28 おっさん、秘技を伝授する


 第5層、地底湖湖畔の「レベリングポイント」にて――。


「これから、お前たちに螺旋衝撃剣(スパイラル・ソニック・ブレード)を教える」


 未衣と氷芽は小首を傾げた。


「それって、剣聖しか使えない技なんでしょ?」

「配信で来栖社長がドヤ顔で自慢してるの、見たことあるよ」


 確かに二人の言う通りなのだが、そもそも剣聖にその技を教えたのは英二である。今となっては英二と比呂の二人しか知らないことではあるが。


「教えてくれるのは嬉しいけど、さすがにあたしたちには早すぎるんじゃないかな?」

「そもそも私は呪文詠唱者(スペルキャスター)だし、剣技を教えてもらっても仕方ないよ」

「話は最後まで聞け」


 せっかちな若者を諭すように、おっさんの英二は言った。


「まず、未衣には衝撃剣(ソニック・ブレード)のやり方から教える」

「ほんと? それならできるかも!」


 衝撃剣(ソニック・ブレード)とは。

 剣を振ることによって衝撃波を作りだし、それで敵を攻撃する技である。

 剣を直接当てずとも、敵にダメージを与えられる。

 熟練者になれば、巨大な衝撃波で複数の敵を一網打尽にすることだってできるようになる。

 剣士系の職業において、この技を習得することはひとつの目標となる。レンジャー試験においても、A級合格のための必須スキルだった。


「そんなすごい技を覚えられるなんてっ!」


 わくわく目を輝かせる未衣に、氷芽が冷静にツッコむ。


「衝撃剣って、音速を越えるスピードで武器を振らなきゃいけないんでしょ? 未衣が人間やめないと無理なんじゃない?」

「いや、未衣ならできる」


 未衣の手に握られた「木洩れ日のナイフ」を英二は指さした。


「そのナイフには『肉体強化』の魔法が施されているからな。未衣は実感してるだろう?」

「うんうん! このナイフを装備してから、みぃちゃんぜんぜん疲れないの! これ持って100メートル走したら中学生記録を更新できそう! 剣道ならインターミドル優勝まちがいなしだよ!」


 と言っているが、マジックアイテムの効果はダンジョン限定なので、地上ではただのナイフになってしまう。

 しかし、ダンジョンにおいては未衣の体力・筋力を素晴らしく強化してくれることには違いない。


「まずは、お手本を見せよう」


 湖からあがってきた水蜘蛛のモンスター5匹に、英二は視線を移した。

 蜘蛛たちは様子をうかがいなから、8本の足をモサモサさせてじわじわと距離を詰めてくる。


 英二はポケットから拳を引き抜くと、ゆっくりと右手の手のひらを開いた。

 無刀である。


「ちょっとおじさん、剣は?」

「必要ない。俺の手にナイフがあると思って、そのつもりで見てくれ」



“剣ナシで 衝撃剣を出しますの?”

“それって 無理ですわよね?”

“衝撃剣じゃなくて 衝撃拳になっちゃいますわ”

“さすがのおじさまでも 不可能なのでは”

“そんなことありません! おじさまならできますわ!”

“そうです! おひげから 衝撃を繰り出してくださいます!”



 ひげからは出さないけどな、と思いつつ、英二は蜘蛛たちに向かって拳を振るった。未衣の目でも見えるように、いつもの半分のスピードを心がける。それでいて「音の壁を破る衝撃」を作り出すというのはなかなかの難題で、全力で攻撃するより遙かに難しいことだった。


 が――。

 英二には、造作もないこと。



「「えっ!?」」

““”“えええええええええっ!??!?”“””



