08 おっさん、とぼける


 戦いの興奮さめやらぬ未衣と氷芽――。


 このまま勝利の余韻に浸らせてやりたいところだが、おっさんとしては若者に言わなければならないことがある。


「二人とも、アイテム検分の時間だ」

「アイテム検分?」

「倒したモンスターの遺したアイテムや残留物を確認して、貴重なものがあれば持ち帰る。これも冒険者の大事な仕事――いや、むしろこっちが本業だろうな」


“アイテム検分 キマシタワー!”

“これが冒険の醍醐味ですわよね!”

“レアアイテム! レアなアイテムさんは落ちてませんの!?”

“スライムじゃ そんな良いものは落とさないのではなくて?”

“でもでも 楽しみ!”


 コメント欄は大盛り上がりである。戦闘より盛り上がってるかもしれない。

 実際、ダンジョン配信で一番再生されるのはバトルではなくこの検分シーンだったりする。


 未衣と氷芽は地面にしゃがんで落ちているものを探しはじめた。そうしながらもスカートを押さえているのは、さすがお嬢様といったところ。


 にぎやかにおしゃべりしながら、二人は目を輝かせてアイテムを見定める。


「ねえひめのん、なんかキラキラした破片がたくさん落ちてない?」

「それは魔核の破片だよ。集めて持っていくと、ダンジョン協会が買ってくれるんだって」

「マジ? 部費の足しになるかな?」

「1キロ集めて500円くらいだったかな」

「そ、そんなたくさん持って行けないよ! 腕太くなっちゃう!」


 しばらくして――。


「これ、何かな?」


 未衣が拾い上げたのは、スライムの粘液でべとべとになっているひと振りのナイフだった。他の冒険者からスライムが奪ったものらしい。ハンカチで粘液を拭き取ると、刀身から放たれる温かなオレンジ色の光が周囲を照らし出した。


「ほう。『木洩れ日のナイフ』か。すごいな」

「えっ、これが?」


 未衣は自分の手の中にあるナイフをまじまじ見つめた。


「名前くらいは聞いたことあるだろう。失われた魔法『太陽の灯火』の効果がかかった貴重なマジックアイテムだ。重金属メーカーに持っていけば300万以上で買い取ってくれる。いや、国の研究機関に持っていくほうが高値がつくかもな」


“300万!? そんなにするんですのね!”

“たいしたことないですわ うちのお父さまの月収くらいですわ~”

“でも高価な品には 違いありませんわよ?”

“こんな低層階で ゲットできるなんて”

“すっごく ラッキーですわ!”


 最後のコメントに英二も同感だ。木漏れ日のナイフのような「マジックアイテム」は、地下五層より下に行かないと普通はドロップしない。二層のモンスターが落とすのは極めて稀なことだ。


 どうやらこの二人、ダンジョン運に恵まれているらしい。


 それはどんな剣技より魔法より、この過酷なダンジョンを生き残るために大切なものだった。


「どうするお前ら。売却するなら、知り合いを紹介するが」


 英二が尋ねると、二人は顔を見合わせた。


「どうしよっか、ひめのん」

「売るのは反対。私たちダンジョン部初勝利の戦利品でしょ。手元に置いておくほうがいいと思う。先生に提出する『実績』にもなるし」


 未衣は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、あたしが使わせてもらってもいいかなっ?」

「うん。未衣にはその大きな剣より、ナイフの方が手頃かもしれないよ」

「やったあ! おじさんも、いい?」

「お前達がそう決めたのなら、異論はない」


 実は英二もそうアドバイスするつもりだった。「木洩れ日のナイフ」は筋力強化・体力回復効果もあり、装備していれば未衣は元気いっぱいフルパワーで動き回ることができるだろう。


 未衣はさっそくナイフを大事そうにハンカチで磨き始めた。


「えへへ。あたしのナイフ! 地上に戻ったら可愛くデコってあげるからね!」

「……デコるのか。マジックアイテムを」

「うん! 柄のところとか、めっちゃキラキラさせたい!」


 はしゃいでいる未衣をよそに、氷芽がそっと英二のそばに近づいてきた。


「ねえ、藍川さん」

「なんだ?」


 未衣に聞こえないよう、氷芽は声を潜める。


「さっき藍川さんが使った技、『螺旋衝撃剣』(スパイラル・ソニック・ブレード)だよね?」

「ん? なんのことだ?」

「とぼけないで。未衣を助けた時の技だよ」

「……」


 英二は氷芽を見つめ返した。


「あれって『剣聖』の技でしょ。使えるのはこの世にたったひとり。ニチダンの社長で元英雄の『剣聖』来栖比呂だけのはずじゃないの?」

「詳しいんだな」

「詳しいもなにも、社長本人が自分のチャンネルで自慢してたよ」

「……あっ、そう」


 かつての親友はあいかわらずのお調子者らしい。

 日本でもっとも成功してる三十代と言われてるくせに、そういうところはまったく変わらない。


「藍川さん、本当は何者なの?」

「観光ガイドのおじさんさ」


 うそぶく英二を、氷芽はじっと見つめている。


「お前の方こそ、何か事情がありそうだな。冒険者が嫌いなのか?」

「嫌いだよ」


 ふん、と顔を背けて氷芽は言った。そんな冷たい仕草をしても、美少女だから様になってしまう。


「冒険者なんてみんな、自分のことしか考えてない、ダンジョンで名誉と金を得ることしか考えてない。大っ嫌いだよ。だから私は、そうじゃない冒険者になるんだ」

「……そうか」


 やはり深い事情がありそうだが、今は聞かないほうが良さそうだ。


 ――と、その時である。


 場違いなくらいナンパな声がダンジョンに響き渡った。



「ねえ、カノジョたち。かわいいねー。中学生?」


 最近ダンジョンにはびこっているという噂の、迷惑系の配信者たちだった。

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