27 おっさん、JCに人気が出る


 次の日曜。


 いつものようにダンジョン最寄りの南大沢駅で待ち合わせすると――。


「おじさん、会いたかったあっ!!」

「むぐっ」


 英二を見つけるなり、未衣はポニーテールを軽やかに跳ねさせた。全力でぎゅっ、と抱きついてくる。英二の背中に手をまわして、胸にほっぺを押しつける。セーラー服のあどけない少女がおっさんに抱きついてるのだから、控えめに言っても超怪しい。援だのパパ活だのと思われても仕方ない光景である。


 続いてやってきた氷芽が言った。


「そのくらいで勘弁してあげたら? 藍川さん死んじゃうよ。社会的に」

「だいじょうぶ、清い交際だもんっ」


 ぜんぜん大丈夫じゃないんだが、と英二は頭をかくしかない。


「ひめのんも、ぎゅってする? おじさんの背中広いよ?」

「やらない」


 ふいっ、とそっぽを向くと、氷芽はスマホを自撮りモードにして配信を始めた。


「こんにちは。『鳳雛だんじょん♥ちゃんねる』です。今日はひさしぶりのダンジョン生配信、みなさんお待ちかねの『おじさま』の登場です」


 棒読み気味にしゃべり終えると、氷芽は英二のほうにカメラを向けた。


 待機していたお嬢様がたのコメントがダダッと流れていく。



“きゃあっ♥ きゃあああっ♥ きゃああああっ♥”

“おじさま! おじさま!! おじさまぁぁぁーーーっっ♥”

“ああ おひさしぶりの 眼福っ…!”

“おひげ成分を 摂取しなくては!”

“おじさまの おひげなら ずっと見ていられますわ!”



 どこのアイドルグループだよ、というくらいの人気である。

 おじさまって俺のことだよな? 別の誰かじゃないよな――と信じられない英二、ほっぺをつねってみようとして、止めた。


「はい未衣。バトンタッチ」

「おっけー」


 氷芽からスマホを受け取ると、未衣は明るく大きな声でトークを始めた。もうすっかりしゃべり慣れている。冒険者としてはもちろん、配信者としても急成長中、すでに登録者は30万人を越えていて、企業からのコラボ案件なんかも来ているらしい。「未成年だから、ぜんぶ断ってるけどね」と未衣。軽いノリのように見えて、あくまで中学生としての分を弁えている彼女は、やっぱり舞衣の姪っ子だった。


「それにしても、不思議なもんだな」

「何が?」


 未衣のハグで乱れた背広の襟を整えながら、英二は言う。


「こういっちゃなんだが、俺なんかどこにでもいる量産型のおっさんだろう? 彼女たちから有り難がられるようなもんじゃないと思うんだがな」


 氷芽は首を振った。


「鳳雛はお嬢様校だから、裕福な家の子が多いんだよ。裕福ってことはつまり、お父さんが偉い人で、いそがしく働いてるってことで――」


 そこで、氷芽はまつげを伏せた。

 わずかな沈黙の後、何事もなかったように続けた。


「つまり、お父さんが、家に帰ってこないってことだよ」

「……ふうん」


 年上の男性に甘えたくなる年頃というのは、確かにあるのかもしれない。

 だとしても、冴えないおっさんを絵に描いたような自分に憧れる気持ちはよくわからないが……。


「まぁ、それにしても未衣の『おじさん好き好き♥オーラ』は別格だけどね」

「……」

「鼻が高いでしょ。あんな可愛い子に惚れられてさ。未衣が今まで何人の男からコクられてるか、知ってる?」


 なんとも返答しづらい問いかけだが、


「ちょっと待て。お前ら女子校だろう。なんでコクられるんだ?」

「そんなの登下校の時とかいろいろあるよ。うちの制服は目立つからね」


 鳳雛のセーラー服は可愛い洒落たデザインで、近隣住民の羨望の的である。


 その理屈でいうと、氷芽だって未衣に勝るとも劣らない美少女だ。大人っぽい彼女は、未衣以上にモテていても不思議ではない。さっきから通りすぎる男たちが何度も振り返って、通行人や看板にぶつかったりしている。あと2、3年もすれば、その事故はさらに大規模なものになるだろう。


 そんな男たちの熱視線を、氷芽は名前の通り、氷のように寄せ付けない。


「さ、早くダンジョン行こう」


 男なんて興味ありません、といった具合に、黒髪をなびかせて歩き出す。


 その格好いい後ろ姿を見つめながら、英二は思う。



『お父さんが、家に帰ってこないってことだよ』



 そう口にした時、氷芽の表情に陰がよぎったように見えたのは、気のせいだろうか……。





 今日、英二たちが向かったのは第5層である。


 第5層は酷暑の4層とは異なり、比較的穏やかな環境と言われている。中央に位置する巨大な地底湖が特徴で、広さは東京ドーム5個分に匹敵する。棲息するモンスターも水辺に棲むワーム系が多い。あまり有用なアイテムを落とさないため、5層はスルーする冒険者も多いのだが、未衣と氷芽の「大きな湖、見てみたい!」という子供らしい希望で向かうことに決めた。