 未衣と氷芽、そしてコメント欄が同時に驚愕した。


 ざあっと強い風が吹いたと思った次の瞬間、蜘蛛たちの四肢がばらばらに――いや、粉々に引き裂かれたのである。


 5匹いっぺんに、である。


「どうだ未衣。見えたか?」

「みっ、見えないよ! なにしたの今!?」

「そうか。じゃあもう少しだけ、遅くする」


 湖から新たな蜘蛛があがってきた。今度は7匹、さっきよりも速く接近してくる。


 またもや風が吹き、7匹がダイナマイトで爆破されたみたいに、粉々に吹っ飛んだ。


「どうだ?」


 未衣は目をこらしながら、んーっ、と唸った。


「ちょ、ちょっとだけ見えたかも。今の、3回攻撃したよね?」

「惜しい。4回だ。フェイントを含めれば5回な」


 氷芽が「お手上げ」の仕草をした。


「私には1回しか見えなかったんだけど。二人ともどういう目をしてるの?」


 実は1回見えるだけでも十分にすごい。

 剣士でもない氷芽に英二の剣筋が見えるのは、中1としては規格外の才能と言えるだろう。


 未衣に至っては、もう、天才といっても差し支えないレベルかもしれない。

 大学での猛練習を経て、その才能が開花しつつあるようだ。



“未衣ちゃんも月島さんも すごすぎますわ”

“あんなのが見える中学生 他にいますの?”

“いや いちばんすごいのは おじさまでしょう”

“すごすぎて 言葉では言い表せませんわ”



 その後もしばらく、英二は蜘蛛を倒すことを繰り返した。


 5回目で、ついに未衣はすべての攻撃を見極め、氷芽もその半分までは見えるようになった。


「どうだ未衣。技の仕組みは掴めただろう?」

「うん。わかった……と思う。手首のひねりがコツなんだよね?」

「そういうことだ」


 4回目からは、未衣は蜘蛛ではなく英二の手元を見るようになっていた。


「足りない筋力はナイフにかかった魔法が補ってくれる。あとは技の仕組みとコツさえわかっていればできるはずだ」


 未衣はコクリと頷いた。


 もう30匹以上倒したというのに、また新たに2匹の蜘蛛が地上にあがってくる。無限に敵がポップする狩り場というわけである。


 未衣はナイフを逆手に持ち、腰だめに構えた。そのほうが振りやすいのだろう。鋭い目つきで蜘蛛の動きを見極めながら、じりじりとすり足で間合いを詰めていく。


(――いまだ未衣!)


 英二が心のなかで言うのとほぼ同時に、木洩れ日のナイフがオレンジ色の軌跡を描きながら振るわれた。


 それは、美しい糸のようだった。


 糸が蜘蛛たちに吸い込まれていく。


「!!」


 さあっ、と一陣の風が吹いて、氷芽は髪とスカートを押さえた。


 次の瞬間には、綺麗に真っ二つにされた蜘蛛が2匹、ひくひくと足を蠢かせて絶命していた。


 その光景を呆然と見つめて、未衣が言った。


「で、できた……。衝撃剣(ソニック・ブレード)。できたよね?」

「威力はいまいちだが、合格点だ」

「やったあっ!」


 未衣は飛び上がって喜びを爆発させた。手にしたナイフがその名前の通り、木洩れ日のようにきらきらと輝く。


「……すごい……中学生でもできるんだ……」


 氷芽は呆然と立ち尽くしている。



“おめでとうですわ みぃちゃん!”

“さすが 我が1年桜組の誇り!”

“鳳雛剣道部のエースは ダンジョンでも最強ですの!”



 歓喜にわくコメント欄をよそに、英二は冷静に告げた。


「さて、ここからが本番。次は螺旋衝撃剣だ」

「「ええええっ!?」」



“本気でやる おつもりですの!?”

“衝撃剣だけでも 中学生としては すごすぎますのに”

“そのうえ剣聖技とか さすがに無理なのでは”



 またもや驚きに包まれる女子中学生たちに、英二は事もなげに言った。


「いや、最初からそう言ってるだろ」

「それは、そうだけどさ」


 珍しく歯切れ悪く、氷芽はうつむいた。


「私には無理だよ。さっきの藍川さんの攻撃だって、未衣の半分しか見えなかったし」


 その暗い表情には、自分は足手まといかもしれないという不安が満ち満ちている。


「大丈夫だ。何もお前ひとりにやれなんて言ってないだろ」

「だって、未衣と私に教えてくれるって話でしょう?」

「ああ、そう言った」


 未衣と氷芽を交互に見つめて、英二は言った。


「お前たちふたりで、螺旋衝撃剣を撃つんだ」



“つまり どういうことですの?”

