第4話 弟子の成長は嬉しいものですわ

猛々しい咆哮と迫り来る足音でさすがに状況を把握したのか、メルが両手を前方へかざし魔法を唱える。


「『魔法盾マジックシールド』」


メルの眼前へ光の壁が顕現した。オークが思いきり横へ薙いだ棍棒が、ガンッと鈍い音を立てて弾き返される。


「メル!」


「メルちゃん、大丈夫ですか!?」


慌てて声をかけるユイとモアに、メルは親指をグッと立てて「うん」と返事する。一方、一連の流れを見ていたリズの心臓はバクバクと激しく波打っていた。


は〜……! あんの娘は本当に……! もう少し緊張感をもちなさいな!


弟子たちの戦闘を見守りながら、リズは心のなかで叫んだ。心臓に悪すぎると思いつつ再び戦闘の様子に目を凝らす。オークの強烈な一撃を防御したメルはすかさず距離をとり、その隙にユイが背後から魔法を撃ち込んだ。


負けてなるかとモアも魔法を放つ。どちらの魔法も直撃しているものの、まだ致命的なダメージは与えられていない。と、オークは標的をメルからユイに変更し、再び棍棒を振りかぶり突進した。


「メ、メル! 今のうちに!!」


迫り来るオークの巨体を目の当たりにし、膝を笑わせながらユイが叫ぶと、メルがコクンと頷いた。


「『展開デプロイ』」


ぼそりと呟いたメルの眼前に、緻密に描かれた三つの魔法陣が横並びに展開した。魔法陣の複数展開は大人の魔法使いでも簡単なことではない。メルの非凡な才能ゆえになせる業である。


宙に展開した三つの魔法陣が輝きを帯び始めた。そして──


「『魔導砲キャノン』」


三つの魔法陣から同時に高出力の閃光が放たれる。凄まじい速さでオークの背中へと迫った閃光がその巨体へ直撃した。


「ぐぉおおおおおおっ!」


閃光がオークの巨体を貫き、胸にはぽっかりと大きな穴があいた。断末魔の叫び声をあげたオークは、ふらふらとニ、三歩進んだかと思うと、そのまま仰向けにドシンッ、と音を立てて地面へ倒れた。


よしっ! とリズが思わず拳を握る。あ〜、めちゃくちゃドキドキしましたの。よくやりましたが、メルには少々お説教をしなければ……。いや、それをすると私がこっそり見ていたことがバレてしまいますわね。ああ、もどかしいですわ。


悶々とするリズが視線を向ける先では、ユイたちが倒れたオークのそばへ近寄り死んでいるかどうかを確認していた。


ユイが両手を上にあげて丸を作ると、周りに隠れて恐る恐る戦いの行方を見守っていた集落の人々が「わっ」と歓声をあげた。


「小さいのに凄いな!」


「本当に助かったよ、ありがとう!」


「さすがリズ様のお弟子さんたちだ!」


大人たちから口々に褒められ、ユイとモアは気恥ずかしそうに頬を染めている。一方、メルはというと明後日のほうを向き「あ、蝶発見」などと言っていた。どこまでもマイペースである。


感謝の言葉を次々と伝えられている弟子たちの姿を見て、リズの胸のなかで熱いものが込みあげてきた。


たった一体のオーク。自分なら魔法を使うまでもなく指先一つで瞬殺できるだろう。でも、普通の人間にとっては大きな脅威だ。それを、子どもたちだけで何とかした。


日ごろから自分の教えをきちんと守り、努力を続けている弟子たちのたしかな成長ぶりを目の当たりにし、リズの目頭が思わず熱くなった。


「ほんと……三人とも、立派でしたわよ」



その後、長からも感謝の言葉を述べられたユイたちは、満面の笑みを浮かべたまま集落をあとにした。なお、報酬の野菜と肉は子どもたちだけでは運べないだろうとのことで、集落の青年が荷車を引いてユイたちに同行してくれた。


ユイたちと青年が集落を出るのを確認したリズもまた、長と短く言葉をかわしたのちに急ぎ転移で自宅へと戻るのであった。



──その日の夕方。


「さあ、たくさんお食べなさいな」


リズ邸のダイニングテーブルに並ぶ豪華な料理の数々。報酬として受け取った野菜や肉を使い、リズが自ら調理したものである。


「わっ、美味しそう!」


「ほんとですね!」


「最の高」


目を輝かせながら椅子に座るユイとモア、メル。三人の弟子が喜ぶ様子に、リズの頰が緩む。


「報酬を運んでくれた集落の者から聞きましたわ。見事な戦いぶりだったそうですわね。師匠として鼻が高いですわ」


大好きな師匠に褒めてもらったことで、ユイとモアの顔は終始にやけっぱなしだ。


「これはあなた方が自分の力で獲得した報酬ですの。遠慮なく食べてくださいな」


はーい、と元気よく返事をするユイとモア。一方、メルは何か言いたげにじっとリズを見つめていた。


「ど、どうしたんですの、メル?」


「ん……」


何となく元気がないように見え、リズが首を傾げる。


「リズ先生……、私、今日のオーク退治で、失敗しちゃった」


リズがハッとする。もしかして、戦闘開始直後のことを言っているのだろうか。


「失敗?」


「ん。戦闘が始まってるのに、ぼーっとしちゃって、先に攻撃できなかった」


メルがそっと目を伏せる。リズは驚いていた。いつも飄々としてマイペースなメルが、まさかあのことを反省しているとは。


私が見ていなかったのだから、自分で言わなければバレなかったのに。以前のメルなら、きっとこうして自分の失敗を報告することもなかっただろう。魔法だけでなく、精神面も成長していることがわかり、リズの心が震えた。


「……メル、誰にでも失敗はありますの。その失敗を忘れず、次に活かせばいいのですわ」


「ん……」


リズがメルへ慈しむような目を向ける。


「さあ、落ち込んでいないでご飯にしますわよ」


「ん。別に落ち込んではいない。結局オーク倒したの私だし」


わずかに口元を綻ばせたメルに対し、ユイとモアが「ちょっと!」と全力でツッコむ。たちまち姦しくなった三人の弟子たちの様子に、リズは思わず苦笑した。


「だってほんとだもん。魔導砲の一撃でやっつけた。リズ先生、褒めて」


やや上目遣いで「褒めて」と口にするメルに、リズは「なんて愛らしいんですの」と思わずにいられなかった。


そっと席を立ったリズは、椅子に座ったままのメルの背後にまわると、少し屈んでその小さな体をそっと後ろから抱きしめた。


「……頑張りましたわね、メル。それに、きちんと自分の失敗を報告できてとても偉いですわ」


「……ん」


少し照れたのか、普段あまり表情が変わらないメルの頰が紅く染まる。


「あー! ズルい! 私たちも頑張ったのに! リズせんせー、私にも!」


「わ、私も頑張りました!」


ぎゃいぎゃいと喚き始めたユイとモアに、メルは「べー」と舌を出す。たちまちダイニングは姦しくなってしまった。


「はいはい、おやめなさいな」


リズはメルから離れると、ユイ、モアと順番に後ろからぎゅっと抱きしめ褒めてあげた。これで機嫌が直るのなら安いものである。


「さ、今度こそご飯にしますわよ。せっかくの美味しい料理が冷めてしまいますわ」


はーい、と全員が元気に返事する。食事のあいだも、ユイたちはオークとの戦闘の様子を興奮気味に話し続けた。


一部始終をそばで見ていたリズは、そのことをおくびにも出さず、ただただ目を細めて聞き続けるのであった。

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