41 天ヲ舞ウ桜


 ニチダンインダストリー八王子工場謹製。

 第2世代型魔導装甲まどうそうこう

 型式番号JDMA-M9。

 コードネーム『桜舞おうぶ弐式』。


 地上にて魔法やスキルを使用できるようにするために身にまとう鎧を「魔導装甲」と呼ぶ。各国で開発が進められているが、今だ成功した例はない。


 この純日本製の機械である「桜舞」は、世界で初めて起動に成功した魔導装甲である。


「巨大ロボット」と未衣に言われてしまったが、開発当初、ここまで巨大化する予定はなかった。あくまで「鎧」なのだから、せいぜい宇宙服程度のサイズを想定していたのである。だが思ったような効果が表われず、魔法力場をさらにさらに強力にしていく過程で、最後は全高18メートルという馬鹿げた大きさになってしまった。


 しかし、このサイズでないと、魔核を動力源として発生させた魔法力場を維持できない。


 この「桜舞」のルックスをひとことでいえば「白銀の鎧武者」である。


 戦国時代の鎧武者に現代的な曲線デザインを盛り込んだそのシルエットは、確かに、アニメの巨大ロボットのようにも見える。男の子が憧れる要素がすべて詰まっていると言ってもいいだろう。

 

 だが、現実はそんなに格好の良いものではなく――。


「うーむ」


 大空を舞う「桜舞」のコクピットの中で、藍川英二は渋い顔をしていた。


(この機械、使えないぞ。比呂)


 コクピットといっても、操縦桿のようなものは何もない。大きな球体の中に立ち、モーションキャプチャーのための特殊な衣服を服の下に着込んでいる。英二の脳波と動きがそのまま機体に反映されて動くという仕組みだ。球体内部の壁がすべてモニタになっていて外の映像がCG再現されているため、外にいるのと変わらない感覚で動ける。


 この技術は確かにすごいのだが――。


(召喚魔法一発で、魔核ひとつおシャカになるとはな)

(燃費が悪すぎる)


 先ほどRに対して放った魔法で、装填されていた魔核が粉々に砕けて薬莢として排出された。ニチダン技術者の話では魔核一つにつきレベル7の魔法が三発は使えるという話であったが、実際は一発しか持たなかったわけだ。


(いきなり全能神召喚は、やり過ぎだったか?)


 しかし、Rのスペックが不明な以上、こちらもフルスロットルで挑む必要があった。出し惜しみして敗北するような愚を真の冒険者は犯さない。


 比呂が用意してくれたグレーターデーモンの魔核は七つ。


 一つは「さがみ」に積み込んだ魔導機械に使用した。未衣と氷芽が時間を稼いでくれなければ、「桜舞」起動の準備はできなかった。


 あと六つはすべて「桜舞」に装填されているが、そのうち二つは機体の駆動・飛翔・姿勢制御に使用しなくてはならない。


 つまり、戦闘に使用できる魔核は四つ。


 今、そのうちの一つを早くも消費してしまったわけで――。



『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ』


 

 Rが苦しげにその巨躯を揺すると、全能神の雷によって黒焦げになったはずの鱗が次々に剥がれ落ちた。その下から、真新しい鱗が顔を覗かせる。


 暗赤色の瞳が、空を飛ぶ「桜舞」をギラリとにらみつける。


「たいして効いちゃいない、か」


 あのダンジョンマスターでさえこれを喰らった時はビビッてくれたんだがな――と、英二は頭をかいた。その動作は「桜舞」にも伝わり、「頭をかく鎧武者」というしまらないポーズを再現してしまう。


「ともあれ、やるしかないか」


 未衣と氷芽があれだけのことをやってのけたのだ。二人がかりとはいえ、女子中学生が剣聖技を成功させた。鳳雛女学院のダンジョン部がめでたく発足したなら、きっと日本じゅうから注目を集めるだろう。