“おふたりで 同時に 衝撃剣を放つ?”

“それが 螺旋衝撃剣になりますの?”

“合体技ってやつじゃありませんの?”



 コメント欄にひとり正解者がいる。


「いいか? まず俺が実際にやってみせる。見えやすいよう、最弱出力で撃つからな」


 二人は緊張した面持ちで頷いた。


 特に氷芽は肩に力が入っている。今度こそ見極めようと身を乗り出して、コメント欄から「もっと下がらないと危ないですわ」と指摘されるほどだ。


 英二は湖のほうへ5メートルほど近づいた。

 水際からはまた新たな水蜘蛛が這い出てくるところだった。

 大きめのが、7匹。


「じゃあ、行くぞ――」


 なんの予備動作も、構えすらなかった。


 突然、英二の体からズアッ、という音とともに竜巻が発生した。うねる空気の渦が螺旋(ドリル)となって蜘蛛たちを跡形もなく塵に変え、さらに湖面に大きな波を立てていった。その波は未衣たちの位置から見えるほど高く、対岸にまで津波となって届くような勢いであった。



“モーセの『十戒』みたいですわ!!”



 古い映画を知ってるお嬢様がいるようだ。


 確かに、見方によってはそう見える。モーセが神の奇跡を呼んで大海を真っ二つに割ったように、英二が湖を竜巻で真っ二つにしたように見えたのだった。


 未衣と氷芽は声もなく、ぽかんとしたまま、湖から飛んできた水飛沫を頭からかぶっている。


 長い黒髪から雫を滴らせて、氷芽が言った。


「い、今のが螺旋衝撃剣なの? 剣聖が動画でやってたのと違うんだけど」

「ああ。比呂――いや、来栖社長が使うのは、あいつのアレンジがちょっと入ってるからな」

「アレンジっていうか、こんな大きな竜巻は起きてなかったよ。あの元英雄って呼ばれてる人でさえ、せいぜいつむじ風程度だったのに。……本当に、何者なの。藍川さんって」


 何度目かになる同じ質問に、英二はやはり同じ答えを返す。


「観光ガイドのおじさんだ」

「それはもう、前に聞いたよ!」


 氷芽は不満そうにぷくっと頬をふくらませた。そんな風にすると、大人っぽい彼女が急に幼く見える。それはそれで、非常に魅力的だ。


「それで、どうなんだ。やるのか? やらないのか?」


 未衣と氷芽は激しく首を横に振った。


「む、無理だよおじさん! さすがに、これはレベチっていうか」

「どうやったらこんなことができるの? 人間やめなきゃいけないよ、私」


 圧倒されている二人に、英二は諭すようにいった。


「お前たちひとりずつなら、無理だろうな」

「つまり、二人ならできるってこと?」

「そうだ。お前たちで完成させるんだ。二人あわせて『剣聖』になるんだ」

「私たちで……?」


 亜麻色の髪の少女と、黒髪の少女は、その愛らしい顔を見合わせあう。


「氷芽。風が吹く仕組みは知っているか?」

「ええと、空気は気圧の高いところから低いところに流れ込むから、気圧の高低差があると風が吹く」

「その通り。じゃあ気圧の高低差はどうして起きる?」

「それは、いろいろあるけど……」


 いったいなんの話だろうと疑問に思いつつ、氷芽は素直に答えていく。


「やっぱり一番の理由は『気温の差』かな。冷たい空気の下では気圧が低くなる。温かいと高くなる。だから気温の差が生まれると、風が吹くんだ」

「そうだな。じゃあ、竜巻はどうやって起きる?」

「同じだよ。ようは上昇気流によって発生する渦だから、地上と上空の気温差が激しいと――あっ」


 氷芽の表情に、理解の色が広がっていく。

 一を聞いて十を知る。さすが成績学年トップだ。


「わかったようだな」

「うん、なるほど。だから『二人』でなんだね」


 いっぽう、未衣はひたすらハテナマークを浮かべている。


「うぅ~ひめのん、みぃちゃんを置いていかないでー。かしこい人だけでお話ししないで~」


 泣きべそをかきながらセーラー服の襟をつまんでくる未衣に、氷芽は言った。


「私の氷魔法と、未衣が宿してる火精霊(サラマンダー)の力。氷と火で、激しい気温の差を作り出して、竜巻を作り出そうってことだよ」

「な、なるほどっ?」



“つまり どういうことですの?”

