第24話 これも師匠の役割ですの
ユイたちがエステル集落の住人に魔法を指導し始めて三日がすぎた。どうなることかと心配していたリズだったが、生徒たちから提出してもらった報告書を読むに、なかなか順調のようだ。
リビングのソファに体をあずけたリズが、テーブル上の報告書へ視線を落とす。一日めから三日めまでの報告書だ。
ふむ……概ね順調ですが、課題も見えてきましたわね。気になるのはこれとこれ……あとはこれですの。
・ときどき、ユイちゃんが注意するときの口調がきつくなったり、あからさまに不機嫌な表情になったりすることがある。
・モアちゃんはとても理論的なんですが、話の内容がときどき難しすぎて……。
・メルちゃんと会話が成立しないときがある。
うーん……まあ、そうですわよね。ユイはよくも悪くも素直でサバサバした性格ですから、思ったことをそのまま口や顔に出してしまいますのよね。人によっては怖い、口が悪いと感じてしまうかもしれませんわ。
モアは頭がよすぎるゆえの弊害ですわね。頭がよくて勉強好きな彼女は、自分を基準に考えてしまう。相手も理解していることを前提に話を進めてしまうため、生徒が置いてけぼりになってしまうのですわ。
メルに関しては……うん、仕方ありませんの。あの子とは私ですらときどき会話が成り立ちませんから。でも、あの子の今後を考えると、他者と上手に意思疎通を図る能力の向上は欠かせませんわ。
おそらく、本人たちは自分の欠点について自覚できていないでしょう。自分で気づいてくれるといいのですが、それは難しいですわよね。私からやんわりと伝えるとしましょうか。
――翌日。
リズは弟子たちの指導が終わる時間を見計らってエステル集落へ足を運んだ。
「リズせんせー!」
敬愛する師匠を視界に捉えた元気印のユイが笑顔で駆けてゆく。そのあとを慌てたようにモアとメルが追いかけた。
「ふふ。今日もお疲れ様でしたわ。指導はどうでしたの?」
「うーん、自分ではうまくできてると思うけど。みんなも、とりあえず簡単な魔法は発動できるようになったし」
「そうですね。まあ、多少個人差はありますが……」
「無問題」
三者三様の返事にリズが「ふふっ」と笑みを漏らす。
「うまくできていれば問題ありませんわ。さて、先ほどテイラーも王都から戻ったようですし、少しお茶をごちそうになって帰りませんか?」
三人とも異論はないようだったので、リズは愛弟子たちを伴いテイラーの自宅へと向かった。
──テイラー邸では、彼女がお茶の準備をして待ってくれていた。夕食前だというのに、三人娘はテイラーが王都で買ってきたカラフルなお菓子に夢中である。
「あなた方、あまり食べすぎると夕食が入らなくなりますわよ?」
苦笑いしながらリズが言う。
「甘いものは別腹だから!」
「これで最後にします……!」
「美味しい」
三人娘のご満悦な様子に、テイラーもクスクスと笑みを漏らした。
「それにしてもリズ様、ユイちゃんたち凄いですね! 習ってる人たちに聞いたら、もう簡単な攻撃魔法使えるようになったって。さすがリズ様のお弟子さんですね!」
「まあ、不安もありましたが、順調みたいで安心しましたわ」
お菓子を頬張る三人娘が口元をにんまりとさせる。自分たちでも手応えを感じているようだ。
「ユイ、指導しているうえで何か問題はありませんか?」
「あたし? んー……特にないと思うけど。気づいたことはすぐその場で伝えるようにしてるし、みんなちゃんと成長できてるかなって」
「ふふ。生徒からの報告書にも、ダメなところをはっきり言ってくれてわかりやすいと評判ですの」
わかりやすくドヤ顔をするユイに、モアとメルがジト目を向ける。
「あなたの素直でサバサバした性格が指導に活きているようですわね。ただ、言葉はときに鋭い刃物になることを忘れてはいけませんよ?」
「刃物……?」
「そうですの。感じたことをそのまま口や態度に表せるのはあなたのよいところですわ。でも、人によってはあなたの歯に衣着せぬ言葉を「厳しすぎる」「怖い」と感じる人もいると思いますの」