 おっさんも根性見せなくてどうする――と、珍しく英二はやる気になっている。


 どうやら正真正銘の「奥の手」を使うことになりそうだった。





 西新宿・ニチダン本社ビル。


 緊急対策本部に詰めかけた有識者たちは「桜舞」起動成功の快挙に沸き立っていた。なにしろ実験でもほとんど動かなかったシロモノだ。「超一流の魔法使い(マジック・ユーザー)が乗れば動く」などと技術部門は言い続け、経営陣に白い目で見られていたのだが、今日、ついにその念願がかなったわけだ。


 技術者たちとともに、派手に喜んでいたのは黒岩長官である。


「ついに、ついに地上で魔法を行使する人類の悲願が達成されたのだ!! 米国でも中国でもなく、我が国が! やったな! 比呂くん!」

『そ、そうっすね。いやー快挙だなー。うちの株価また上がっちゃうなー』


 現地・横浜港の埠頭にて本部と通話している比呂だが、内心彼は焦っている。


 黒岩はすっかりRに勝利した気でいるようだが、問題はこれからなのだ。


(やーばい。やーばいっしょこれ)

(ゼウスでもノーダメってことになると、もっと強い魔法を使わなきゃいけないわけだが)

(どう考えても、魔核、足りなくね?)


 英二の真の実力なら、きっとRをも凌駕する。


 そう信じている比呂ではあるが、その英二の力に魔核が耐えられるかどうかは別の話である。


「どうした比呂くん。顔色が優れないようだが」

『いや、ちょっと魔核がもつかどうか心配で』

「燃費の問題かね。それなら、飛翔をやめたらどうだ? 英二くんに地上に降りて戦うよう伝えるといい」

『それが、あの機械、陸での運用は想定してなくて』

「は?」

『地面に二本脚で立ったら自重で壊れる可能性があると、うちの技研が』


 長官はぽかんと口を開けた。


「じゃ、じゃあなんで脚なんてついてるんだね!? 人型にする意味がないじゃないか!」

『それが「脚は飾りで必要なんです!」「えらい人にはそれがわからないんですよ!」なんて、舞衣が』


 魔術的な問題で人型にしなくてはナリマセンだのなんだのと、舞衣は当時言っていた。だが、比呂も英二も未だに疑っている。女の子のくせにロボットアニメ大好きだった舞衣が、自分の趣味で「桜舞」を設計したのではないかと。


 長官は憤懣やるかたない様子で、


「だめだ! だめだよそんなんじゃ! 株価下がるよ君んとこ!」


 と、うるさいので、比呂は通話を切った。


 埠頭から空を見上げて、大きく旋回してRと距離を取る「桜舞」を見つめる。


(例の「奥の手」に期待するぞ。英二)


 いよいよ横浜上空は暗雲がたちこめ、陽射しを覆い隠してしまった。


 雨が降り出しそうな気配である。





 全能神の雷がもたらした衝撃から立ち直ったRは、その巨大な顎を開いた。


「いよいよ来るか」


 英二は「桜舞」を急速上昇させる。海上の「さがみ」から距離を取りつつ、自機も回避行動に入る――だが、間に合わない。「桜舞」の機体が英二の素早い行動についてこれない。そしてRの動きは予想以上に俊敏で、喉の奥から灼熱のマグマが奔流となって解き放たれた。


 灼熱息吹(メテオブレス)!!



「藍川英二の名を賭して命ずる。出でよ戦女神(アーテナー)」


 

 光り輝く巨大な「女神の盾(アイギス)」を召喚して、吹き荒れる炎を遮断した。八王子の街をたった一息で焼き尽くしたR必殺のブレスでさえ、この盾の前には無効化される。あらゆる敵の害意を弾く神威(カムイ)である。


 しかし、その代償は支払わねばならなかった。


 またもや魔核の薬莢が排出されて、海へと落ちていったのである。


(これで残弾は二つか)