「桜桃女子大のダンジョン部なら5層くらい楽勝だろうに、行かなかったのか?」


 未衣は恥ずかしそうに頬を染めた。


「だ、だって、やっぱり初めてのフロアには、おじさんに連れてってもらいたいっていうか……」


 なんて、いじらしいことを言う。


 いっぽう、氷芽は英二のすぐ後ろを歩きながら、彼の足元をじっと見つめていた。


「大学のダンジョン部で揉まれてみてわかったんだけど、藍川さんって本当にすごいんだね」

「なんだ急に」


 いつも辛口の氷芽に褒められると、なんだか痒い。


「だって、こうやって普通におしゃべりしながら歩いてるのに、足音が全然しないから。いったいどんな身のこなししてるの?」

「別に、ただのクセだけどな」


 現役のころ、少しでもモンスターとの遭遇(エンカウント)を減らすために身につけた技術だ。さして珍しい技術ではない。あの頃の冒険者たちは、みんなこのくらいはできた。今はモンスターがぐっと弱くなったため、この技術は必要とされなくなったのだ。


「コーチに来てた全国準優勝の選手でさえ、いつも足音させてたよ」

「ダンジョン競技の選手は、そうだろうな」


 ダンジョン競技とは、5人1組のパーティーを組んでダンジョン内の指定された地点まで行って帰ってくるタイムを競うスポーツである。「山岳競技」から派生したもので、国体やオリンピックの正式種目にもなっている。一昨年は日本でもプロリーグが発足してテレビ中継が始まり、プロ野球に迫る人気になっていた。


 ただし、競技は競技だ。

 それなりの危険は伴うものの、命を賭けた冒険とは違う。

 あくまで「スポーツ」である。


「スポーツ選手ならこんな技術は必要ない。ヨーイドンがかかった時だけ本気出せばいいんだから」


 そんな話をしながらしばらく歩き、湖のほとりにまでやってきた。

 小学校のグラウンド程度の広さがある広野だ。

 岩などの障害物もない、視界を遮るものがほとんどない空間だった。


 未衣と氷芽は熱心に湖の写真を撮った後、辺りを見回した。


「こんな開けた場所、ダンジョンじゃ初めてかも」

「そうだね。ここならモンスターに不意を突かれたりすることもない、襲ってきてもすぐにわかるよ」


 その通り、と英二は頷いた。


「今日はここで『レベリング』をする」



“レベリングって なんですの?”

“ザコ敵を倒してレベルを上げることですわ”

“ああ ゲーム用語?”

“リアルなダンジョンでも そういうのありますのね!”

“ようは 効率よくたくさん戦って 経験を積もうってことだと思いますわ~”



 納得したように氷芽が頷いた。


「変な言い方だけど、ここなら安全にモンスターと戦えるってわけだね」

「そういうことだ。ワーム系は無限に湧いてくるし、足が遅いから逃走も容易だ。レベリングには、ここは本当に穴場なんだ」

「でも、大学の人たちはそんなこと言ってなかったけど」

「だから、穴場なのさ」


 この場所を知ってるのは、20年前の冒険者たちに限られる。

 仮に知られていたとしても、今のレンジャーたちは地味なレベリングなどより、レアアイテムのために深層階に挑むことを選ぶだろう。


 その時である。


「きゃあっ!!」


 未衣が悲鳴をあげて、英二の腕にしがみついてきた。


「な、なにかワサワサしたのが、あがってくるっ! いっぱい!」


 水辺から上がってきたのは、5匹のクモ型モンスターであった。

 黒っぽい体毛に覆われていて、体長1.5メートル横幅2メートル程度。鋭い爪と複眼をギラリと光らせ、のそのそ近づいてくる。

 いわゆる「水蜘蛛」。

 一般に「ウォーター・スパイダー」と呼ばれるモンスターだ。



“ひぃぃぃっ! くくく、クモっ!?

“蜘蛛ですわ! 蜘蛛ですわ!”

“蜘蛛ですが なにか!?”

“なんで逆ギレしてますのアナタ!”

“おグロイですの! おグロイですのっ!”

“毛モッサモサ 足ワッサワサですわー!”



 コメント欄でも、サラマンダーのとき以上の阿鼻叫喚である。


「あ、あたし、クモは無理っ、あのワサワサ、むりだからあっ」

「しっかりしろ、未衣」


 震える肩を抱いてやりながら、英二は言った。


「見た目はああだが、はっきりいってあいつらは弱い。数だけはやたらわいてくるが、2層で戦ったルージュスライムより弱いくらいだ」

「確かにね」


 未衣を背中にかばって、氷芽はマジックワンドを構える。


「見た目はグロいけど、大したパワーを感じないよ。あんな5匹くらいなら“氷霧”一発で沈黙するんじゃないかな」

「わかるのか、氷芽」

「うん。なんとなくね」


 その背中が頼もしく見える。

 どうやら大学で揉まれてかなり強くなったようだ。


「あ、あたしだって、がんばるもんっ」


 親友の背中のおかげで未衣は落ち着きを取り戻した。

 英二から離れて、ナイフを取り出して氷芽の隣に並ぶ。


 戦闘体勢に入った二人を見て――英二は確信した。彼女たちはこの夏休みで見違えるように強くなった。隙のない構えといい、落ち着きのある対応といい、普通の冒険者なら一、二年かけてもここまでになるかどうか。


 チームワークも向上している。


 即座に友達をかばって進み出た氷芽といい、苦手なクモの恐怖を振り切って一瞬にして切り換えた未衣といい、お互いがお互いをサポートしあえる関係性を築けているのだ。


(こいつらは、本当にすごいレンジャー、すごいパーティーになるかもしれない)


 将来が楽しみである。


 ならば――。


「目標から目を離さず、そのままで聞け」


 英二は鋭く言い放つ。


「これから、お前たちに『剣聖技』螺旋衝撃剣(スパイラル・ソニック・ブレード)を教える」

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