「そう……なのかな……?」
「ええ。特に気の弱そうな方や自分に自信がなさそうな方は。そのような方に対しては、口を開く前に言葉を吟味し、ときにはやんわりと伝えることも大切ですわよ?」
「そっかぁ……。はい、わかりました!」
何となく思いあたる節があるのか、わずかに目を伏せたユイだが、気を取り直して元気に返事をする。「いい子ですの」とリズから頭を撫でられたユイは満面の笑みを浮かべた。
「さて、モアのほうはどうですの? 何か問題は?」
「私は……うーん、特に思いあたらないですけど」
「そうですわね。生徒たちからも、あなたの指導は理論的かつていねいでわかりやすいと好評ですわ」
何かダメ出しされると思っていたのか、安心したようにモアが小さく息を吐く。
「あなたはとても頭がよいうえに、細かいところにも気がつきますからね」
「え、えへへ……」
大好きな師匠に褒められ、モアがモジモジし始める。
「ただ、人の理解力は個々で大きく異なりますの。もしかすると、なかにはあなたの説明が難しすぎる、と感じている人がいるかもしれませんわね」
「そ、そうなんでしょうか……?」
「仮定の話ですわ。不安なら、指導のなかでひと段落ついた際に、軽くおさらいをして生徒の理解度を確認してあげるとよいかもしれませんわね」
「なるほど……たしかにそうですね」
「ふふ。頑張りなさいな。最後にメル、あなたは問題なくできていますの?」
ぼーっとした顔のままもぐもぐと口を動かすメルに目を向ける。
「ん。問題ない」
「自信満々ですわね。たしかに、生徒からも「何だかんだでメルちゃんは凄い」と評価されていますわ」
「やっぱり」
メルがわずかに口元を綻ばせる。
「生徒たちとはきちんと意思疎通ができていますか?」
「ん。やってる」
「ならいいですわ。でも、相手は私やユイ、モアとは違うことを忘れてはいけませんわよ?」
「どういうこと?」
「ユイたちはもちろん、私もあなたの師匠としてそれなりに長い時間をともにすごしていますでしょ? ですから、メルの少ない言葉やかすかな表情の変化から心情、考えなどをある程度読み取れますの。でも、生徒たちは違いますわ」
「ん……」
「自分では意思疎通できてると思っていても、実際には伝えたいことが伝わっていない、ということもあるのでは?」
変化が乏しい顔のまま首を捻るメルに、リズは変わらず優しい目を向ける。
「難しく考える必要はありませんの。まずは、生徒にしっかりと向きあい、相手の話もきちんと聞くように心がけてみなさいな。もちろん、聞くだけでなく言葉のやり取りが大切ですわよ?」
「ん……やってみる」
「偉いですわ。きっとあなたならできますの」
ふふ、と笑みをこぼすリズと、まじめな顔で話を聞く弟子たち。その様子を、テイラーは羨ましそうに眺めていた。
師匠の期待に応えようと頑張るかわいらしい弟子たち。大切な愛弟子のため、傷つけないよう配慮しつつ問題点を伝えたうえで改善策を提示する師匠。
素晴らしい関係性に、テイラーのまぶたがわずかに熱を帯びた。
自分もこのような師匠に出会いたかった。このような素晴らしい師匠のもとで学びたかった。もっと早く出会えていたなら、私のことも弟子にしてくれただろうか。
「あれ? テイラーさん、泣いてる?」
「あ……! や、ごめんなさい! つい、あくびしちゃって……あはは」
怪訝そうに顔を覗き込むユイを、テイラーが何とかごまかす。
「ふふ。私の話はテイラーには退屈だったようですわね」
「んも〜……リズ様、意地悪言わないでくださいよ〜」
二人のやり取りを見ていた三人娘が愉快げに笑い声をあげた。テイラーが流した涙の真意は誰にも知られることなく、ティータイムはすぎてゆくのであった。
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