34 緊迫


 ニチダン本社ビル最上階の大ホール。


 先日、DBPのお披露目に使われた広い部屋は、今、「R緊急対策本部」へと姿を変えている。


 ほんの数週間前、華々しくR討伐を発表した場が、そのままRの脅威に備えるための場所に変わったのは、皮肉というほかはない。


 多くのPCやプリンタ、分析機器などが部屋に持ち込まれ、官民双方の有識者たちが集められている。レンジャー協会やダンジョン保護委員会などの各ダンジョン団体はもちろん、警視庁や東京消防庁の姿も見えるのは、すでに事態が「ダンジョン」だけの話ではないことを示唆している。


 これら雑多な本部をまとめあげているのは、ダンジョン開発庁のトップ・黒岩長官である。


 黒岩は、現在、この国のトップとリモート会議中であった。


『――ああ、もういいから。わかったから』


 長官の説明を、内閣総理大臣・尾形源三は鬱陶しげに遮った。


『万事、君に任せるから。後は警視庁と連携してやってくれ。必要なら神奈川県警の協力も仰いで、それでいいだろう』


 尾形総理は現在、フランスに外遊中であった。


 遠い日本で起きている大危機にぴんときていないのは、モニタ越しにもあきらかだった。


「ですから、総理」


 粘り強く黒岩は食い下がった。


「Rが地上に出てくるような事態になれば、警察戦力だけでは対抗できません。特措法を制定し、自衛隊への出動命令をご準備ください」

「そんなこと、できるわけないだろう」


 派閥の論理だけで総理になったと言われる男は、迷惑そうに首を振った。


「たかがモンスター1匹で自衛隊など出せば、在日米軍や諸外国の笑いものだ。反戦団体も黙っちゃいまい。そもそも八王子ダンジョンは、市街地に隣接してるんだぞ。そんなところで兵器の使用など出来るはずがないじゃないか」

「では、どうせよとおっしゃるのです」

「『アンドロメダの鎖』は機能しているんだろう? ならば問題ない」


 アンドロメダの鎖とは。


 八王子ダンジョン地下2層に設置されている「対モンスター地上侵攻用捕縛システム」である。


 世界最高の魔術集団と言われる「大英帝国図書館」と、米国の軍需企業タイラント社が共同開発したシステムで、地上に上がろうとするモンスターを「魔法の鎖」によって捕縛する。モンスターの魂である「魔核」そのものに作用するため、体の大小には関係なく捕縛できると言われている。


 20年前の「巨人族侵攻」を教訓として、巨額の予算を投じて12年前に設置された。


 モンスターの地上侵攻など一度もなかったため出番はなかったのだが、今回、初めて作動し、Rをどうにか2層で食い止めているのだ。


「しかし万が一ということもあります。大英帝国図書館も、対象が『古竜種』であれば捕縛に責任を持てないとの声明を出していて――」

「なんだそれは。彼らが作ったシステムではないか! 無責任な!」


 うんざりした顔の総理だが、うんざりしたいのは黒岩も同じだった。売りつける時ばかりいい顔をして、売った後は知らん顔だというのだから、たまらない。


「国家に真の友人などいないということだな」


 総理はそう吐き捨て、画面の中で姿勢を正した。


「わかった。党本部に連絡して特措法制定の根回しをさせる」

「あ、ありがとうございます!」


 即準備ではないのか――と黒岩は問いたかったが、自衛隊を動かすという事態になれば根回しは必須である。これが望みうる最善の回答だろう。


「だが、あくまで万が一だぞ。そんなことがないよう、ダンジョンの中でどうにかして食い止めたまえ! マスコミ対策は?」

「今のところは大丈夫です。しかしダンジョンで大規模な避難を行っているので、情報が漏れるのは時間の問題かと」

「すぐに報道管制を敷かせろ。それと、レンジャー協会は? こういう時のための専門家(スペシャリスト)だろうが」

「それがその、Rとの戦闘は無謀すぎるというのが、専門家としての見解だそうです」

「――話にならん!」


 通話がブチ切られると、長官の隣でため息が聞こえた。


「どうにか、自衛隊出動の言質取りには成功っすね」


 比呂だった。彼はニチダン社長として、この緊急事態に民間のリーダーとして臨んでいる。いつもお調子者の彼だが、今日ばかりは表情が張り詰めていた。


「しかし、あの事なかれ総理のことです。土壇場で怖じ気づくかもしれないすよ」

「それはそうだろう」


 二層の状況をモニタリングしながら黒岩は答える。


「八王子のど真ん中で自衛隊の攻撃命令なんて、誰が出したいっていうんだ。歴史に名前が残るよ。汚名がね」

「でも、おそらく自衛隊の装備でしかやつは倒せませんよ。魔法やスキルは使えないんだから。剣技と体術だけでRを駆除するのは、俺や英二でも無理っす」


 魔法所持者(マジックユーザー)や能力所持者(スキルユーザー)が超常の力を行使できるのは、ダンジョン内部の特殊な力場が触媒となっているからだ。地上に出れば、どんな高名なレンジャーであろうと使えない。「冒険者、地上に出ればただの人」などと言われるゆえんだった。


「英二くんは? 今どこだ?」

「さっき迎えの車からラインが。パトカーの先導で、あと十五分ほどでダンジョンに到着するそうです」

「もう、彼に託すしかないか」


 Rを駆除できるとしたら「無刀の英雄」以外にはいないと、黒岩も比呂も考えている。


 だが、それもRが地上に出てしまった後では、不可能となる――。


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