第11話 たまにならいいですわ

訓練場で向きあったメルを見て、エングルがこれみよがしにため息をつく。こいつも期待できそうにないな、とでも言いたげな顔だ。


「おーい、少しは粘ってくれよ? あっさりやられちゃ僕の訓練にならないからさー」


エングルがつまらなそうに言い放つ。メルは特に表情を変えることなくその目をじっと見やった。


「大丈夫。遊んであげる。エングル」


「なっ……!」


侮辱的な発言に呼び捨て。明らかな挑発にエングルの顔がみるみる朱に染まってゆく。一方、離れたところで見ていたリッケンバッカーは大いに焦った。


「リ、リズさん! マズいですよ!」


「何がですの?」


「先ほどの言動からわかる通り、エングルは精神的に幼いガキなんです。あんな挑発したら、あいつ手加減できなくなりますよ!?」


早口でまくしたてるリッケンバッカーの様子に、リズはクスクスと笑みを漏らした。


「問題ありませんわ。というより、手加減なんかしたらエングル少年が大ケガしますわよ?」


「な……! あの少女が、それほどの力を……?」


「控えめに言って、メルは魔法の天才ですわ。まあ、見ていなさいな」


信じられないといった表情を浮かべたリッケンバッカーが、訓練場で向きあう二人へと視線を移す。顔を朱に染め眉根を寄せるエングルは、傍目からも怒り心頭なのは明らかだった。


苛立つ様子を見せるエングルが木剣を持ち直したそのとき──


「『展開デプロイ』」


メルの眼前に、直径五十センチ程度の魔法陣が横並びで三つ展開した。ありえない光景を目の当たりにしたエングルが、愕然とした表情を浮かべる。


「な、なんだよ、それ……!」


呆気にとられるエングルを無視し、メルは魔法を発動する態勢に入った。そして──


「『魔導砲キャノン』」


三つの魔法陣から同時に閃光が放たれ、いまだ呆然とするエングルへと襲いかかった。


「う、うおっ!!?」


かろうじて我に返ったエングルは、何とか身を捻ると訓練場の床を転がるようにして魔導砲を回避する。標的を外した魔導砲が訓練場の壁へ直撃し、大きな炸裂音が響いた。


「な……そ、そんな……!」


背後を振り返ったエングルが驚愕する。訓練場の分厚い壁は無惨に抉られ、一箇所には穴もあいていた。


もし自分に直撃していたら、と考えエングルが冷や汗をかく。一方、リッケンバッカーもメルのとんでもない魔法に目を見開き驚いていた。


「す、凄い……! リズさんが天才と言った意味がよくわかります……!」


驚嘆するリッケンバッカーの隣で、リズがにんまりとした笑みを浮かべる。が──


「メル! その調子では訓練場の壁がすべて破壊されてしまいますわ。もう少し加減なさいな」


ちらりとリズを見やったメルが小さく頷く。やや威力を落とした魔導砲が再び火を噴き、エングルは無様に訓練場の床を転がりながら逃げまわった。早くも肩で息をし始めたエングルが悔しそうにメルを睨みつける。


くそっ! 何だよこれ……! 何なんだよ! 将来はSランク間違いなしって言われてる僕がこんな子どもに……!


悔しさに顔を歪める未来のSランカーへ、メルは相変わらず感情の窺えない目を向ける。


「ん。逃げてばかりでつまらない。私の訓練にならない」


模擬戦開始前にメルへ言い放った言葉をそのまま返され、エングルの顔が屈辱に歪んだ。


「く、くそおおおーー! やってやる!」


自らを奮い立たせたエングルが木剣片手にメルへ突っ込んでいく。と、何を思ったかメルは展開していたすべての魔法陣を閉じた。


訝しがりつつもここがチャンスと突進したエングルは、正面から飛びかかると木剣をメルの頭上から振り下ろした。が──


「『魔法盾マジックシールド』」


エングルへ向けて手をかざしたメルが魔法盾を展開し、振り下ろされた木剣はカンッ、と音を立てて弾き返された。反動で手から離れた木剣がカラカラと床を転がる。


「ぐ……。ま、まだだ……!」


態勢を崩しながらも素早くメルのそばへ接近したエングルが、その白く細い腕を掴んだ。勝利を確信し思わず口角が上がる。


「は、はは……勝った……これでもう──」


エングルが自身の勝ちを確信したまさにそのとき。メルが右手のひらをそっとエングルの腹部へあてた。そして──


「……『零距離魔導砲ゼロレンジキャノン』」


メルがぼそりと魔法を唱えた瞬間、エングルの体がくの字に曲がりそのまま勢いよく吹き飛ばされた。訓練場の床へ打ちつけられたエングルはゴロゴロと丸太のように転がり、壁にぶつかって動きを止めた。