“魔法の力と精霊の力で超・局所的な寒暖差を作り出そう! って話だと思いますわ”

“それが竜巻となり その竜巻を衝撃剣にのせて 敵に放てば”

“螺旋衝撃剣の完成! というわけですわね!”



 コメント欄のお嬢様たちも理解したようだ。


「そのためには、お前たち二人の息をぴったりあわせなければならない。未衣の火精霊の力と、氷芽の氷魔法。威力もタイミングも、がっちり噛み合わなければ不可能だ。それにはチームワークと、練習あるのみだ。いいな?」

「「はいっ!」」


 二人の返事がぴったりと重なりあった。


 それにしても――と、英二は思う。

 氷芽のこの理解力の速さ、頭の回転の速さはどうだろう?

 天才肌の未衣にコンプレックスを抱くような一幕もあったが、とんでもない、氷芽もやっぱり素晴らしい才能を秘めている。

 今のやり取りでもわかるが、未衣は天才肌だけに理論が追いつかず、難しい話はわからないことがある。それを補う秀才タイプの氷芽がいれば、鬼に金棒。日本最強のコンビとなれるかもしれない。


 この二人が放つのは、もう螺旋衝撃剣ではない。


 あえて名付けるなら、友情螺旋衝撃剣(ツイン・スパイラル・ソニック・ブレード)となるだろう。


「理論がわかったら、練習あるのみだ。二人の魔法と精霊力、発動タイミングを合わせるところが始めよう」


 表情にやる気をみなぎらせて、二人は練習を開始する。


 しかし――。


 理論はわかったものの、二人が手こずったのはここからだった。


 一度、二度、三度やっても、十度やっても、タイミングが合わない。


 氷魔法に習熟しつつある氷芽はともかく、まだ未衣は精霊力を使いこなせていない。精霊剣士になったばかりで、まだまだ精霊力を剣技に活かすというコツがつかめていないのだ。


「ごめん、ひめのん。また少しずれちゃった」

「ううん。私のほうこそ、ちょっと魔力が大きすぎたね」


 疲れ知らずな若い二人も、さすがに肩で息をし始めている。

 木洩れ日のナイフの恩恵がある未衣はともかく、氷芽はもう足にきている。かく、かくと膝が動き、いつ崩れ落ちてもおかしくなさそうだった。


 今日はこのくらいにしておこう――。


 そう英二が声をかけようとした時である。


 三階までの道のりをショートカットできる階段へと続く道から、複数の足音が聞こえてきた。


 黄色いヘルメットを被った作業服の群れ。


 ダンジョン開発を行う土木作業員たちである。


 そして、彼らの傍らには、着流し姿の男の姿があった。


 長短2本の刀を腰に帯びている。


 ダンジョンの薄闇のなかに蛇のような眼光をぎらつかせて――。


「ほう」


 低い声でその男は言った。


 喜色にあふれた声である。


「やあ、『無刀』の。まさかこんなに早くダンジョンで会えるとはな。どうした? ひよこなんか連れて。お遊戯会か?」


 切崎塊。


 その蛇の化身のような男を目にした瞬間――。


「あ、……あああ……あああぁぁぁ」


 氷芽のくちびるから、形容しがたい悲鳴、あるいは苦悶のような声が漏れた。


 顔色が真っ青になっている。


 全身に震えが取り憑いている。

 

 まるで吹雪のなかで凍えるように、全身がガタガタと震えて――。


 そんな氷芽のことなどまるで目に入らないかのように、切崎はただ英二だけを見つめ、薄い唇に嫌な笑みを張りつかせて、言った。


「なあ、おっさん。ひよことばかり遊んでないで、俺とも遊んでくれよ――」

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