第13話 それはやりすぎじゃありませんの?

陽が傾きかけ空がうっすらと赤みを帯びてゆく。作業の様子を空から眺めていたリズは、弟子たちの奮闘ぶりに感心しつつ、頭のなかで彼女たちの動きを思い返した。


何とか無事に終わりましたわね。途中、ユイが青年の一人と口論になったり、モアが魔力切れを起こしそうになったり、動きの悪い青年へメルが雷の魔法を放とうとしたりいろいろありましたが、とりあえずほっとしましたわ。


それにしても……。


ちらりと地上を見下ろしたリズが苦笑する。森への入り口付近に設けられた広場には、弟子たちが切った大量の木が三つの山にわけて積まれていた。


まさか、こんな結果になるとは思いませんでしたわ。少し目を離した隙に、だけ動きが見違えましたもの。いったい何をしたのか謎ですわ。


作業を終えたそれぞれの班が広場へと向かってゆくのが視界の端に映り、リズは一足先に貯木場と化した広場へふわりと降り立つ。


やがて、顔に疲労の色を滲ませた弟子たちがのそのそと広場へ戻ってきた。


「みんな、お疲れ様でしたわね」


リズの顔を見て安心したのか、それとも一気に疲れが襲ってきたのか、ユイとモアがへなへなと地面へ座り込む。一方、メルと班員の青年たちはまだまだ元気が有り余ってそうだった。


「う〜……疲れた〜……!」


「私も……神経使いすぎて疲労困憊です……」


「二人ともだらしない」


メルの言葉に、疲れていたはずの二人がぎゃいぎゃいと喚き始める。


「はいはい、騒ぐんじゃありませんの。それより、あれをご覧なさいな」


リズが指さしたほうへ三人娘が目を向ける。そこには、大量の木、木、木の山。まだ、どの山が自分の班の成果なのかはわからない。


が、明らかに数が大きく異なる山があることに、三人のうち二人が顔をこわばらせた。


「さて、では結果を発表しますわ」


三人娘がゴクリと喉を鳴らす。それぞれの班員たちも思わず前のめりになり拳を握った。


「一番多く木を切って運んだのは…………メル班ですわ」


メル班の青年たちがワッと声をあげる。普段ほとんど表情が変わらないメルも、かすかに口元を緩ませた。


「で、その次に多かったのはユイ、次いでモアの順ですわね」


わかれた明暗に、あちこちから「よっしゃー!」や「負けたか〜」といった声があがった。


一方、ユイとモアは少々納得いかないような顔をしている。なぜなら、ユイ班とモア班の山はそれほどの差はないが、メル班の山とは数に雲泥の差があるためだ。


「ち、ちょっと! メルんとこ、どうしてそんなに多いの!? 途中で大きな音聞こえてきたから、多分魔導砲キャノン使ってるなとは思ったけど……それにしたって差ありすぎじゃない!?」


「わ、私もそう思います。いくらメルちゃんが魔法でたくさん木を切り倒しても、運べる人員の数は同じなわけですし……」


リズがちらりとメルを見やる。実際のところ、リズもなぜここまで結果に差がついたのかわからなかった。ユイが青年の一人と激しく口論しているのをハラハラしながら見守ったあと、メル班へ視線を移すと急に班員の動きがよくなっていたのだ。


