39 おっさん、秘策を話す
桧山舞衣とは、どんな冒険者であったのか――。
来栖比呂が「剣聖」の称号を受けるほどの武芸者であるならば、桧山舞衣は魔法と召喚術に秀でていた。当時、魔術分野で世界最先端をいっていた一人であっただろう。四大高位精霊と契約した唯一の精霊召喚師(エレメントサモナー)であり、地水火風全属性すべてレベル7まで修めた大魔道師(ウィザード)でもあった。
今でもマイ・ヒヤマの名前を冠した魔術理論、召喚理論などがいくつも遺されている。世界最高の魔術師集団「大英帝国図書館」に、東洋人で入会を許されたのは今も昔も舞衣ただひとりである。
大英図書館を主宰する「大賢者」シリアス・クロウリーはこう語る。
『 Mai's magic is elegant. 』
一切の無駄なく書かれたソフトウェアのプログラムが「美しい」のと同じように、舞衣の緻密な理論で構成された魔術は「壮麗」であるとの評を得たのだ。
天才――。
で、あったのだろう。
そんな彼女が独自研究に力を注いでいたのが「地上にて魔法を使用する方法」である。
ダンジョンの特殊な力場を利用する形でしか魔法は使えない。もしその特殊な力場の代わりになるものを用意できれば、地上でも魔法が使えるのではないか? という仮説を立てていたのである。
当時、彼女は英二と比呂に語ったものだ。
『もし地上で回復魔法が使えたなら、医療技術、特に救急において劇的な変化をもたらします』
『技術工学においても、魔法を用いることによって行える特殊な加工方法が発見できるかもしれません』
『あらゆる分野で、無限の可能性があるんです』
一方で、強い懸念もあった。
『魔法が地上で使えるようになった時、人類がまっさき思いつくのはやっぱり軍事転用でしょう』
『今はまだ、人類にとって利益よりも害のほうが大きいかもしれません』
『だから、慎重かつ極秘に進めなくては』
『わたしがこの研究をしていることは、誰にもナイショですよ』
だからこそ――。
英二も比呂も、この件については国に話さなかった。
この20年、慎重に隠し通していたのだ。
だが、その禁を破る時が、来てしまったようである――。
◆
ライムグリーンのバイクを駆る英二は、弾丸となって横浜を駆け抜けた。
目指すは海。
横浜市が誇る高層ビル群の狭間を突っ走り、中華街を突っ切り、赤レンガ倉庫をかすめたあたりでベイブリッジが見えてきた。潮の香りがする。うずたかく積まれたコンテナと停泊する商船が見える。髪を風で煽られながら上空へと目をやれば、雷球に捕獲された「R」が激しく暴れて、徐々に速度を落としているのが確認できた。
限界だった。
雷球の効果が減衰し、捕獲しきれなくなっている。
だが、ここまで来れば十分だ。横浜港から数キロも沖にいけば、障害物はないに等しい。
思いっきりやれる。
「おうい、こっちだ! 英二!」
黒塗りのベンツが埠頭に停まっている。その背後には無数のパトカー、さらにニチダン所有の大型特殊車両まで従えている。
白のスーツ姿のキザ男が、大きく手を振っていた。
英二はバイクから降りて手を挙げた。
「早かったんだな、比呂」
「パトカーに先導されてきたからな。おかげでもう目立って目立って! まーた俺のファンが全世界に増えちまうなっ」
「そいつは何よりだ」
自分が目立たずに済んでいるのは、日本一の目立ちたがり屋が近くにいるからかもしれないと、英二は思う。
「それで、例のものは?」
「おうよ」
比呂がパチンと指を鳴らすと、黒服の男たちがベンツのトランクからジュラルミンケースを持ち出した。慎重に開けると、そこには青白く輝く拳大の鉱石が七つ収められていた。
「グレーターデーモンの魔核。これだけあれば、舞衣が遺してくれた『顕現術式』起動の要件は満たすはずだ」
「そうだな……」
魔核のひとつを英二は手にとってみた。ずっしりとした重みとともに、ひりつくような魔力も感じられる。時々、心臓が脈打つみたいに明滅を繰り返す。鉱物であると同時に生物としての性質も併せ持つ『
だが、それでもやらねばならない。
「“
「できてる。ただ、まだ7割の完成度だぞ。完全な動作は保証できないと技研も言ってる」
「7割もあれば十分だ」
