第20話 何なんですのこれ

モアの失恋騒ぎがあった翌日。一晩寝て吹っ切れたのか、学園帰りにリズ邸へ訪れたモアの顔は晴れ晴れとしていた。


思いを寄せていたクラスメイトへの気持ちも冷めたらしく、メルとも普段通り楽しそうに接していたため、リズは密かに胸を撫でおろした。


なお、モアから「シュウ君がメルちゃんのこと気になってるみたいですよ」と聞かされたメルは、「全然興味ない」とバッサリ斬り捨て、モアは思わず苦笑した。



「はい、そこまで」


リズがパンっと手を打ち鳴らす。庭で魔力を練っていた三人娘が魔法陣を閉じ、リズのほうへ振り向いた。


「今日の稽古はここまでにしますわ。お疲れ様ですの」


「「「ありがとうございました!!」」」


元気な様子の弟子たちへリズが優しい目を向ける。


「あなた方、明日は学園お休みですわよね? 私、エステル集落へ行く予定なのですが、あなた方もご一緒しませんか?」


「行く行く!」


「行きます!」


「行くー」


聞くまでもありませんでしたの、とリズが苦笑いを浮かべる。


「せんせー! 半吸血鬼ハーフヴァンパイアのお姉さんにも会えるんだよね!?」


「ええ。ちょっと変わってますがいい子なので、仲良くしてあげてくださいな」


少し前に王都を騒がせていた泣き虫の半吸血鬼、テイラーは、リズの仲介もあって今はエステル集落の住人だ。みんなの役に立ちたいとやる気をみなぎらせていたので、きっと集落の守りを固める工事も進んでいるだろう。


「明日は天気もよさそうですから、みんなでお散歩しながらのんびり向かいましょうか」


三人娘が目をキラキラと輝かせる。大好きな師匠とのお出かけはそれだけで嬉しいのだ。が、誰がリズと手を繋ぐかでぎゃいぎゃいと揉め始め、たちまちリズ邸の庭はかしましくなった。



──翌日。


晴れわたる空の下、リズたち一行はのんびりとエステル集落へと向かっていた。案の定、リズの両隣を巡って争いが勃発したため、交代で手を繋ぐことに。


リズ邸からエステル集落へは歩いて十五分ほど。ユイたち三人娘は「テイラーさんってどんな人なんだろーねー」と楽しげに話している。と、そのとき──


「? ん? あれ、何だろ……?」


集落がある方角を指さしたユイが不思議そうに首を捻る。リズたちもユイが指さす先を見やった。


「……? あのあたりって、エステル集落ですわよね? あんなもの、ありましたかしら?」


木々に隠れて見にくいが、何やら背の高い壁のようなものが視界に映り、リズをはじめ全員が首を傾げた。


いぶかしがりつつも歩き続けること約五分。リズたち一行は目的地であるエステル集落の前にいた。が──


「な、な、な……何なんですの、これ……?」


リズたち全員がぽかんと口を開けて立ち尽くす。呆然とするのも無理はない。視線を向ける先には、三メートルをゆうに超える壁がそびえ立ち、しかもそれが集落全体を囲うように続いていた。


それだけではない。壁には厚みがあり、上を歩けるよう設計されているようだ。現に、壁の上には手に手に武器を持った青年たちが一定間隔で配置されている。おそらくは見張りだろう。


「ま、まるで軍事要塞じゃありませんの……。あの子、どこかと戦争でも始めるつもりなんですの?」


驚きましたわ……テイラーの独自魔法『加工プロセス』の有用性は理解していましたが、まさかこれほどまでとは……。


しかも、テイラーの魔法は物体を変形させるだけでなく、強度も変えられると言ってましたわね。ということは、この壁もおそらく相当に強化されているはずですわ。


よく見ると壁のあちこちに小さな穴も設けられていますの。おそらく、矢や魔法で攻撃するための穴ですわね。これなら野盗どころか、軍隊ともまともに戦えますわよ。


と、そのとき。見張りの誰かがリズたちに気づいたらしく、壁の上から「リズ様だ!」という声が地上へ届いた。同時に、集落への入り口となる頑丈そうな門がゴゴゴ、と音を立てて開く。


