24 おっさん、偉そうなやつを論破する


「すみません。ひとつよろしいでしょうか」


 挙手して立ち上がった英二に、壇上のヒキガエルは険しい目つきになった。英二の腰元に視線を泳がせ、無刀であることを確認すると、露骨に見下す態度に変わる。


「なんだね君は。どこの社の者だ?」

「申し遅れました。『八王子ダンジョンホリデー』の藍川と申します」

「ダンジョンホリデー? ……ああ、例の」


 ヒキガエルはむっとした顔になった。息子タイソンの件で揉めたのを思い出したのだろう。私怨を忘れない人物のようだ。


 会場に視線は英二に集中している。いったい何事かと、怪訝な顔をしてる者がほとんどだ。例外は三人だけ。興味深げに成り行きを見守る比呂社長と黒岩長官、そして不気味な笑みを浮かべている切崎だ。


 批判的な空気のなか、英二は堂々と声を張り上げた。


「私見ながら申し上げます。今お話のあった『ドラゴンバスタープロジェクト』、失礼ですが失敗に終わる可能性が高いと思われます」

「ほう、それはそれは」


 ガマガエルの唇がひくり、とひきつるのが英二の位置からも見えた。


「君のところは確か、従業員20名程度の小さな会社だったな? そんなところの社員に根拠もなしに批判されたら、さすがに傷ついてしまうねえ」


 英二に対する嘲笑が巻き起こった。


 意に介さず、英二は続ける。


「根拠はあります」

「……ああ?」

「まず、ダンジョン探索は少人数で行うのが鉄則です。大人数で潜ればそれだけ物資も消費するし行動も鈍くなる。モンスターとエンカウントする確率もあがり、疲労も危険も大きい。最悪、目標にたどり着く前に全滅という可能性もあります」

「その程度のこと、このワシが想定してないと思うのかねえ」


 ガマガエルは鼻で笑った。


「だからこそ大型シュートを掘らせているんだ。11層の対象Rが潜む火山付近まで、直通のな。迅速に大量の人員を送り込めば、君が言ったような問題はクリアされる」

「いいえ。むしろそれこそが問題なのです」


 英二は語気を強めた。


「大型シュートのような大がかりな設備を使えば、対象Rには必ず気取られます。『彼』が黙って見ているはずはありません。シュートで到着したところを待ち伏せされ、息吹(ブレス)で一網打尽にされる危険は大いに考えられます」


 ガマガエルはぽかんと口を開けて、それから笑い出した。


「これは驚いたね。ドラゴンがそのような『作戦』を取るというのかね、あの図体のでかいトカゲが」

「その認識は誤りです。ドラゴン、特にRのような古竜種には知性がある可能性が高い。おそらく我々と同格かそれ以上の」

「バカバカしい。我が社の調査ではそのような分析結果は出ていない。我々人類の叡智をもってすれば十分に狩れる。それともRに知性がある確かな証拠でもあるのかね?」

「ありません」


 あっさり英二が言うと、再び会場から嘲笑が起きた。


「ありませんが――ダンジョン探索とはそういうものです。ダンジョンに『絶対』などない。常に最悪の事態を想定して行動する。失礼ながら、この計画にはその視点が欠けている。『おそらく大丈夫』という希望的観測のみで策定されたもののように思えます。今一度、Rに知性がある可能性を考慮して再考すべきです」


 臆病者め、という声が会場から飛んだ。英二の隣に座る彩那がキッとにらむと、その声は止んだ。


「Rに知性がある点は置くとしてもだ。君のいう少数精鋭とやらがそんなに有効かねえ? 昨年、同じことを主張して地下18層から帰ってこなかったレンジャーのことを忘れたのか?」

「それは、月島雪也氏の件ですね?」


 左様、とガマガエルは偉ぶって頷く。


「『蒼氷の賢者』と名高い月島氏は、夢の鉱石と呼ばれる『デモンズ・ドロップ』探索のため少数精鋭で挑んだ。ここにいる弊社の顧問レンジャー・切崎くんも同行したのだ。しかし結果はどうだ? 月島氏のパーティーは魔族と思われる敵性体と接触してほぼ全滅、帰還できたのは切崎くんただ一人だったじゃないか!」


