第12話 あなた方の力を見せてもらいますわ

「はい、注目」


鈴のようなコロコロとした声で呼びかけた師匠に、ユイとモア、メルの三人娘が視線を向ける。


四人が今いるのは、何度か足を運んだことのあるエステル集落。以前、ユイたちがオークを討伐しに訪れた集落である。


「これからあなた方には、集落の人たちと協力して森から木を切ってきてもらいますわ」


「ええと……リズ先生。それはいったいどういう……?」


モアが首を傾げながら疑問を口にする。ユイとメルも顔を見あわせていた。


「長のブッカから、集落の守りを固めたいとの要請がありましたの。ここ、エステル集落はたびたび野盗や魔物の襲撃に遭っていますから」


「はあ……」


「というわけで、集落の周りを丸太の壁で囲み、さらにほりを作りますわ。あなた方には防御壁に使う大量の木を切ってもらいたいんですの。それも、魔法を使って。あなた方の修行でもありますから」


「で、でも先生! あたしらじゃ重い木なんて運べないよ?」


手をあげてもっともなことを口にするユイ。


「運ぶのは集落の若者たちですわ。あなた方がやるのは魔法で木を切り倒し、集落の人たちが運びやすいようにしてあげることですの。運び方なんかもあなた方が指示してあげてくださいな」


「あー、なるほど」


「なお、作業は三班にわかれて進めます。ユイとモア、メルがそれぞれ班長として、班員の若者たちへ指示を出しながら作業を進めること。夕方までに一番多くの木を運べた方には、私からご褒美をあげますの」


わかれて作業すると聞いてわずかに顔を曇らせた三人娘だが、ご褒美と聞いた途端に顔がパァッと明るくなった。


「先生! ご褒美って何!?」


「ふふ。それは内緒ですわ。これはただの作業ではなく、あなた方の魔法の修行であり、私からの課題でもありますの。基本的に私は口出しせず、上空からあなた方の様子を観察、監督いたしますわ」


「あの、先生。森のなかにはこの前のようなオークとかいるんじゃ……」


まだ不安げな表情を浮かべるモアの頭に、リズがそっと手を置く。


「心配ありませんの。あなた方の作業圏内に魔物が入らないよう、配下の下級吸血鬼を五十名ほど一定間隔で配置しておきますから」


「そ、そんなこともできるんですね。さすがリズ先生……!」


「だから安心して作業しなさいな。まあ、私も上空からずっと見てるので万が一にもあなた方に危険が及ぶことはありませんの。ただ、それでも安心しきらず、常に危険を察知しようとする意識はもつように。一班の人員は班長であるあなた方を含め六名。協力しながら作業を進めますのよ?」


元気に「はい!」と返事する三人娘の頭を一人ずつ撫でたリズは、集落の若者たちを集めてある広場へ弟子たちを連れて向かった。



──三十分後。リズはエステル集落に隣接する森の上空から地上を見下ろしていた。


六人組の班がそれぞれ離れたところで作業に取り組む様子を、リズは紅い瞳でじっと見つめる。


さてさて、どうなりますことやら。今回の課題はあの子たちの協調性や統率力、危機管理能力、判断力などを見るためのもの。


これから先、あの子たちが人間の世界で強く生きていくためには、これらの能力が欠かせませんわ。叶うなら作業のなかでこれらの能力が養われてほしいのですが。とりあえず、一班ずつ見ていくとしましょうか。まずは……ユイですわね。


