第15話 この世は弱肉強食ですのよ
学園での授業を終え、いつものようにリズ邸へやってきた三人娘とささやかなティータイムをすごしていたときのこと。
「暴漢、ですの?」
「うん。夜中に女の人が襲われてるって」
クッキーを頬張りながらユイが言う。
「夜中に道を歩いているときに、ということですの?」
「はい。いきなりお腹を殴られ気絶させられるみたいです」
そう口にしたモアの顔には、かすかな怯えの色が浮かんでいた。
「殴られて気絶させられるだけなのですの?」
「聞いたところでは……。あ、被害に遭った人はみんな、腕とか足とかにナイフで少し切られたあとがあったと聞きました」
ティーカップをソーサーへ戻したリズが首を捻る。何だかよくわからない話だ。
ナイフで襲って傷をつけたのではなく、殴って気絶させてから傷をつけたということですの? 意味不明な行動ですわね。まあ、変質者の思考などわかりたくもないですが。
「女の人ばっか狙うって卑怯だよね! 許せないよ!」
ぷりぷりと怒り始めるユイに同意するように、モアとメルがコクコクと頷く。
「リズ先生もそう思うでしょ!?」
「私ですの? まあ、たしかにそうですわね。ただ、自分の身を守れない者が夜中に出歩くのもどうかと思いますわ」
「え〜。そんなこと言っちゃかわいそうだよ〜」
ユイが唇を尖らせる。
「はぁ……お聞きなさいな。しょせんこの世は弱肉強食ですの。弱い者は食われるのが自然の摂理ですわ。食われたくないのなら、自分が強くなるか、食われないよう細心の注意を払って行動すべきですの」
真剣な面持ちで口を開く師匠を前にし、三人娘が姿勢を正す。
「闇が支配する夜は日中に比べて犯罪も起きやすくなりますわ。我が身を守れないのなら一人で出歩くべきではありませんわね。まあ、あなた方くらい魔法が使えるなら問題はないでしょうが」
ユイとモアが目を伏せ、メルは最後のクッキーを口へ放り込んだ。
「たしかに……リズ先生の言う通りですよね」
「まあねー」
「おいしい」
メルにジト目を向けたユイが、何かを閃いたようにハッとする。が、それを見逃すようなリズではなかった。
「ユイ。あなた、自分たちでその暴漢を捕まえてやろう、なんて考えてはいませんわよね?」
「あうっ……!」
リズから鋭い視線を向けられたユイが口ごもる。どうやら図星だったようだ。
「だ、だって、放っておけばもっと被害者が出るかもだし……あたしらなら──」
「許しませんわよ、そんなこと」
みなまで言わせずリズが口を挟む。有無を言わせぬ口調と声色に、ユイもそれ以上言葉を紡げずそっと目を伏せた。
あの顔は……まだ納得いっていませんわね。三人のなかでこの子は一番正義感が強いですし、女性ばかり襲う暴漢を許せない気持ちも強いのでしょうが……。
「はぁ……わかりましたわ。私がちょっと調べてみますの」
「せ、先生が?」
「ええ。私がダメと言っても、あなたならこっそり行動に移しかねませんから。弟子を危険に晒すくらいなら、師匠である私が何とかいたしますわ」
ユイの顔がパァッと明るくなる。モアとメルも、安堵したように口元を緩めた。
実際のところ、オークすら討伐できるユイたちが人間相手に危険な目に遭う可能性は低い。が、人間は知恵がある分オークやゴブリンよりタチが悪い。とりあえず、今晩あたり調べてみますか。
面倒ごとの元凶たるいまだ見ぬ暴漢へ若干の苛立ちを覚えつつ、リズはややぬるくなった紅茶へ口をつけた。
──その日の深夜。
聖デュゼンバーグ王国の王都、中心街の上空にリズはいた。昼間は大勢の人々で賑わう中心街だが、この時間帯に出歩く者は限られている。特に女性となればなおさらだ。
夜の支配者たる吸血鬼と同様、夜に活動が活発になる者たち。酒場で男のそばに寄り添い酌をする女給や春を売る女。いわゆる夜の住人だ。
さて……暴漢が現れるとすれば、大通りではなく路地裏や死角になって見えにくい場所のはずですわ。
さすがにリズ一人で中心街のすべてを監視できないため、事前に召喚した下級吸血鬼を街のいたるところに配置している。もし暴漢が現れたらすぐにでも報告があるはずだ。
と、そのとき──
近道するためか、身なりの派手な若い女が建物に挟まれた細い道へ、いそいそと入っていく様子が視界の端に映り込んだ。女の進行方向、その奥へ目を向ける。
「どうやら……アレのようですわね」
路地裏の奥から、ゆっくりとした足どりで女へと近づいていく怪しい人間の姿をリズが捉える。フードをかぶっているため顔までは見えない。
少しずつ二人の距離が縮まってゆく。いよいよすれ違うとなったそのとき──
フードをかぶった不審者が若い女の腹部を殴りつけた。うっ、と短いうめき声をあげてその場に崩れる若い女。不審者は倒れた女のそばへしゃがみ込むと、何やらゴソゴソとし始めた。
その背後へ音もなくふわりと降り立つリズ。
「あなたが噂の暴漢ですの?」
「ひぇっ!?」
奇妙な悲鳴をあげた不審者が弾けるように振り返る。リズは思わず目をぱちくりとさせた。フードから覗く顔は、男でなく幼い顔立ちの女だった。
「まさか……女性の暴漢とは思いもよりませんでしたわ」
「ひ……ご、ごめんなさいごめんなさい! 見逃してください!」
幼い顔立ちをした女は、リズを見るやいなや顔面蒼白になり、何故か謝罪の言葉を口にした。
地べたに正座したままぺこぺこと何度も頭を下げる不審者に、リズが訝しげな目を向ける。
「? んん……??」
ツカツカと女のもとへ近づき、しゃがみ込んでその顔をじっと覗き込む。リズの目がにわかに大きく見開いた。
「あなた……、吸血鬼ですの? いや……それにしては……」
それにしては、吸血鬼独特のニオイが少なすぎますの。同族なら私がすぐに気づけぬはずないですわ。ということは、まさか──
「もしかして……
「うう……はい……」
涙目の女が小さく頷く。半吸血鬼は人間と吸血鬼の混血だ。リズもこれまで数回程度しか目にしたことはなかった。
「なら、私が何者かもわかりますわよね?」
「は、はい……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
どうしてこの子はさっきから謝ってばかりなんですの? それにやたらおどおどしてますし……。何か訳ありのようですわね。
「とりあえず、いつまでもここにいると誰かに見られますわ。あなた、少し私につきあいなさいな」
「ひっ……」
「別にとって食いやしませんわ。私はリズ・ライア・コアブレイド。コアブレイド家の嫡女ですわ」
女の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「コ、コアブレイド家って、あの名門の……!?」
真祖の血族であるコアブレイド家は吸血鬼の名門一族である。
「今は一族のもとを離れてますけどね。それより、行きますわよ。そこに倒れてる方は、もとから倒れていたことにして衛兵の詰所にでも連れて行きましょう」
気絶させられた女を転移魔法で衛兵の詰所へと送り届けたリズは、不安そうな顔の半吸血鬼を連れて屋敷へ戻るのであった。
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