第22話 じっくり考えてみることですわ
昼下がりのエステル集落に、耳をつんざくような炸裂音が響きわたった。あまりの音の大きさに、壁の上で警戒にあたっていた青年は跳びあがり、道行く少女は耳を塞ぎ、森で羽休めをしていた鳥たちが一斉に飛び立った。
「ななななな……!」
膝を笑わせながら言語を喪失したのは、短期間でエステル集落を発展させた立役者、テイラーである。ユイたちの魔法を見てみたいとのことで、集落の端にある広場へ全員で移動したのが五分ほど前。
「そそそそ、そんなことって……!」
彼女の目に映っているのは、集落をぐるりと囲う堅牢な防御壁にぽっかりと空いた穴。防御壁の素材は木であるものの、テイラーの独自魔法『
それが、ついさっきメルの放った一撃の魔導砲によって無惨に穴を空けられてしまった。呆然とするテイラーの隣では、リズが苦笑いを浮かべている。
「ふふ。なかなかやりますでしょ?」
「や、やりますなんてもんじゃないですよ! リズ様! あんな強力な攻撃魔法、吸血鬼だったうちのお父さんだって使えませんでしたよ!?」
早口でまくしたてるテイラーは、明らかに興奮している様子だ。
「あの子は間違いなく魔法の天才ですの。まあ……指導力に関しては未知数ですが」
「でもでも、まだあんなに小さな子なのに凄いですよっ。もちろんユイちゃんやモアちゃんも」
名前を挙げられた二人がリズの背後でにんまりとする。壁のそばへ行き、自分が空けた穴をまじまじと眺めていたメルも戻ってきた。
「お疲れ様ですわ、メル」
「ん。壁、穴空いちゃった」
上目遣いで言うメルに「愛らしいですの」と頰を緩めたリズが、優しくぽんぽんと頭に触れる。
「ふふ、そうですわね。テイラー、あれって直せますの?」
「あ、はい。すぐに直せるので大丈夫です!」
普段あまり表情に変化のないメルだが、安心したかのように小さく息を吐いた。
「お願いしますわ。で、あなた方」
リズが三人娘へ向き直る。
「明後日からは、学園終わりにうちではなく直接ここへいらっしゃいな。あなた方三人には、集落の人へ魔法を指導していただきますの。テイラー、素質がありそうなのは何人ほどいますの?」
「ええと、六人くらいですね」
「六人……。なら、一人が二人ずつ受けもち、六日間指導していただきますわ。で、二日ごとに担当の生徒を変えることにしましょうか」
二人一組の生徒が三組。一組に対し初日はユイ、二日後にモア、さらに二日後にメルとローテーションさせてゆく。これで、三人娘の一人一人が六人全員へ指導できる。
ときには相性があまりよくない生徒にあたることもあるでしょう。そのようなときにどう対応するのか。この課題ではあの子たちの対応力や柔軟性も見てみたいですの。
それに、人へ指導することで新たな気づきを得られる可能性もありますわ。きっとこの経験はこの子たちにとって
「で、でも先生。あたしら魔法の指導なんてしたことないんだけど……」
ユイが不安そうに口を開く。
「わかっていますの。だから一日猶予を設けましたわ。あなた方、明日もお休みでしょう? 自分が先生になったつもりで、どのように指導すればよいのか、じっくりと考えてみなさいな」
「うう〜……できるかなぁ。難しいよぅ」
頭を抱えるユイの姿にリズがクスッと笑みをこぼす。
「あなた方が学園で習ったこと、私から教わったことを思い返しながら考えてみるといいですわ。初日には私も見学に来ますから」
「初日には、ということはもしかして……」
モアがおずおずと口を開く。
「ええ。私がそばで見るのは初日だけですの。あとは結果を楽しみにしてますわ。帰りは私が迎えに来ますからご心配なく。あ、そうそう。六人の生徒たちには、あなた方からどのような指導を受けたのか、どう感じたのかといったことを毎日紙に書いて提出してもらいますので、覚えておくように」
三人娘の顔があからさまに引きつる。師匠にそばで見られ続けられるよりも緊張する、とユイ、モアは冷や汗をかき、メルは普段通りだった。
「六日後、生徒たちの成長度合いを私が確認したうえであなた方を評価しますわ」
「「「は〜い……」」」
さすがに今回は荷が重いと感じているのか、三人娘の声には元気がない。
「なお、今回も結果次第では素敵なご褒美をさしあげますわ」
やや
テイラーの様子を確認でき、今後の話もまとまったため、ひとまずリズたちはエステルをあとにすることに。
「ん?」
四人で門まで歩いていたところ、突然メルが何かを見つけたらしくしゃがみ込んだ。
「メルー、どしたん?」
「ん。まんまるな石」
道に転がっていた丸い石を指さすメル。と、何を思ったか──
「ん……『
地面に転がる小さく丸い石にメルが手をかざす。思わずリズやユイたちがギョッとした表情を浮かべた。が──
「んー……やっぱりムリ。難しい」
石は何の変化もしていなかった。一瞬「まさか」と思ったリズたちだったが、天才のメルでも初見の独自魔法を真似するのは難しいようだ。
「まあ、そりゃそうだよね」
「メルちゃんでもできないことあるってわかって、何か安心しました」
面白くないのか、ユイとモアへメルがジト目を向ける。そんな弟子たちの様子を微笑ましく眺めていたリズが「さあ、行きますわよ」と声をかけ、一行は大変貌を遂げたエステル集落をあとにするのであった。
そして、彼女たちが集落を去った五分後──
「わっ!!」
集落の門近くを歩いていた青年が、何かにつまずき地面へ転倒した。
「あいたたた……何だよ、いったい……」
擦りむいた肘をさすりながら、何につまずいたのかと恨めしそうな目を向ける。が、そこにあったものを見た青年は訝しげに眉を
「何だ、これ……丸い石……?」
それは、直径三センチほどの小さな丸い石。きれいな球体ではあるが、それ以外は何の変哲もない石だ。
「これにつまずいたのか? いや、ただの小石だしそれはないか……」
訝しがりつつ青年が丸い小石へ手を伸ばす。が──
「んなっ……! 何だ!?」
指でつまみ持ちあげようとしたが、石はまるで地面にくっついているかのように重かった。まるで大きな鉄球のような重さに、青年の頭が混乱する。
引きずるようにして何とか道の端に寄せた青年は、「テイラーさんが魔法をかけた石かな?」と首を捻りながら自宅へと戻っていった。
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