06 JC二人のダンジョンデビュー
ダンジョンは10層までであればネットがつながる。
「21世紀の黒四ダム建設」と言われたダンジョンのインフラ・環境整備には、12年もの歳月と数兆円もの工費が費やされ、殉職者を157名も出す過酷なドラマがあり、小説や映画の題材になっていたりするのだが――。
いま、英二の目の前を歩くJC二人にはなんの関係もない。
「ダンジョン、便利だよねー」
「ネットつながらないとか、マジありえないからね」
未衣と氷芽に言わせれば、そういうことになる。
「撮影はどうするんだ? 体にアクションカメラつけて撮るのか?」
「だめだよそんなの。あたしたちの戦う姿が撮れないじゃん」
「そうだよ。別の人の動画に声かぶせただけだろって言われる可能性もあるし」
英二は首を傾げた。
「そんなこと疑うやつがいるのか?」
「学校の先生はアタマが固いんだよ」
氷芽がため息をつくと、未衣もウンウン頷いた。
「担任の先生がね、『ダンジョンなんて野蛮で危険だからおやめなさい!』とか言うんだよー。だからモンスターを倒して、そこのところしっかり動画で見てもらって、創部を認めてもらわないと!」
正直、英二としては先生の言い分が正しいと思うのだが、自分が中学生のころを思い出してみれば、大人の心配なんてうざったいだけというのもわかる。
「実はさっき、受付でマジックドローンをレンタルしたの。これにカメラをセットしておけばバッチリだよ!」
カブトムシみたいな形と大きさをしたマジック・ドローンは、AIと魔法によって自動的に行動する。撮影もしてくれるし、救難信号を出せば地上に通報してくれたりもする。
レンタル代はかなり高額のはずだが「クラスのみんなが、少しずつ出してくれた」とのこと。未衣と氷芽がクラスで好かれているのもあるだろうけれど、ダンジョンに対するお嬢様たちの興味は本物なのかもしれない。
第二層に足を踏み入れると、未衣と氷芽は同時に歓声をあげた。
「すごい! 壁も天井も全部光ってる!」
「地下なのに、地上より明るいくらいだね」
第2層の岩壁は、すべて燐光石と呼ばれる特殊な鉱石で出来ている。魔力の蓄積光だと言われているが、詳しいテクノロジーは今の科学でもまだ解明できていない。
行く手に広がる大空洞の景色にしばらくみとれた後、未衣は言った。
「さ、次はひめのんも映るんだよ」
「私はいいよ……。陰気な顔が映ると同接減るし」
「そんなことないって、ひめのん綺麗だし。てか、あたしだけだと間が持たないって!」
仏頂面してる氷芽の腕を引っ張って、未衣はドローンのカメラに向かってにっこり微笑んでポーズをとった。
「はろろ~ん♪ みんな、見てるー? ついにあたしたち、第二層に入ってきちゃいました! ここからがいわゆる本物のダンジョンってやつでーす!」
ドローンが光り輝くダンジョン内を映し出すと、コメント欄がものすごい勢いで流れ始めた。
“びゅびゅびゅ、びゅーてぃほー!”
“なんて綺麗なんですの!”
“山口の秋吉台で見た鍾乳洞みたいですわ”
“ああ、なんて幻想的なイルミネーション!”
“地上はいま7月ですのに、ダンジョンはクリスマスのようですわ”
“まさに真夏のクリスマスですわね!”
「真夏のクリスマス、ね」
鳳雛のお嬢様らしい詩的な表現に、英二は半分呆れて半分感心した。
しかし、未衣と氷芽はここに観光に来たわけではない。
あくまで冒険者としての一歩を踏み出しに来たのだ。
「さてお前たち。まずはチュートリアルだ」
緊張した面持ちで、二人が頷く。
「ここから30分ほど歩いたところにある『天使の泉』を目標にしよう。初探索のビギナーには定番の簡単なミッションだが、油断するなよ」
「うん。ネットでちゃんと調べてきたよ」
「動画も見たから、攻略法は頭に叩き込んである」
いかにも今どきの子らしい二人の言葉に、英二は首を振った。
「『生兵法はケガのもと』って言ってな。『見るとやるとじゃ大違い』って言葉もある。第2層で遭遇(エンカウント)するのは弱いスライムやワーム系ばかりだが、初戦闘の緊張から不覚を取って大ケガするやつは毎年いるんだ。締めてかかれ」
反発されるとおもいきや、二人は真剣な顔で頷いた。素直な子たちだ。英二としても、力になってやりたいと思う。
しかし、コメント欄の反応は――
“無刀のくせに えらそうですわー”
“ですわですわ! おひげもモサモサですし!”
