23 おっさん、重い腰を上げる
午前10時すぎ、定刻からやや遅れて会議は始まった。
『今後のダンジョン開発における戦略策定会議』
すでに全員が着席している。来栖比呂社長をはじめとするニチダンの役員、そして黒岩長官ら官僚は一段高くなった壇上に座し、他の参加者は彼らに向かい合って座っている。「英二も壇上にトゥギャザー!」とかバカ社長に言われたがもちろん拒否った。壇上で居眠りするほどの神経は、さすがの英二も持ち合わせていない。
会場の大ホールにはマスコミ関係者と思しき姿もちらほら見える。カメラも入っている。どうやら英二が思っていたより、大規模な発表が行われるらしい。
それはそれとして――。
壇上の顔ぶれに、見慣れない顔が混じっている。
こういうダンジョン関係のシンポジウムは、ニチダンと開発庁が取り仕切るのが通例だが、今日は二人の新顔がいる。
ひとりは、先ほど目があった切崎塊(きりさき・かい)。
まだ二十代そこそこの切崎は、自分の父親のような年齢の社長たちをふてぶてしい笑みを浮かべながら見下ろしている。「若造が!」と反感を示す者もいたが、彼が腰に帯びた二本の刀を目にすると、怯えたように目をそらす。
二刀流(ダブル・ブレーダー)。
それは未衣の精霊剣士(エレメンタル・ブレーダー)と同じ特殊職業(クラス)のひとつであり、切崎の代名詞でもある。
長短二本の刀を操って、かの剣豪・宮本武蔵のようなすさまじい剣技の数々を繰り出す。単独(ソロ)で50層まで踏破した日本記録の保持者で、2位の42層に大きく差をつけている。今や現役最強と言われるA級レンジャーだ。
若くして名声を得ている彼には、ある黒い噂がある。
戦闘狂(バトルマニア)。
あるいは殺人狂(シリアルキラー)。
戦いにしか興味を示さないと言われ、強い相手と見れば時と場所をわきまえずに私闘を仕掛ける。一度、来栖比呂にも決闘を申し込んだことがあり、週刊誌やネットニュースを騒然とさせた。比呂が「あ、今からデートの予定あるんでっ☆」と断ってしまったため、夢のカードは幻と消えたのだが、いわゆる「切崎信者」と「しゃちょー信者」がネットで醜い舌戦を繰り広げる一幕もあった。
切崎の戦闘狂はダンジョンでも発揮されており、彼に斬られて死んだレンジャーはかなりの数に及ぶという話だった。
事実だとすれば、当然、殺人罪である。
だから切崎本人は否定している。相手はモンスターに殺された、死体も喰われたと供述している。ダンジョン内を警察が捜査することはかなり難しい。深層階となればほぼ不可能に近く、切崎の言い分を信じるほかないのが実情であった。
そんな切崎が、取り巻きに語ったとされる発言がある。
『ダンジョンは、いい』
『合法的に人を斬れる』
噂に尾ひれがついただけだと、切崎本人は笑って否定しているのだが……。
「あの着流しの男性、まだ主任を見ていますよ」
隣の席に座る彩那が、怯えた声でささやいた。
英二は眠い目を擦りつつ、その蛇のような視線を受け流している。
(あれは、実際に殺ってるな)
20年前、英二の現役時代もこの手の輩はいた。ダンジョンで身につけた異能の力に思い上がり、それを人間でも試そうとする輩が。そういう時代だった。あの頃のダンジョンはまったく未知の原野で、モンスターは凶悪かつ強大、それに挑む若者たちは明日をも知れぬ恐怖と戦っていた。ストレスからそういう行動に走るものがいても――許されはしないが、不思議ではなかったのだ。
だが、この平和になった日本で、そんなことをする理由も必要もない。
切崎塊が「異常」なのだ。
さて――。
その切崎の隣に座っているのは、相撲取りのように太った初老の男である。
仕立てのいい高級スーツがまるで似合っていない。
下品な笑みを口元に貼り付けている。
ガマガエルが笑っているような顔だ。
どこかで見た顔のような気もするのだが思い出せない。
「あの方は、ダンジョンリゾートの我間(がま)代表ですね」
彩那が説明してくれて思い出した。「八王子のタイソン」の親父か。言われてみれば確かに似ている。
(つまり、ダンジョン観光業界最大手の社長が、いわくつきのレンジャーを雇い入れたということか)
その意味するところを英二が考えていると、ガマガエルがマイクを持った。100人以上が詰めかけた会議室が一瞬にして静まりかえる。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。今後のダンジョン開発について、弊社が主導する『ドラゴンバスタープロジェクト』の概要をご説明したいと思います」