 切崎はあいかわらずニヤニヤしながら英二を見つめている。


 それを無視して、英二は反論する。


「そもそも、月島氏はあの探索には反対であったと聞いております。魔族が持つアイテムに手を出してはならないというのは、20年前のラストダンジョンを生き抜いた者からすれば当然の考えです。それを強引に押し切って行かせたのは、一部企業の上層部と聞いておりますが?」


 再びガマガエルの唇がひきつった。


「月島が死んだのは、ワシらのせいだと言いたいのかね君は!」

「いいえ。月島氏はこの国で五指に入る素晴らしいレンジャーでした。最終的に氏が引き受けたということであれば、ダンジョンにおける生死はすべて氏の責任。それは氏も十分に承知していたはずです」

「ふん。ならば何が問題だね?」

「我々は、彼の死を無駄にしてはならないということです」


 英二は声を張り上げた。


「あの計画は無謀だった。魔族の正体は今だ謎に包まれているというのに、欲に目が眩んで無謀な探索を強いてしまった。そのことを真摯に反省し、今後に活かすのが普通のやり方です。それこそが、先人の死を無駄にしないということ。なのに、御社はまた同じ過ちを繰り返そうとしている。それでは月島氏が浮かばれない、彼の死に意味を与えるのは、生者である我々において他にはいないのです!」


 しん、と会場が静まりかえった。


 ガマガエルが唾を飛ばす。


「臆病者の意見としか思えんねえ! ようするに君は危険を冒すなと言いたいのだろう? 馬鹿が、そんなことをしているから諸外国に後れを取るのだ。だから君の会社は零細なのだ。リスクを取らねば大きな成功などありえんのだよ!」

「ならば、R討伐にはあなたが行かれてはいかがですか」

「ああ!?」


 目を剥いたガマガエルを、英二は冷静に見つめた。


「リスクを取らねば成功はない。ご高説ごもっとも、おっしゃる通りだ。――しかし、実際にリスクを取るのはあなたではない。現場の人間ではありませんか。あなたは安全なところから指図しているだけ。リスクを取れとおっしゃるなら、ご自身が率先してダンジョンに行かれるべきでしょう」

「く、くだらん! 経営というものを何も理解していないっ!」

「どうしたんですか行けないのですか? あなたは先ほど私を臆病者と言いましたが、臆病なのはどちらでしょう? あなたですか? 私ですか?」


 ガマガエルは激しく机を叩いた。


「黙れ!! ワシはカネを出してる! カネを払うというリスクを冒してるんだ! 月島の失敗のせいで、うちが何億の損失を出したと思ってるんだ、あの無能のおかげで大損したんだぞッ!」


 会場の空気が、その時、変わった。


 月島雪也は、英二よりひとつ年上の大ベテラン。職業(クラス)は魔法上級職の賢者(セイジ)――魔法のスペシャリストであり、冷静沈着かつ公明正大な人柄で知られる。20年前からその名声は轟いており、ダンジョンマスターを倒す最有力候補と言われていた。英二達にクリアされてしまった後も堅実に実績を積み上げて、レンジャーの中のレンジャーとさえ呼ばれていた人物なのだ。