「そ、そこまで!」


まさかの結末を目の当たりにしたリッケンバッカーが、慌てた様子でエングルへと駆け寄る。見学していた冒険者たちもエングルの身を案じバタバタとそばへ移動する。


「やった! メルの勝ちだ!」


「メルちゃん凄い!」


興奮するユイとモアの隣で、リズも満足げに笑みを浮かべた。当のメルはというと、いつも通り何を考えているのかわからない表情のままリズたちのもとへ戻ってきた。


「リズ先生。勝った」


褒めてほしそうに顔を見上げてくるメルの頭をリズが優しく撫でる。


「ええ、よくやりましたわ。まさか、昨日一度見せただけなのに零距離魔導砲を使えるなんて……。やはりメルは魔法の天才ですわね」


勝負ではなくあくまで訓練なので勝ちも負けもないのだが、それでも弟子が活躍する姿を見るのは嬉しい。


それにしても、まさかあそこで零距離魔導砲とは恐れいりましたわ。この先もっといろいろな魔法を覚えたら、いずれは大魔法使い、大魔導士と呼ばれる日が来るかもしれませんわね。


そんなことを考えつつ訓練場へあがったリズは、エングル少年のケガの具合を見るべく、いまだ動かない少年のもとへスタスタと歩み寄った。



──メルが多少手加減したこともあり、エングルのケガは大したことはなかった。が、もしかすると内臓が傷ついている可能性もあるため、念のためにリズが治癒魔法をかけることに。


わずかなあいだ落ち込んでいたエングルは、メルたちに失礼な言動をしたことを謝罪し、彼女たちもそれを受け入れた。そして──



「お願いします! 弟子にしてください!」


ギルドのホールでテーブルを囲んでいたリズたち一行。腰を折って弟子入りを嘆願しているのは、先ほどまでユイたちと模擬戦を繰り広げていたエングルである。


「……は?」


目の前の光景に既視感を覚えるリズ。あの日のことを思い出しますわね、と遠い目をする。


「お願いです! 弟子に──」


「お断りしますわ」


ばっさりと断られたエングルががっくりと肩を落とす。


「だいたい、あなた剣士ですわよね? 私に弟子入りしたところで学ぶことなどありませんわよ?」


「そ、そんなことありません。メルのような戦い方をする魔法の使い手は今まで見たことありませんでした。僕は……魔法の実力者相手でも剣で戦えるようになりたいんです」


自分とそこまで見た目が変わらない紅い瞳の少女へ、エングルが真剣な眼差しを向ける。が──


「あなたの向上心はとても立派ですわ。その気持ちがあればきっと今より強くなれますの」


「そ、それじゃ──」


「弟子にするのはお断りしますわ」


再度断られ、エングルは泣きそうな顔になった。


「私にはもう三人の弟子がいますし、この子たちで手いっぱいですの。新たに弟子をとるなんて考えられませんわ」


「そう……ですか」


俯いて目を伏せたエングルが悲しそうに下唇をキュッと噛む。その様子を見たリズは深くため息をついた。


「まあ……弟子にはできませんが、たまにうちへ遊びに来るぶんにはかまいませんわよ。それならメルたちとも模擬戦ができますし、私も何か助言できるでしょう」


「ほ、ほんとですか!?」


エングルが弾けるように顔をあげる。


「ええ。この子たちの訓練にもなりますし。たまにならいいですわ」


感動した面持ちで何度も頭を下げるエングル。離れてゆく背中を見送った四人は、顔を見あわせてクスクスと楽しげに声をあげるのであった。

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