得意げに披露された仰々しいプロジェクト名に、英二は嫌な予感を覚えた。レンジャーとしての勘というより、サラリーマンとしての勘だ。偉そうなやつが偉そうなことをやろうとする時、それはたいていロクでもないことなのだ。
前面に展開されているスクリーンに概要が映し出された。
DBP(ドラゴンバスタープロジェクト)。
そう銘打たれたこの計画は、つまるところ「1層から11層までつながる大規模エレベーターを設置して、現在10層で留まっている開発を一気に進めてしまおう」というものだった。建設のための工費、予算、必要資材などの試算も掲載された本格的なものである。
最終的な目標は、第11層に大規模な温泉リゾートを建設することとある。
「いや、しかしですよ、我間代表」
黒岩長官が口を挟む。
「11層までエレベーターを作るといっても、あそこには大きな障害がある。知らないわけじゃないでしょう?」
「もちろん。対象R、すなわち『レッド・ドラゴン』のことですな」
レッド・ドラゴン。
それは「古の竜」の一柱である。20年前のダンジョンクリア後にどこからか忽然と現われ、第11層に存在する地下火山に棲み着いてしまった。全身を激しい炎で包まれていて、猛烈な火炎放射(メテオ・ブレス)を武器とする。この竜が吐息するだけで、1000人以上の工員が全滅したことすらあるという。業界では「対象R」と呼ばれ、その名前を口にすることさえ憚られるほどの存在だ。
レッドドラゴンは、火山の守護者とも言われる。
地下火山の開発・採掘を行おうとすると、その紅の牙を剥く。
地下火山に眠る豊富な資源に目をつけた企業が調査隊を何度も送っているが、そのたびに全滅の憂き目にあっている。おかげで11層以下の開発は事実上ストップしてしまっているのだが――。
「我が社は独自に組織したレンジャーチームにて、あの憎き『対象R』を駆逐することを決定しました。エレベーター建設に先立って大型シュートを11層まで掘り進めて総勢100人の大部隊を投入、Rの殲滅をはかります」
大型シュートを掘り進めると簡単に言ったが、それだけでも大規模な工事が必要となる。今日プロジェクトを大々的に発表しているからには、すでにその基礎工事は始まっているはずだ。
(まさか、サラマンダーたちが荒ぶっていたのは、それが原因なのか?)
英二の懸念をよそに、ガマガエルの演説は続く。
「その大部隊の指揮は、ここにいるA級レンジャー切崎塊氏にとっていただきます」
切崎が立ち上がり恭しく一礼すると、会場から大きなどよめきが起きた。
そのどよめきに気を良くしたか、ガマガエルはさらに弁舌を振るう。
「今や日本最高のレンジャーと言われる氏が指揮を執るのですから、この作戦の成功は疑いありません。あのRさえいなければ、滞っていた11層以下の開発も一気に進み、我々はいよいよダンジョン先進国としての地位を盤石のものとできるのです! 昭和の高度成長期や平成バブル時代の熱狂が、ふたたび日本を覆うことでしょう!」
演説の熱が、名だたる企業のお偉方のあいだに伝播していく。彼らは息を飲み、ハンカチを握りしめ、なかには目を潤ませる者までいて――ガマガエルの語る「かつての夢よ、もう一度」と言わんばかりのビジョンに酔いしれているかのように見える。
高度成長。
バブル。
それらはすべて、英二より上の世代にとってはまさに「黄金の時代」である。
東京23区すべての地価で、アメリカ全土が買えたという時代。
あの時代が再び来るのであれば、再び日本があの栄華を極めるのであれば、どんな犠牲を払ってでもやるべきだ――そう考えてもおかしくはない。
だが――。
(これは、駄目だ)
すでに英二の眠気は覚めていた。
この計画はあまりに危険すぎる。
失敗する可能性が大きいばかりではない。今後のダンジョンの存続そのものが危うくなる危険性を秘めている。
「しゅ、主任、どうされたんですか?」
隣の彩那が驚くほど、英二の顔つきは真剣なものに変わっていた。
こんなことを言うのは気が進まない、ガラじゃない――。
だが、言わなくてはならない。
未衣や氷芽の世代に、これ以上重荷を背負わせたくない。自分たちが過ごしたような過酷な青春ではなく、彼女たちが健全にダンジョンを冒険できる世界を、自分たちは作らねばならない――。
それは“彼女”の望みでもあるのだ。
腹は決まった。
挙手をして、英二は重い腰をあげる。
「すみません。ひとつ、よろしいでしょうか」
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