周辺を警備している警察官の目を憚るように、比呂がそっと英二にささやいた
「先ほど米大使館を通じて連絡が入った。グアム沖に展開する第七艦隊から、第102戦闘攻撃飛行隊が離陸したそうだ。自国民の保護とRの太平洋進出を阻止する名目で」
「……何だと?」
思わず旧友の顔を見返したが、冗談を言っている目ではない。
「お前が失敗した時は、すぐ攻撃に移るだろう。東京湾岸を巻き込む広範囲爆撃でな」
「めちゃくちゃだな」
「そう。めちゃくちゃにして、そのどさくさにダンジョンを『事後処理』の名目で接収するかもしれん。日本は、また……」
大きなため息を吐き出して、比呂は続けた。
「日本は、また『戦後』からやり直すことになるかもしれない」
「その前にカタをつける」
英二の両眼に力がこもった。
「何人(なんぴと)だろうと、舞衣が眠る場所を荒らさせはしない」
「すまない。俺も一緒に行きたいが」
「社長みずから出撃してどうする。ここはサラリーマンに任せろよ。休日出勤は慣れてるからな」
すまん、と比呂はつぶやいた。
そんな旧友に英二は告げた。
「それに、楽しみでもある」
「楽しみ?」
「古竜種と正面切って戦うのは初めてだからな。いったいどんな攻撃をしてくるのか、どんな耐性を持っているのか。どんな異能を隠し持っているのか。俺の技は果たして通用するのか――考えただけで、わくわくする」
不謹慎だがな、と付け加えた英二の顔を、比呂はぽかんと見つめた。
やがて、両者の表情に苦笑が生まれる。
「ひさしぶりに出たな。英二の『わくわくする』が」
「ああ。舞衣も今ごろ、笑ってるはずだ」
その時である。
パトカーに先導されたリムジンが一台到着した。
その中から飛び出してきたのは、二人の女子中学生である。
それぞれ木洩れ日のナイフと魔法の杖を装備している。
「おじさん!」
「藍川さん!」
息せき切って駆け寄ってきた少女二人を、英二は当然のように出迎えた。
「遅かったじゃないか。もう少しで、俺ひとりで行ってしまうところだったぞ」
「待っててくれたの? 私たちを」
ごく自然に英二は頷いた。
「当然だろう。仲間だからな」
「……っ」
氷芽は一瞬、泣きそうな表情になった。
しかし、いったんうつむいて涙を堪えると、いつものクールな顔をあげて言った。
「私たちにも、何か手伝わせて」
「そうだよおじさん! 黙って見てるなんて、できないよ!」
英二は二人の肩を叩いた。
「もちろんだ。お前たちにもやってもらうことがある」
遙か上空に留まるRの咆哮が、ここまで聞こえてくる。もう少しで「雷球」の戒めが解けてしまいそうだ。そうなればRは再び自由に飛翔し、その無慈悲な息吹を下界に向けるであろう。
「いいか。作戦はこうだ――」
英二はレクチャーを始めた。
5分ほどで話し終えた後、未衣と氷芽は興奮と不安がない交ぜになった複雑な表情を浮かべていた。
「す、すごい重要な役目だね。責任重大っ」
「ぶっつけ本番で、できるかな。正直、自信ないよ」
「この一ヶ月、お前たちを一番近くで見ていた俺が言うんだ。絶対にできる」
英二の口調は自信に満ちていた。
それで、未衣も氷芽も安心することができた。
英二がいい加減なことを言う大人じゃないのは、二人もよくわかっている。この人がそう言うのなら、大丈夫。ぜったいできる。そう信じることにしたのだった。
「ただし――」
英二は続けた。
「この作戦が首尾良くいったとしても、Rを倒せるという保証はない。なにしろ未知の生命体だからな。果たして『死』の概念があるのかどうか? 人類の持つ技術で封印、ないし凍結することができるのか? 不確実な要素があまりにも多い」
未衣はごくりと唾を飲み込んだ。
「もし、この作戦でも倒せなかったら、どうするの? おじさん」
「その時は――たったひとつだけ、奥の手がある」
というより。
まさにその「奥の手」のために、二人がいるといっても過言ではない。
その奥の手を、英二は話した。
「もし、失敗した時は――配信してくれ」
「「……えっ?」」
ぽかんとした表情を浮かべる二人に、英二は繰り返した。
「配信してくれ。俺とRの戦いを、生配信するんだ――」
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