09 JCのピンチ
ダンジョン第二層で、未衣たちに声をかけてきた輩(やから)――。
青髪、黄髪、赤髪。
カラフルに髪を染めた三人の男たちは、にやにやと未衣と氷芽を値踏みするように見つめる。
“なんですの? あの方たちは”
“信号機みたいですの!”
“いやらしい目つきですわね”
お嬢様たちにも不評のようだが、連中はずうずうしく近づいてきた。
「いやーキミたち、すごい活躍だったねー」
「見たところ初心者みたいだったけど」
「初戦闘であんなバカでかいスライム倒すなんてさぁ、すごいねー」
口先では褒めているけど、本心は見え見えだ。男たちの視線は未衣が手に持つ「木洩れ日のナイフ」、そして二人のスカートから伸びる白い脚に注がれている。
「そのセーラー服、鳳雛だよね? かわいー」
「あそこダンジョン部あったんだ?」
問われて、未衣は答えてしまう。
「や、その、ないので、これから作るんです」
輩の問いかけにも、素直に答えてしまうのが未衣の人の良さ、育ちの良さだった。外見は今どきのギャルでも、中身は良い子、13歳の子供なのだ。
そんな未衣をかばうように、氷芽が前に進み出た。
「私たち先を急ぐんで。絡まないでもらえますか」
毅然とした態度だが、やはり氷芽も子供だ。輩たちがニヤリと口角を上げると、びくっと肩を震わせた。
「可愛いねえ。張り切っちゃって」
「そんなキンチョーしてたら持たないぜ? 俺たちがガイドしてやるから」
「そうそう。兄貴はA級レンジャーだからさ」
中央でふんぞり返っている赤髪が、どうやらリーダーらしい。いかにも強面、アウトローな風体の男である。その巨体に相応しい大剣を背負い、顔には蛇の入れ墨があり、目は糸のように細い。ずっと子分にしゃべらせて、自分はくちゃくちゃとガムを噛みながらセーラー服を湿った目つきで眺めている。
青髪が言った。
「そのナイフ、すごいね。マジックアイテムでしょ」
「あ、これは……」
後ろ手に隠そうとした未衣の腕を、黄髪が掴んだ。
「高く買ってくれる人、知ってるからさ。一緒に売りに行こうよ」
「兄貴は顔が広いから、全部任せておけば安心だよ」
黄髪が誇るように言った。
「兄貴は、八王子のタイソンって呼ばれてるんだぜ」
「は、八王子のタイソン……」
昭和の英雄だったヘビー級チャンピオン「マイク・タイソン」が急にしょぼく思えてきてしまう。タイソンに謝って欲しい。ついでに前田太尊にも――なんて思ってしまう昭和生まれの英二である。
目に余るので、止めることにした。
助けすぎても未衣と氷芽のためにならないから、ラインの見極めは難しい。こんな連中は鼻で笑って追い返せるくらいになって欲しいものだが、まだ時間が必要だろう。
「その辺にしておいてもらえるかな」
静かに声をかけると、輩たちはぽかんとした表情を浮かべた。どうやら今の今まで英二の存在に気づいてなかったらしい。
「なんだおっさん、誰だよ」
「その子たちの引率者だ」
「てめーみたいな『無刀』が?」
蔑むような表情を、輩たちは見せた。
「んん? てめえどっかで見た顔だな? 確かこの前……」
「そうだ! 巨竜湖でナンパしてた時、邪魔したヤツだよ!」
黄髪と青髪がそう言って――ようやく英二も思い出した。あの時の輩か。今の今まで忘れていた。「赤髪がいれば信号機だな」と思ったものだが、まさか本当に連れてくるとは思わなかった。
「ちょっと魔法が使えるからって調子に乗るなよ」
「今日はA級の兄貴がいるんだからな!」
その時、赤髪が初めて口を開いた。
「お前ら、そう囀るな。雑魚に見えるぞ」
大物感を出しながら、ゆったりと英二のところに歩み寄ってくる。
「実は俺、こういう者なんだ」
高そうな革の名刺入れを取り出して、英二に名刺を差し出した。「株式会社ダンジョンリゾート代表取締役」という肩書きが印刷されている。
ダンジョンリゾートといえば、日本有数のダンジョン観光会社である。英二の勤める「八王子ダンジョンホリデー」の取引先でもある。
「へえ、一流企業のお偉いさんだったのか」
「ああ。親父がな」
「……は?」
思わず聞き返すと、タイソンは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「俺の親父、上場企業の社長なんだわ。まあ、そういうわけだから」
「……」
いったいどういうわけなのか。
「つまり、あんた、親父さんの名刺を持ち歩いてるわけか?」
「そうだが?」
めちゃめちゃ不思議そうな顔で聞き返された。何か問題あるかと言いたげな顔である。
“あらあらあら まあまあまあ”
“恥ずかしすぎますわ この方”
“親のセブンライトですのー!”
“でも お嬢様の私たちが 言えた義理じゃないのでは?”
“いーえ! ワタクシは こんなこと いたしません!”
“そうです! 上流階級の風上にも置けませんわ!”
コメント欄でも非難ごうごうだが、それはさておき。
「じゃあ、あんた本人は、何をやってるんだ?」
「だから八王子のタイソンだっつってんだろ!」
タイソンの代わりに黄髪が答えた。「それ、職業じゃないだろ」とツッコみたいのを英二は堪える。
「あえて言うなら、カリスマレンジャーってところかな」
タイソンは肉のついた頬を醜く緩ませた。どうやら微笑んだつもりらしいが、未衣が怖がって英二の後ろに隠れてしまった。
だが、もうひとりの女子中学生は遠慮がなかった。
「キモッ」
吐き捨てるようなそのつぶやきは、タイソンの唇をひくつかせた。
「なんだとガキ? 今なんつった?」
「キモイって言ったんだよ。A級レンジャーのくせに中学生相手に粋がってさ。恥ずかしくないの?」
「な……何を生意気な……」
「ていうか、お父さんの名刺を持ち歩くって何? 小学生でもそんなことしないよ。本当にA級レンジャーなの?」
その言葉に、タイソンの顔色が変わった。図星を突かれたのだ。
A級の資格は、カネで買える――。
以前からそんな噂があるのは確かだ。
レンジャー試験を運営するダンジョン管理局(国交省管轄)に圧力をかけたとして、大物政治家の秘書が検察の事情聴取を受けたことがある。その時は証拠不十分ということでうやむやになったが、A級の名誉、刀をぶらさげて歩けるという特権ほしさに、不正があってもおかしくはないと英二も見ている。ダンジョンに絡む巨大な利権はこの国を立ち直らせたが、同時に社会を腐らせてしまったのだ。
タイソンの豹変は、その噂を裏付けるかのようだ。
彼は自分の赤い髪よりも、さらに顔を赤くして、氷芽に怒鳴った。
「このガキ、優しくしてたら、つけあがりやがって!」
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