18 おっさん、ひた隠す
それから二週間後。
未衣たちの期末テストが終わるのを待って、二度目のダンジョン探索を行うことになった。
「テストはどうだったんだ? 未衣」
「ふふふ。かんぺきっ~! なんと学年31位っ! おじさん、なでて~♪」
頭を差し出す未衣の隣で、氷芽がぼやいた。
「よく言うよ、テスト直前になって私に泣きついてきたくせに」
「す、数学だけだもん! 他のはちゃんと自力で勉強したもんっ」
「理科もかなり教えたよね」
「も、もーっ、おじさんの前で、ひどいよひめのん!」
えいっ、と頭突きしてきた未衣を逆に捕獲して、氷芽は亜麻色の頭をなでりなでり。すると未衣は「くぅ~ん♪」と鳴いておとなしくなった。子犬みたいだ。
「氷芽は理数科目、得意なのか?」
「まぁ、得意っていうか……。好きかな」
英二は感心した。理系の素養は、呪文詠唱者(スペルキャスター)として大切な要素である。上位役職(クラス)である「大魔導師(ウィザード)」や「賢者(セージ)」へランクアップするために必須となる。
歌が上手いこといい、やはり氷芽には魔法の素質があるようだ。
「ひめのんは数学だけじゃなくて、なんでも得意だよ。中間も期末も学年1位だったし」
「へえ。大したもんだ」
「別に……。テストの点数が良いからって、モンスターが手加減してくれるわけじゃないでしょ。未衣みたいに体育で一番とかのほうがいいよ」
照れたようにそっぽを向く。その表情は先日より少し柔らかく感じる。
というわけで、今日もダンジョン探索である。
今回、三人が向かったのはダンジョン南口ではなく「みなみ野口」である。みなみ野は町名であり、そこにあるから「みなみ野口」なのだが「南口」と間違える観光客・冒険者が跡を絶たない。変えようと議論にはなっているが、地元民の反対もありなかなか実現しない。
ここは南口ではありません、と大きく書いてある入り口の下で、英二はレクチャーを始める。
「今日は3層を飛ばして、一気に第4層まで行く」
二人の顔つきが引き締まり、真剣な表情になる。
「第3層はほぼ資源採掘にしか使われてない、工事現場ばかりの階だ。立ち入り禁止の区域も多いし、行っても経験にはならないだろう」
「3層って、モンスターは出ないの?」
「ワーム系が時々出るが、たいていは警備員や現場のあんちゃんにブッ飛ばされてる」
腕っぷしに覚えがあれば、3層までのモンスターはどうにかなる。
そのせいでダンジョンをナメる輩が増えてしまって、4層にも迂闊に足を踏み入れて遭難する――という事件は、毎年数十件起きている。
「4層のモンスターは一気に強くなる。この前のルージュスライムの比じゃないから、そのつもりでな」
「「はい!」」
返事をする二人からは、ナメた雰囲気は感じられない。前回の経験を経て胆力が備わりつつあるようだ。ダンジョンを甘く見るのは論外だが、むやみに怖がるのもまた、冒険者に相応しくない。
この二人はきっと、立派な冒険者になるだろう。
そんな予感が英二にはある。
「ところで、おじさん。例の動画の件はどうするの? もしまたバズっちゃったら、今度こそおじさんの正体がばれちゃうかも」
「なんだ。心配してくれてるのか?」
「だ、だって……」
頬を赤らめながら、未衣はうつむいた。
「おじさんが有名になって、あたしだけのおじさんじゃなくなったら、やだもん」
隣で氷芽が吹き出した。
「この前は『おじさんがすごいところをみんなに知ってほしい~!』とか言ってなかったっけ?」
「そ、それは適度に! 適度にって話だよ~。もぉひめのん、今日いじわるだしー!」
二人のじゃれ合いを眺めつつ、英二は言った。
「心配はいらない。今日からは『認識阻害』の魔法を使う」
「にんしき、そがい?」
「一種の妨害魔法(アンチ・マジック)だな。すごく乱暴に言えば、俺の顔にモザイクがかかって他人から見えなくなる」
氷芽は何故か渋い顔になった。
「それは、クレームが入るかもね」
「クレーム? 誰から」
「この子たちから」
ずいっと差し出されたスマホを見ると、そこにはお嬢様たちのコメントがざざざっと流れていた。
“嫌ですの! 嫌ですの!”
“そんなのヤですのー!”
“おじさまのおひげが 見えないなんて!”
“楽しみ半減どころじゃ ありませんわ!”
“ぷんすか! ぶんすか!”
“まったく なんのためにワタクシたちが この配信見てると思ってるんですの!”
“あら ダンジョン見学のためではなくて?”
“それは そうですけれども”
“おじさまの勇姿も 拝見しまくりたいのですわ~!”
「…………」
英二は呆然として、スマホの画面をしばらく見つめた。
ものすごいスピードでコメントが流れていく。
視聴者数は103人となっている。
前回の倍だ。
「もう、配信してたのか?」
「してたよ。さっき言ったじゃん」
「聞いてないぞ!?」
にまっと小悪魔の笑みを浮かべて、氷芽が言った。
「まぁ、安心してよ。今日から配信はメンバーシップ限定公開にしたから。前もって認証した鳳雛生以外は見られないから」
「……ぜんぜん安心できないんだが……」
立ち尽くす英二をよそに、氷芽は肘で未衣の脇をつついた。
「ねえ未衣。すでに藍川さん、未衣だけのおじさんじゃなくなってない?」
「む、むむっ、むむむむ~~~~!!」
ポニーテールをぷるぷるマナーモードみたいに震わせて、未衣は英二に抱きついた。
「みんなだめーーーっ! おじさんは、みぃちゃんのなのっ! 取ったらダメーーーっ!」
やっぱりモンスターより、女子中学生のほうが手強い。
そう思わざるをえない英二である。
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