“ポケットに手をつっこんだままで、態度ワルですわ!
ひげは関係ねえだろと思いつつ、英二は話を続ける。
「二人はともかく前方だけに注意して進め。後方は俺が守るから気にしなくていい。敵影が見えたら手を叩いて合図だ。――じゃあ、行くぞ」
先頭を未衣が、少し遅れて氷芽が続く。
未衣は「剣士(ソードファイター)」である。彼女の身長にするとやや長めの広刃剣を鞘に納めて腰に提げている。歩きながらも柄に手をかけて放さないそのポーズは「初心者あるある」で、内心はすごく緊張しているのが伝わってくる。いつも明るくて元気な未衣だが、実は女の子らしく脆いところがあるのを、英二は知っている。
いっぽうの氷芽は細長い杖を手に持っている。先端に翠色の魔石がついていて、これが触媒となって魔法が使える。そう、彼女は呪文詠唱者(スペルキャスター)だった。清楚で物静かな雰囲気と、美しく長い黒髪は「魔女」のイメージにぴったりだった。
彼女は未衣に比べると落ち着いて見えるのだが、やはり、その膝はかすかだが震えている。彼女も怖いのだ。それなのに「大丈夫だよ、未衣」「落ち着いていこう」と声をかけている。ツンツンしているけど、根は優しい子なのだ。
――それにしても。
この陣形は英二の懐かしさをそそる。
現役の頃もこれと同じだった。
先頭はリーダーの比呂が行き、真ん中に舞衣が、そしてしんがりは必ず英二が務めていたのだ。
「ねえ、おじさん」
未衣が明るい声を出した。緊張をまぎらわせるためだろう。
「おじさんも昔、こんな風にダンジョンを冒険したんでしょ? 職業(クラス)はなんだったの? やっぱり剣士(ソードファイター)?」
「俺たちの若い頃は、職業(クラス)なんて分け方はなかったんだ。剣を振るいながら攻撃魔法も使うし、弓矢を放ちながら治癒魔法を使うやつだっていた。できることはなんでもやってたんだ」
氷芽が口を挟んだ。
「非効率だね。洗練されてないっていうか」
「その通りだ」
肯定しつつ、英二は続ける。
「今みたいに分業化・専門化されていったのは、時代の流れだな。昔はダンジョンのことも、その中で使える魔法やスキルのこともよくわかってなかった。そして俺たちは子供だった。何もわからない子供が、こんな地下の穴ぐらに放り込まれた。自分たちができることをがむしゃらにやるしかなかったんだ」
“このヒトの言うこと わかりますわ”
“私たちが生まれる前の話ですわよね”
“ダンジョンマスターを倒すのは 並大抵のことではなかったと”
“犠牲者もたくさん出たとか”
“かつての冒険者の皆様のおかげで 平和な日本があるのですわ”
コメント欄の反応は、珍しく好意的である。
「美化してるだけだよ、そんなの」
しかし、氷芽の口調はあくまで辛辣だ。
「昔の冒険者がダンジョンに潜ったのは、日本のためでもなんでもない。自分たちが有名になるためでしょ。名誉やお金が欲しかっただけ。ダンジョンマスターを倒した英雄の来栖比呂なんて、今はニチダンの社長やってるんでしょ。出世のためじゃん」
英二はその言葉を黙って聞いた。彼女の言う通りな部分も確かにあるからだ。
しかし――。
どうもこの言葉のなかには、彼女自身の感情がこめられている気がする。冒険者が嫌いなのだろうか? 何か個人的な因縁があるのは間違いなさそうだ。
「でもさ、ひめのん」
未衣がためらいがちに口を挟んだ。
「なかにはそういう人もいるかもだけど、おじさんは違うよ。A級なのに刀も持たないで、普通の仕事をしてるんだから」
「……そうであって欲しいよ。私たちのためにもね」
その時である。
「おしゃべりはそこまでのようだ」
英二はパンと手を叩いた。
二人がはっとした表情で身構える。
「準備しろ。モンスターのおでましだ」
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