわね?」


六名全員が「はい!」と大きな声で返事をし、一斉にぺこりと頭を下げた。生徒たちとはここで別れ、リズとユイたちはブッカとテイラーのもとへ報告に行くことにした。


「それにしても……」


先ほど転倒しそうになったあたりをリズがちらりと見やる。


いったい、何につまずきそうになったのでしょうか。足元につまずきそうなものはなかったと思ったのですが……。


首を捻るリズの顔を、ユイたちが不思議そうに見上げる。ちなみに、リズがつまずいたのは直径三センチ程度の小石。


ただの小石ではなく、生徒への指導中にメルが『加工プロセス』の実験台にした石である。もちろん、魔法をかけたメル本人も、小石が数十キロの鉄球並みの重さに変化しているとはまったく気づいていないのであった。

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