 Rのほうは、まったく消耗した様子もない。やつにしてみれば息をひとつ吐いて見せたにすぎない。どう考えても分の悪い勝負だった。


 長引かせず、一気にケリをつけねばならない。


 圧倒的な「力」でもって。


 英二は「桜舞」を操り、息吹(ブレス)が生み出した乱気流に耐えながら、船上にいる未衣と氷芽に向けて合図を送った――。





「来たよ未衣! 藍川さんからの合図!」

「わかってる!」


 船上にいる未衣が取り出したのはスマホである。


 撮影モードに切り換えて、配信アプリを起ち上げる。


 生放送を開始する。


『はろろーん! みんな元気ーっ? 鳳雛♥ちゃんねるのみぃちゃんだよーっ!』


 ややタイムラグがあって、怒濤のようにコメントが流れ出した。


“未衣ちゃん!?”

“わわわ ひさしぶりに通知きましたわわ!!”

“心配してたんですのよ!”

“こんみぃちゃーん!”

“夏休み ヒマで~ヒマで~ しかたなかったですの!”

“もう 配信がないと 生きられないカラダにっ”


 しばらく配信がなかったので、みんな飢えていたようだ。


“いま 避難所からです 配信 助かりますわ!”

“おうちは燃えましたけど 配信は見ますわよ!”

“手動でえいえい充電器まわしながら 視聴いたしますの!”


 被災したお嬢様も多いようだが、意気消沈はしてない。どんなピンチの時もぜったいあきらめない。さすが可憐な乙女の鳳雛生である。


“氷芽さんは? 氷芽さんは退院されましたのっ?”

“そうです! 氷芽さんはいずこ!?”


「ほらひめのん、心配されてるよ。何かひとことっ」

「ちょっ、いきなりカメラ向けないで」


 前髪をあわてて整えた後、氷芽はカメラに視線を向けた。


「あ、その、氷芽です。さっき退院してきました。もう大丈夫だから。……みんな、心配かけてごめんなさい」


 たどたどしく謝罪すると、


“よかった! 元気そうですの!”

“すっごく すっごく 心配してたんですのよ!”

“あぁいけません ワタクシ 涙が…”


 と、祝福の嵐が吹き荒れた。スパチャをつけていたら、きっとすごい額になっていたことだろう。


「そうだ未衣。スマホ、そこの機械につながないと」

「あっちゃ、そうだった!」


 未衣は白いケーブルの先端をスマホに刺して、もう一方の先端を例の魔導機械につなげた。


“なんか海が見えますけど そこ、どこですの?”

“まさかお船のうえ?”

“クルージング中ですの?”


「あたしたちは今、海上保安庁の船の上にいます」

「そう。横浜港」


“横浜港!?”

“まさかドラゴンさんが飛んでいった場所にいるんですの?”

“そんな 危ないですわよ!”


「今、海の上で、藍川さんがドラゴンと戦ってるんだよ」

「みんな見て! あのロボットに、おじさんが乗ってるの!」


 未衣はスマホのカメラを上空に向けて、Rと戦う『桜舞』の勇姿を映した。


“ろ、ロボット!? 本物ですの!?”

“うっっそお!? ですの!!”

“アニメみたいですわ!”


 と、興奮するお嬢様もいれば、


“おじさまのお顔が見えないじゃありませんの!”

“くすん おひげが 見えませんわ くすん くすん”

“なんかワイプとか出せませんの?”

“そうですわー ワイプ希望! ワイプ希望!”

“せめて せめて お声をぷりーず! ですわ!”


 と、英二を見られないことに不満をもらすお嬢様も大勢いた。


 みんな、すっかり「おじさま」のことが大好きになっている。


 そんな彼女たちに向かって、未衣は言う。


「みんな! その調子だよ!」


“えっ?”

“なにが、ですの?”


「その調子で、ありったけのパワーをこめて、おじさんを応援してあげて!」



 そう――。


 まさにこれが「奥の手」だ。


 生配信で集めた「乙女の祈り」。


 それを魔導機械を通じて英二に送り、「魔核」の代わりに魔力源にしようというのである――。

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