第21話 あなた方の出番ですわ
せっかくなので、リズたち一行はテイラーが暮らしている家でおもてなししてもらうことに。彼女の家は集落の中央にあるそうだ。
「集落の真ん中なら、どこで何が起きてもすぐ駆けつけられますから」
えへへ、とテイラーが照れながら言う。泣き虫で頼りないお嬢ちゃんだと思っていたリズだったが、認識を改めさせられることになった。
「あ、ここです」
立ち止まったテイラーが一軒の平屋を指さす。
「あら。ほかの住宅に比べてずいぶん質素というか……これって、もともと集落に建っていた家じゃありませんの?」
「はい。私は新参者なので、あまり豪華な家に住むのもどうかなと思って」
にっこりと微笑むテイラーのそばで、長のブッカが「はぁ」とため息をつく。
「リズ様からも言ってあげてください。この集落はテイラー長官のおかげで防衛力も上がり、住人たちも今まで以上に快適な暮らしができるようになりました。本当なら誰よりも立派な家に住んだっていいんです。なのに、テイラー長官ときたらこんな調子で……」
困ったような顔をするブッカを見て、リズが苦笑する。
「そうですわね。集落をこんなに発展させたのですし、あなたにはもっといい暮らしをする権利があると思いますわよ?」
「あはは……前に暮らしていた森でもこんな感じの家だったので、かえって落ち着くのもありまして……。まあ、そのうち考えます。あ、それより早く入ってください」
まったく、と呟きながらテイラーのあとについて行くリズの後ろでは、三人娘が顔を見あわせてクスッと笑みをこぼしていた。
建物の外観から受ける印象通り、邸内は実に質素であり、生活感もあまり感じられなかった。
「うち椅子がないので、これに座ってください」
居間らしき部屋の床に、テイラーが四角い箱のようなものを置いていく。五十センチほどの正方形で厚みは十センチほど。見た感じは木のようだ。
「え! 何これ! めっちゃふわふわ!」
腰をおろしたユイが驚きの声をあげる。
「ほ、ほんとですね。え、これ木じゃないんですか……!?」
お尻に敷いた謎の木の塊をモアが不思議そうに撫でまわす。
「椅子より全然快適」
メルも気に入ったようだ。
「テイラー、これも『
「あ、はい。ときどき集落の女の子が遊びに来てくれるので」
四角い木を手に取ったリズが、表面を指でぷにぷにと押す。
木を変形させたのでしょうが、木の質感はまったくありませんわ……。ふわふわぷにぷにとして、とても触り心地がいいですの。ほんと、今さらながらとんでもない魔法ですわね。
「リズせんせー、加工って何?」
「ああ、テイラーの独自魔法ですの。テイラー、この子たちに見せてあげてくださいな」
はいっ、と返事したテイラーは、手首に装着してあった金属製のブレスレットを外し手のひらへのせた。
「見ててくださいねー。『加工』」
手のひらに小さな魔法陣が展開し、ブレスレットが光に包まれる。そして──
「「「え!?」」」
三人娘が驚きの声をあげる。手のひらの上でブレスレットがぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間には鋭利なナイフに変わっていた。
「こんなふうに、テイラーの魔法は物体の形状や強度なんかを自由に変えられるのですわ」
「す、凄い……!」
「そんな魔法、見たことも聞いたこともありません……!」
「うらやま」
三者三様に驚く様子を目にし、リズがクスクスと笑みを漏らす。
「も、もしかして、集落の壁とか家もそうやって……?」
「うん。さすがに大きいし量は多いしで疲れたけどね」
えへへと笑うテイラーに対し、三人娘はぽかんとしている。なかなか衝撃的だったようだ。テイラーはナイフを再びブレスレットへ戻して手首に装着すると「お茶淹れてきます」とキッチンに向かった。
テイラーがうまくやれているかどうか、一抹の不安を抱いていたリズだったが、彼女やブッカたちの様子から問題ないとわかり密かに胸を撫でおろした。
「それにしても、わずかな期間でよくあれほどの防壁を築けましたわね」
集落で生産しているという、不思議な香りのするお茶を一口飲んだリズがテイラーを見やった。
「そうですね……魔力はかなりもっていかれるんですが、血をわけてもらってますので」
「ああ、なるほど」
「若い娘さんたちが毎日のように「血をどうぞ!」って来てくれるので、おかげさまで毎日元気いっぱいです!」
どうやら、テイラーは本当に充実した日々を送っているようだ。安心して暮らせる居場所を手に入れ、心から嬉しいという様子が伝わってくる。
「もっともっとエステルを発展させたいので、商人や職人なんかも呼び寄せようって考えてるんですよ」
「さっき言ってましたわね」
「はい。すでに王都で数名の商人には声をかけてるんです。明日も王都でその件について話しあいですね」
「ふふ。いきいきとしていますわね。あなたをここへ連れてきたのは大正解でしたわ」
にっこりと笑みを浮かべたテイラーだが、かすかに顔を曇らせたのをリズは見逃さなかった。
「何か、問題がありますの?」
「あ……はい。商人や職人との話しあいで、私がここを離れる機会が増えるので……そのあいだの集落の防衛が気になって……」
「いや、今でも相当な防衛力だと思いますが? ですわよね、ブッカ?」
話を振られたブッカが「その通りです」と頷く。
「でもでも、大勢で攻め込まれたり、強力な魔法の使い手が現れたり、ドラゴンが襲ってきたりしたら、まだまだ今の防衛力では物足りないんです」
リズの頰がかすかに引き攣る。この子、どこまで最悪の状況を想定していますの? 今でも過剰防衛と言えるほどですのに。まあ、居場所を絶対に奪われたくないという気持ちの表れかもしれませんが。
「だから、集落のなかで素質がある人に魔法を教えようと思ったんですが、なかなかその時間もとれず……」
「魔法を、ですの?」
「はい。魔法の使い手が何人かいれば、私がいないとき、万が一規模の大きな戦闘が発生しても集落を守れるかなって」
リズが「ふむ」と顎に手をやる。そして閃いた。
「わかりましたわ。エステルの住人への魔法指導は、この子たちが行いますわ」
リズに目を向けられたユイがお茶を噴き出しそうになる。モアも「え? え?」と困惑気味だ。
「ええと……ユイちゃんたちが、ですか?」
「そうですの。この子たち、こう見えてそこそこの使い手ですのよ。特に、このメルは控えめに言って魔法の天才ですの」
「そ、そうなんですね! 凄いです!」
キラキラと目を輝かせるテイラーとは対照的に、ユイたちは「ええ……」と戸惑いの表情を浮かべている。これまで魔法の指導はたっぷり受けてきたが、自分たちが誰かに教えるということを一度もしたことがないのだ。
もちろん、リズの狙いはそこである。住人たちに魔法を教える弟子たちの指導力や統率力などを把握、育成することこそ真の目的だ。
にんまりとした笑みを浮かべたリズが、顔を見あわせている三人娘へ向き直る。
「さあ。またまたあなた方の出番ですわよ」
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