第17話 とんでもない魔法ですわ
「どうしたんですの?」
オレンジ色の瞳をキラキラと輝かせるテイラーへ、リズが怪訝そうな目を向ける。
「リズ様! 私、この森に住むことに決めました!」
「……は?」
「森に住むことに──」
「お、お待ちなさいな。あなた、正気ですの? もといた森がどのような場所か知りませんが、ここの森は獣人やオーク、ゴブリンをはじめ魔物の巣窟ですわよ?」
眉を顰めるリズに対し、テイラーは笑みを絶やさない。もしかして、とんでもない強者だったりしますの? とリズは向かいに腰かけるテイラーをマジマジと見つめた。
「でもでも、私はリズ様のそばで一緒に暮らしたいんです! 少しばかり危険でも何とかします!」
「……あなた、攻撃魔法は?」
キラキラとした目を向ける
「えっと……そこそこ使えます」
「治癒魔法は?」
「それはそこそこ自信あります」
「戦闘経験は?」
「それも、そこそこ」
「全部そこそこじゃありませんの……」
何とまあ楽観的というか考えなしというか。実際どの程度強いのかわかりませんが、ハンターに棲家を追われるくらいなので、あまり期待はできませんわね。
「やめておきなさいな。森のなかは複雑な力関係で成り立っていますの。勝手に家など建てて住みついてごらんなさいな。すぐ徒党を組んだ獣人やゴブリンたちがやってきますわよ? しかも昼も夜も」
「あう……」
「あなたのようなかわいらしい女の子なら、あっという間に獣人どものおもちゃにされて散々犯されて最後は食べられるだけですわよ」
「ひっ……!」
脅すようにやや低い声で言葉を紡ぐリズ。効果はてきめんだったらしく、テイラーの顔はみるみる青くなった。
はあ……どうしようもない子ですわね。よくその程度のおつむで生きてこられたものですわ。さて、どうしましょうか。
顔を伏せて「でもでも」とまだグジグジ言っているテイラーを少しのあいだ眺めていたリズだが、突然あることを閃いた。
「……あなた、魔法はそれなりに使えますのよね?」
「え……はい」
「自信がある魔法は?」
「ええっと……『
リズがキョトンとした顔になる。千年以上生きているリズだが、テイラーが口にした魔法にまったく心あたりがなかった。
「加工……ですの? 初めて聞きましたが……」
「あ、うちのお父さんから習ったんです。「テイラーは半吸血鬼なんだから、今から手に職をつけられるようにこの魔法を教えてあげるよ」って」
「それは……素敵なお父様ですわね。で、いったいどのような魔法ですの?」
父を褒められて嬉しかったのか、テイラーの頰が緩んだ。
「ええと……こんな感じです。『
空になったティーカップを手にしたテイラーが魔法を行使する。次の瞬間、リズは驚きのあまり思わず腰が浮きそうになった。
「え……!?」
なんと、陶器製のティーカップがぐにゃりと歪んだかと思うと、そのまま皿に姿を変えてしまった。
「ちょっと見ててくださいね」
そう口にするなり立ちあがったテイラーは、手を高くあげてパッと皿から手を離した。床に落ちて砕ける、と思わずリズは耳を塞ぎそうになる。が──
ゴトッ、と鈍い落下音がしただけで、皿は割れていなかった。
「こんなふうに、物体の形や強度なんかをある程度自由に変えられる魔法なんです」
えへへ、と照れたような笑みを浮かべるテイラーに反し、リズはただただ驚愕していた。
「と、とんでもない魔法ですわ……。そんな魔法、真祖でも使えませんわよ……?」
「そ、そうなんですか? えと、私のお父さん変わり者で、吸血鬼なのにドワーフの名工に弟子入りしてたこともあるみたいです。そのときに開発したんだとか」
「何とまあ……驚きましたわ。あなた、その魔法があれば人間社会でも相当に重宝されると思うのですが……?」
「そう、なんでしょうか? 幼いころからずっと酷い差別を受けてましたし……人間の前で使ったことがないんですよね」
凄い、としか言いようがありませんの。ただの泣き虫でおつむの弱い半吸血鬼のお嬢ちゃんと思っていましたが、大間違いでしたわ。でも、これなら任せられますわね。
「テイラー、あなたに一つ提案がありますの」
コホン、と一つ咳払いをしたリズが言う。
「ここから少し離れた場所に、エステルと呼ばれる集落がありますの。あなた、そこで暮らしなさいな」
「え……? に、人間の集落に、ですか……?」
「ええ。その集落はたびたび魔物や野盗の襲撃を受けていますの。で、今集落の守りを固めているところなのですわ」
「はあ……」
「あなたの魔法があれば、工事も早く終わりますわ。それに、もし魔物や野盗が襲ってきてもあなたなら撃退できるでしょう。治癒魔法も使えるならケガ人も治せますし、きっと重宝されますわよ」
「そ、そうでしょうか……? 私、半吸血鬼ですし……」
不安げに目を伏せるテイラーを安心させるように、リズが言葉を紡ぐ。
「問題ありませんわ。エステルの住人は私が吸血鬼であることも知っていますの。あなたの場合、人間の血も混じっているのですから、なおさら安心して受け入れてくれますわよ」
目を大きく開いて驚いていたテイラーだが、少しずつその頰が紅潮し始めた。
テイラーもその気になったので、さっそくリズは彼女を連れてエステル集落へと向かった。
──エステル集落の長であるブッカに、先ほどの話を聞かせると、予想以上に喜んでくれた。
「いやー、こんなかわいい女の子が集落の一員になってくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しいですよ」
「ほら、テイラー。言った通りだったでしょう?」
やや緊張した面持ちのテイラーへリズが声をかける。
「は、はい」
「あなたを差別するような人間はここにいませんわ。むしろ、集落の守り神のように崇められるかもしれませんわよ?」
「そ、そんな……!」
クスッとイタズラっぽく笑うリズに、テイラーがぶるぶるとかぶりを振る。
「あ、それとブッカ。私から一つお願いがありますの」
「なんでしょう?」
「野盗や魔物の撃退、ケガ人の治療、集落の工事など、この子が働いたときは報酬として血をわけてあげてほしいのですわ」
思わぬリズの言葉に、テイラーが「リ、リズ様!」と弾けるように顔を向ける。さすがにそれは拒否されるだろうと、テイラーは恐る恐るブッカの顔を見やった。が──
「ああ、なるほど。たしか、吸血鬼は血を飲むと能力が上がったり心が元気になったりするんでしたな」
リズとそれなりに古いつきあいであるブッカは、以前彼女からそのような話を聞かされていた。
「ええ。この子が元気なほうが集落の安全性も高まりますし、よい取り引きだと思うのですが?」
「そうですね。では、集落の若い娘に私から話を伝えておきましょう」
「よろしくお願いしますわ。テイラー、それでいいですわね?」
トントン拍子で進んでいく話に、テイラーは目をくるくるとさせていた。
「は、はい……! 何から何まで、ありがとうございますっ!」
目にうっすらと涙を浮かべるテイラーの頭を、リズが優しく撫でる。
「これからは、ここがあなたの居場所ですの。本当に居心地のよい居場所にできるかどうかは、あなたの頑張り次第ですわね」
「はい! 皆さんのお役に立てるよう頑張ります!」
「ふふ、その意気ですわ。ひとまずは、集落の守りを固める工事を優先して手伝ってあげてくださいな。あなたの魔法があれば短期間で終わりますわ」
何度もぺこぺこと頭を下げるテイラーとブッカに見送られ、リズはエステル集落をあとにした。
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