「たしかに、私もそこは気になりますわね。メル、教えていただけますか?」


「ん。私が一人で切り倒してみんなはすぐに運ぶ。それだけ」


メルが表情を変えずに言う。


「み、短くも切らずにそのまま?」


信じられないといった顔をしたユイが、メル班の木山へ目を向ける。たしかに、メル班の木は邪魔な枝葉こそ排除されているものの、長さを整えた様子がない。


「うん。時間がもったいないし。どうせあとから必要な長さに切るんだから、あそこでやる必要ない」


「で、でも。それじゃかなり重いと思うんですけど……班員さんの体のことを考えると……」


モアがちらりとメル班の青年たちへ目を向けるが、なぜか彼らの顔に疲れたような様子はほとんど見えない。


「ど、どうして皆さんそんなに元気そうなんですか……?」


疑問を口にしたモアに、青年たちは「いやー、あはは」と言葉を濁した。


「メル、いったいどんな手品を使ったんですの?」


「リズ先生の真似をしただけ」


「私の?」


思いがけない言葉に、リズがキョトンとした顔になる。


「最初は、動きが遅い人に『早く動かないと魔法で攻撃する』って脅してたけど、余計に動きが悪くなった。だから、やり方を変えて先生の真似をした」


メルのとんでも発言に、ユイとモアが「ええ……」とドン引きした。ちなみに、その現場はリズも目撃している。


「私の真似というのは?」


「ん。ご褒美作戦」


メルが右手の親指をビシッと立てる。一方、メル班の青年たちはなぜか恥ずかしそうにモジモジし始めた。


「班員たちに、何かご褒美を用意した、ということですの?」


「ん、そう。私も、先生からご褒美もらえると思ってめちゃくちゃ頑張る気になった。だから、みんなにご褒美用意したら、もっと頑張るんじゃないかと思って」


メルの柔軟で常識に縛られない思考と行動に、リズは思わず嘆息した。が、一方で気になることもあった。青年たちに疲れを忘れさせるほどのご褒美とはいったい何なのか。


「素晴らしいですわ、メル。まさかそうくるとは想像もしませんでしたわよ。で、ご褒美は何をあげたんですの?」


リズをはじめ、ユイやモアもメルの顔をじっと見やる。


「ん。ほっぺにチュー」


ひゅーっと風が空気を切り裂く音が聞こえ、広場に散らばっていた木々の落ち葉がカサカサと音を立てて地面を這っていった。


「……は?」


「頑張ったら、ご褒美にチューしてあげるって言ったらみんなめちゃくちゃ頑張り始めた」


またまたドン引きするユイたち。勝つためには手段を選ばないメルの行動力に感心しつつも、「そこまでやるか」と内心おののく。それはリズも同様であった。


いやいや、ほっぺにチュー!? いくら何でもそれはやりすぎなんじゃありませんの!? うら若き乙女が異性の……ほっぺとはいえチューなんて……!


これは、私の考えが古いんですの? いやいや、決してそんなことはありませんわよね? 現にユイやモアたちも引いてますもの。


でも、たしかに青年たちのやる気を高めるには効果的なご褒美ですわ。幼いとはいえ、メルは間違いなく美少女の部類に入りますし。


上目遣いで「チューしてあげる」なんて言われたら、大抵の男は小躍りして喜びますわ。


「そ、そうでしたのね。で、もうご褒美はあげたんですの?」


「ん。全部運び終えてからしてあげた。だからみんなまだまだ元気」


メルの言う通り、メル班の青年たちはまだまだ元気そうである。リズにジト目を向けられるも、にへらとだらしない顔をしていた。


「な、なかなか思いきったことをしましたわね。でも、ほ、ほ、ほっぺにチューというのは……」


「ん。別に減るもんじゃないし」


平然と言い放つメルに、リズは心のなかで「ええ……」と困惑した。メル……恐ろしい子!


そんなこんなで、勝負はメルの圧勝となった。運んだ木は、今後集落の人たちが最適な長さに切りそろえるとのこと。防御壁づくりに着手できるようになったらまた来ると約束し、リズたちは集落をあとにした。



──ブッカから報酬として新鮮な野菜と肉をもらったので、ユイたち三人娘はそのままリズ邸で夕食をとることに。


「三人とも、今日は本当にお疲れ様でしたわ。あなた方の頑張りはずっと空から見ていましたわよ。みんなそれぞれ、工夫しながら動いていましたわね」


椅子に腰かけた三人娘が「はい!」と返事する。


「青年たちと作業するなかで、あなた方も何かしら得るものがあったと思いますの。今日の経験を忘れず、今後に活かすように。わかりましたわね?」


「はい!」


「はい」


「はーい」


素直な弟子たちの様子にリズが頬を緩める。


「それと、メル。これは約束のご褒美ですわ」


宙にアイテムボックスを展開したリズが、なかに手を突っ込み何かを取り出した。キレイな装飾が施された小さな紙箱。メルの目が途端にキラキラし始める。


「これは?」


「ランドール共和国の首都、リンドルで若い女の子のあいだで流行ってる人気のお菓子ですの。人気がありすぎてなかなか手に入れられないのですが、ツテを使って何とか入手しましたわ」


受け取った小さな箱を、メルが大事そうに胸へ抱えた。


「あーあ、いいなぁメル」


「うう……羨ましいです」


肩を落とす弟子二人に、リズが優しげな目を向ける。


「ふふ。あなた方も頑張りましたから、これをさしあげますわ」


リズが小さな紙製の巾着を二人へ手渡す。


「私が焼いたクッキーですの。食後にでも食べてくださいな」


さっきまでとは打って変わり、二人の顔がパァッと明るくなった。現金なものである。


「さあ、食事にしましょ。冷めてしまいますわ」


今日の出来事を話しつつ楽しげに食事の時間がすぎていく。食後、メルはリズからもらったお菓子をユイとモアにわけてあげ、代わりに彼女たちのお菓子をもらっていた。


魔法を学ぶライバル同士でありお互いを思いやれる親友、強固な絆でつながる三人娘。いつまでもこのままでいてほしいと思いつつ、リズはお菓子を頬張る弟子たちにあたたかい目を向けた。

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