上空から見てもっとも左側で作業をしているユイ班にリズが目を向け、耳をそばだてる。吸血鬼は視力もよいため、上空からでもユイたちの様子がはっきりと見える。



「んー……『風刃ウインドブレード』!」


ユイの放った風刃が地を這うように標的の木へと迫る。ザンッ、と小気味よい音がしたのと同時に、背の高い木がぐらりと揺らぎ、ゆっくりと地面へ倒れた。


「やった! でも、このままじゃ運びにくいよね。短く切ったほうがいいかな?」


「そうだね。三メートルもあれば十分だから、不要な部分はここでカットしたほうがいいと思う」


「そうだよね。じゃあ、あたしが魔法で木を切り倒していくから、みんなは短くカットしてくれるかな?」


青年たちが「おう!」と手を天に突きあげる。


「あと、できるだけあたしから離れないでね。大丈夫だとは思うけど、獣とか魔物が出てきたら危ないから」


「そ、そうだな。魔法で戦えるのユイちゃんだけだし……」


「何か変な気配を感じたらすぐにあたしのところまで戻るか、大声を出してね」


「わかった!」



――上空からユイ班の動きを見ていたリズが「うんうん」と満足げに頷く。


自分だけで判断するのではなく、青年たちに意見を聞き素直に取り入れる。そのうえで的確に指示も出し、獣や魔物に対する警戒も忘れない。


やはり、ユイは指導者や指揮官の適性がありますわね。将来的にはきっと人を引っ張れる立派な女性になれますの。


さて、次は……モア班ですわね。まじめで頑張り屋さんなあの子が、集団のなかでどのように振る舞うのか見ものですわ。



――ズシンッ、と音を立てて倒れた木の周りにモアと青年たちが集まる。


「ええと……私がもう少し短く切るので、皆さんで運んでもらえますか?」


「おう。でも、とりあえず先にまとまった数を切り倒したほうがよくないかな?」


「そ、そうですかね?」


「そうしないと、短く切ってくれた木を俺たちで運んでいるあいだ、モアちゃんが一人になっちゃうじゃん。熊とか魔物が出たら危ないよ?」


「あ……そうですね」


そうだ。リズ先生が安心って言ってくれたからそこまで考えが及んでいなかった。ダメだな、私。


「それとも、誰か一人くらい見張りに立たせるかい?」


「んん……でも、それでは作業効率が落ちますよね……?」


「それはそうだな。まあ、そのあたりはモアちゃんに任せるけど」


「そう……ですね。うう……どうしましょう」


頭を抱え始めるモアの様子に、青年たちが苦笑いを浮かべる。実は、事前にリズからできるだけ本人に判断させてほしいと言われていたのだ。


「ふ、不安ですけど、作業効率が落ちるのはちょっと困るので……。見張りはなしで進めたいと思います。いいですかね……?」


「ああ。モアちゃんが班長なんだから、俺たちはそれに従うのみさ」


ニカっと笑った青年がグッと親指を立てる。モアは恐縮しつつも、再び木を切り倒すべくよさげな木を探し始めた。



――上空ではリズも苦笑いを浮かべていた。


モアは迷いが少し顔に出すぎですわね。周りに相談しながら作業を進めているのは評価できますが、班長が優柔不断では班員も困ってしまいますわ。


危険への警戒心も薄く判断も遅い。でも、周りの意見を聞いてきちんと軌道修正できたのは偉いですわ。


指導者や指揮官向きではないものの、もともと頭はいい子ですしね。指揮官をそばで支える名参謀、のように将来はなるのかしら?


クスっと笑みをこぼしたリズは、モア班から五十メートルほど離れたところで作業しているもう一つの班へ目を向けた。


さて、問題はここですわね。メル班はどうなっていることやら。



――静かな森に耳をつんざくような炸裂音と、地を揺るがすような大きな音が響きわたった。驚き慌てた野鳥や獣が一斉にその場から逃げ出してゆく。


「す、すげぇ……!」


メルの後ろで慄く五人の青年たち。メルの放った魔導砲キャノンによって三本の大木は根元からちぎれ、あっさりと地面へ倒れた。


「え、ええと、メルちゃん。俺たちはどうすればいい?」


「運んで」


振り返ったメルが表情を変えることなく言う。


「ええーっと……これをそのまま?」


「うん。五人もいれば運べるはず」


青年たちの頬を冷や汗がつーっと伝う。メルが冗談など言う少女ではないことを青年たちはよく理解していた。


「でも、運んでいるあいだ、メルちゃんは一人になっちゃうけど……」


「うん」


「その、魔物とか出たら危ないんじゃ……?」


「心配ない。私強いから。それに魔物は多分出ない」


親指をグッと立てたメルは、再び木を切り倒すべく青年たちに背を向ける。苦笑いするしかない青年たちは、覚悟を決めて巨木を運ぶ準備を始めた。



――森の上空。


愉快げにクスクスと笑みをこぼしたリズが再び地上へと目を凝らす。


本当にあの子は……。ゴリゴリの力推しですわね。とにかく自分のやるべきことをやるだけ、といった感じですわ。


メルも指導者や指揮官向きではありませんわね。戦場だと、敵の数を気にせず「君たちなら大丈夫だから突撃してきてね」と無茶な命令を下しそうですわ。


でも、迷いがいっさいないのはいいところですわね。戸惑いはあるかもしれませんが、班員たちも安心して作業に取り組んでいますもの。寡黙でムダな会話をせず、背中で部下を引っ張っていくタイプなのかもしれませんわ。


ひたすら力推しで木を切り倒していくメルに、黙々と木を運んでゆく青年たちを上空から眺めながら、リズは口元を綻ばせた。


さて、どの班が一番成果をあげるのか、今から楽しみですわ。

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