「リズ様! ようこそおいでくださいました!」


見覚えのある青年がリズたちのもとへ駆け寄ってくる。


「ごきげんよう。テイラーの様子を見にきたのですが……ずいぶんと様子が変わりましたわね」


「はい! テイラーさん、凄いんですよ! おかげで集落の守りも相当固くなりました」


そうでしょうね、と頷きつつ集落のなかへ足を踏み入れる。


「え!?」


再びリズと三人娘が驚きの声をあげる。以前は道もろくに整備されず、建物も質素なものばかりだった。が。


「すごーい! 道きれいになってる!」


「建物も立派です……まるで王都の中心街みたい……」


「住みやすそう」


集落のあまりもの変貌ぶりに、三人娘も目をくるくるとさせながら感嘆の声を漏らした。


「あの子……思っていた以上に有能でしたわね。で、そのテイラーはどこに?」


「あ、はい。テイラーさんなら企画開発庁のほうに」


リズが思わずずっこけそうになる。いつからこの集落にそんな機関ができましたの?


「と、とりあえず案内してくださいな」


青年に案内されて着いたのは、これまた立派な建物。外壁は木材のように見えるが、手で触ると金属のような質感だった。


青年についてなかへ入り、一室へと案内される。そこでは、集落の長であるブッカやテイラー、ほか数人の青年がテーブルを囲んで何やら話しあっていた。



「うーん、今のままでも充分に守りは固そうだが……」


「そうですね。テイラー長官、あの壁はどれくらいの強度があります?」


「ほぼほぼ金属と同じくらいですかねー。剣や槍、矢などは間違いなく防げますよ。ただ、問題は大勢で攻め込まれたときですね。何せこちらは人数が少ないので。できるだけ壁へ近づけないよう、やっぱりほりは作ったほうがよさそうですね」


「なるほど。先日言っていた武器のほうはどうなってますか?」


「壁の上に設置するバリスタ(据え置き型の大型弩砲)ですね。生産は順調ですよ。一定間隔で壁の上に設置すれば、かなり防衛力はあがりますね」


「さすがテイラー長官です。それでは──」


「あなた方、どこかと戦争でも始めるつもりですの?」


コロコロとした鈴のような声が突然室内に響き、ブッカやテイラーたちが一斉に声の主へ顔を向けた。


「リ、リズ様っ!」


パァッと顔を明るくしたテイラーがリズのもとへ駆け寄り、その小さな体へ抱きついた。


「なかなか頑張っているようですわね。というより、頑張りすぎな気もしますが……」


「えへへ……やり始めたら止まらなくなっちゃって」


「予想以上の発展ぶりに少々驚いていますわ。これではもう、集落ではなく街ですわよ」


「そうなんですよ! 実は、今度商人なんかも呼び寄せようかなって! すでに、この集落のことを聞きつけて引っ越してきた人もいるくらいです」


嬉しそうに話すテイラーの様子に、リズも思わず頰を緩める。と、テイラーがリズの背後に立つユイたちを目に留めた。


「あ! もしかして、リズ様のお弟子さんってこの子たちですか?」


「ええ、そうですの。あなたに会うのを楽しみにしてましたのよ。ほら、三人とも、挨拶なさい」


背後でモジモジしているユイたちへリズが声をかける。


「あ、はい! あの、ユイです! こんにちは!」


「モアです。は、はじめまして」


「メルです」


一人を除き、やや緊張の面持ちで挨拶する三人娘。


「私はテイラーです。はじめまして! 半吸血鬼だけど……怖くないから仲良くしてね!」


「吸血鬼である私の弟子なのに、怖がるはずありませんでしょ」


ユイたちと握手をかわすテイラーのそばでリズが苦笑いする。以前はもっとオドオドした感じだったが、ここで暮らしているうちにずいぶん明るく元気になったようだ。


とりあえず会議もひと段落したようなので、リズと三人娘、テイラー、ブッカでちょっとしたお茶会をすることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る