16 おっさんの過去
来栖比呂(くるすひろ)。
東京都八王子市出身。
38歳男性。独身。
A級レンジャー。
かつて八王子ダンジョンをクリアした英雄のひとり。
クリア後はダンジョンビジネスに携わり、資源採掘やインフラ整備などに多大な貢献をする。
その功績を称えられ、天皇陛下より「剣聖」という新たに制定された国家褒章を賜る。
彼だけが使える特殊な剣技は「剣聖技」と呼ばれ、冒険者たちの憧れの的である。
35歳の時、ニチダンこと「日本ダンジョン株式会社」代表取締役社長に就任、辣腕をふるう。
米フォーブス誌が選ぶ「いま、世界に影響力がある100人」の中に、日本人で唯一選ばれる。
総資産額は一兆八千億円(推定)。
タレントとしても活躍し、甘いマスクで女性ファンも多い。
ベストジーニスト賞受賞2回。
女性問題を数多く起こしており、女優やアイドルとの交際を写真週刊誌にたびたび報じられている。
昨年、配信チャンネル「比呂しゃちょーの剣聖TV」を起ち上げた。現在登録者数123万人。
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比呂について、ウィキペディアに載っているようなことを羅列すればこんな感じになるだろう。
「英雄」「剣聖」「社長」「実業家」「タレント」「成功者」。
彼を彩る輝かしい肩書きは枚挙に暇がない。
だが、英二にとってはいつまでも「幼なじみ」であり、「友人」であり、ダンジョンで生死を共にした「仲間」である。
◇
今から20年前。
ダンジョンマスターを倒して地上に帰還した、その明くる日のこと。
総理大臣から特命を受けて派遣された「内閣情報分析官」の肩書きを持つ男が、英二と比呂に接触してきた。
それは、ある頼み事をするためであった。
「君たちのことを、英雄として大々的にマスコミに発表させて欲しい」
一流ホテルの会議室に連れてこられた学生服の英二と比呂は、大の大人が自分たちに頭を下げるのを見て、顔を見合わせあった。
「ダンジョンマスター亡き今、ダンジョンは宝の山となった。これまで危険すぎて採掘できなかった資源が手に入る。専門家の分析では、ダンジョンに眠るレアメタル、レアアース、石油や鉱石などは少なくとも5京ドルにのぼるとのことだ」
京っすか、と比呂がつぶやくのを聞きながら、英二は早く帰りたいと思っている。
葬儀を、途中で抜け出してきているのだ。
「君たちには『日本の英雄』として、ダンジョン開発のシンボルになってもらいたい。その冒険で得た知識と経験を提供して、日本が再び高度成長するためのリーダーになってほしいんだ」
「ずいぶん虫の良い話ですね」
「お、おい英二。もうちょっと口の利き方に……」
比呂が止めたが、英二ははっきりと内閣情報分析官に告げた。
「今まで僕らはたいした援助を国から受けられなかった。エリート高校の冒険者ばかりを優遇して、僕ら下位の高校には冒険補助金なんて下りてこなかった。僕らがマスターを倒せたのは、担任の先生やクラスメイトのバックアップがあったからです。国には何も助けてもらってない。それを、成功した時だけしゃしゃりでてきて美味い汁だけ吸おうなんて、おかしいでしょう」
もし、国からもう少しでも、援助を受けられていたら。
その思いが英二にはある。
もっと装備を整えられていたかもしれない。
万全の準備で最終決戦に臨めたかもしれない。
死なせずに、済んだかもしれない……。
「君の言うことは、もっともだと思う」
沈痛な表情を、分析官は作ってみせた。
「だが、日本には君たちの存在が必要なんだ。これから国内外で大混乱が起きるだろう。ラストダンジョンがもたらす革命的な技術や資源を確保しようと、醜い争いが各分野で起きる。すでにアメリカではそうなっている。無秩序な人海戦術でマスターを倒したはいいが、そのせいで手柄の奪い合いになった。そのせいで、N.Y.ダンジョンの開発は頓挫したままなんだ」
それはのちに「Lost Decade of the States」(失われたアメリカの10年)として教科書にも載り、アメリカ一強体制が終わるきっかけとなる事態であった。
「我が日本は、アメリカの轍を踏むわけにはいかない。そのためには国内をひとつにまとめる『英雄』、シンボルの存在が必要不可欠なんだ! 頼む! この通りだ!」
熱弁し、頭を下げる分析官のことを、英二は冷たい目で見つめた。
(これが、大人か)
口の中だけでつぶやいた。
これが、自分たちが命をかけて守った国の正体か。
「俺は、OKっすよ」
がらんとした会議室に、比呂の軽い声が響いた。
「英雄とか、マジ憧れてたんで。そのために戦ってたようなものなんで」
「来栖くん。やってくれるか!」
「てか、そのダンジョン利権っていうの、僕らも噛ませてもらえるんですよね?」
分析官はすごい勢いで頷いた。
「もちろんだとも。半官半民で起ち上げるダンジョン企業、君たちにはそこに入ってもらう。いずれは役員、社長にさえなってもらいたいと、総理もおっしゃっている」
「わあ。いいっすね、社長かあ」
比呂は言って、英二の顔を見つめた。
「俺、この話乗るわ。英二はどうする?」
英二は首を振って、分析官に言った。
「知識や技術はあなたがたに提供します。しかし、僕のことは公表しないでください。写真も名前も出さないでください。そして、今後、僕にはかかわらないでください」
分析官は額の汗をハンカチでぬぐった。
「し、しかし、世界を救ったのは『三人の高校生』であると、すでに各新聞が報じてしまって……」
「いいじゃないですか。三人目は『名無しさん』で。幻の三人目ってことで、いいでしょう」
分析官はしぶしぶ了承した。
このとき、親友二人の道は分かれたのだ。
ひとりは英雄へ。
ひとりは、名もなき庶民へ。
◇
帰り道。
分析官が手配したハイヤーの車内で、比呂がぽつりと言った。
「英二。俺のこと、ずるいやつだって思うか」
「思わないよ」
英二は車窓の風景を見つめながら言った。
「誰かが『英雄』をやらなきゃならない。それは俺にもわかるさ」
分析官の言うことは理屈では正しい――と、英二は思う。
シンボルとしての英雄。それもひとつの生き方だろう。
しかし――。
それは、英二の生き方ではない。
「英雄として生きるほうが、よほど辛いかもしれないぞ。比呂」
「ああ」
答える比呂の声には、確かな決意がこもってる。
軽い男に見えるようで、そう見せているようで――その実、誰よりも責任感の強い男であることを、英二はよく知っている。
「俺は比呂に苦労を押しつけて、のんびりサラリーマンでもやるかな」
英二が言うと、比呂の口元にほろ苦い笑みが浮かんだ。
「別々の道を行っても、俺のこと忘れるなよ。親友」
「忘れないさ。そんなキャラしてないだろ、比呂は」
固い握手をかわしあったこの日のことを、英二は忘れていない。
◇
後日。
ダンジョンマスターを倒した英雄として、来栖比呂、桧山舞衣の2名の名前が政府によって公表された。
しかし、三人いるとされた英雄のうち、もう一人の名前は非公表となった。
いつたい誰なのか、なぜ隠すのかと騒ぎになったが、結局、何もわからずじまいだった。
やがて、その騒ぎも収まり――。
幻の三人目の存在は、忘れられていった。
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