 このホールに集った大企業の役員たちのなかにも、月島に世話になった者は多い。

 無刀の英二を鼻で笑っても、月島には尊敬の念を抱いているものは多いはずだ。

 ガマガエルは、そんな彼らをも敵に回してしまったのである――。


「ここで、ひとつのデータを皆様にご覧いただきたいと思います」


 静まりかえった会場に、英二は声を響かせた。


 彩那に手伝ってもらって、持参したデータを壇上のプロジェクターに映し出す。


 それは、比呂に調査を頼まれて以来、英二が連日徹夜して解析していたものである。


「このデータは、この半年間におけるモンスターや精霊の活動をグラフにしたものです。あきらかに以前より活発化しているのかおわかりいだたけると思います」

「ふん、こんなデータがなんだというんだ?」


 鼻で笑うガマガエルには構わず、モニタには新しいデータが映し出される。


「このモンスターの活動データと、先ほどお送りいただいたDBPの進捗状況を重ね合わせますと――ご覧の通り、ぴったりと連動していますね」

「おおう、こいつは驚きだネ!」


 芝居がかった口調で、比呂が言った。


「こんなデータを独自に調査・解析するとは。やるじゃないかダンジョンホリデー!」

「……ええ、まあ」


 お前が頼んできた仕事じゃねえか、と内心毒づきつつ、英二はガマガエルに告げる。


「DBPとダンジョンの異常には明らかな相関関係が見られます。無論、因果関係があるとは断言できませんが――少なくとも、いったん開発を止めて調査する必要があると存じます」

「調査なら、うちでもやってる。それで問題ないと判断してるんだ」

「一社のみの調査では不十分です。第三者機関も交えたものでないと意味がありません」

「そんなヒマはない!」


 ガマガエルが再び机を叩いた。


「もう巨額の工費を投じているんだぞ! それを無駄にしろというのかね君は! 零細がとったデータなどあてにならん!」

「そうでしょうか?」


 相手が怒れば怒るほど、英二は冷静な声を出す。


「弊社は確かに零細ですが、ダンジョンから徒歩1分のところに事務所を構えております。毎日朝から晩まで地下一層で仕事して、調査も毎日ではなく『毎時』怠っておりません。なにしろお客様の安全を預かる身ですので、モンスターの動向は家畜スライムに至るまでチェックしております。『あなたに安心安全なダンジョンツアーを』が、弊社のモットーですから」


 彩那がちょっぴり誇らしげに微笑んだ。

 比呂もウンウン頷いて言う。


「零細だからとバカにはできないということだな。そもそもこの国に存在するほとんどの企業は零細なのだから、彼らをないがしろにした経営を行えば必ず親会社にもしっぺ返しが来る。そうは思わないかい? ガマガ、いや、我間代表」 

「……ぐ、ぐっ……」


 ガマガエルの額には粘ついた汗が光っていた。反論しようと何度も口を開くが、ひゅうひゅうという苦しげな呼吸音以外、何も聞こえてはこない。


 取りなすように咳払いして、黒岩長官が口を開いた。


「八王子ダンジョンホリデーが提示したデータには、見るべき価値があると私も思います。いったん、このDBPについては環境調査をやり直すということでいかがでしょうか?」

「そ、そんな、長官どの……」

「ご心配なさらなくとも、地下火山は逃げたりはしませんよ。……それとも、私の決定に何かご不満が?」


 柔らかな物腰ながら、有無を言わせぬ口調である。

 英二は感心した。あの時はまだ青さが残る男だったが、この二十年ですっかり貫禄を身につけている。


 長官のひとことで会場の空気は完全に傾いた。最初はプロジェクトに歓迎の意を示していた者たちですら、ガマガエルに非難の目を向けている。


「……いいでしょう……」


 うつむいて机に手をつきながら、ガマガエルは言った。


「今日のところは、長官の顔を立てて引き下がりましょう。しかし、この計画は必ず推進しますよ。うちだって、これに社運を賭けているんだ!」


 怨念のこもった声に、英二は嘆息した。まあ、落とし所としてはこんなところだろう。ダンジョンリゾートほどの大企業が簡単に翻意するはずないのもわかっている。


 一方――。


 屈辱の表情を浮かべて黙り込むガマガエルの隣で、不敵に微笑む男がいる。


 切崎塊。


 彼は、雇い主であるはずのガマガエルのことを、むしろ嘲笑するかのように見下ろしている。


(切崎もまた、ガマガエルを利用しているということか)


 この男が何を企み何を手に入れようとしているのか、今の時点ではまったく底が知れない。


 ダンジョンを巡る混迷は、ますます深くなるようである――。

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