05 ダンジョン配信


『八王子ダンジョンに潜るのって、どのくらい難しいんですか?』


 ダンジョン観光の仕事をしていれば、何度もこういう質問をされる。


 英二はこう答えるようにしている。


「第5層あたりまででしたら、富士山の頂上まで登るくらいですね」


 昨年のダンジョンへの入窟者数は、およそ23万人(第1層のみの観光客を除く)。


 富士山の入山者数が22万人ということだから、ほぼ同じくらいだ。


 プロの登山家でなくとも富士山登頂はできるが、ある程度の知識と経験、体力がないと自分の足で登頂はできない。


「富士山くらい」となめた者は必ず痛い目を見る。


 なお、それより下層になると富士山どころかエベレストすら越える危険がつきまとうのだが、素人がそこまで考える必要はない。


 英二としても、未衣をそこまで連れて行くつもりはない。


 まずは第2層を冒険して、適性を見る。無理だと思えば二度と連れて行かない。


「今日はあくまでお試しだ。俺が無理だと判断したら、二度目はないからな」

「うんっ、そうならないようにがんばるっ!」


 行きの電車のなか、未衣は元気いっぱいで頷いた。


「ところで、なんで制服を着てるんだ?」

「先生に話したら、それが校則だからって。ちゃんとした部になったらコスとかも作りたいよね!」

「校則通りにしてはスカート丈が短めに見えるが」

「このくらいふつーだよ、今どき」


 折り目正しく整ったスカートのプリーツに触れながら未衣は言った。


「それに、ダンジョンにはそのほうが好都合なんでしょ?」

「まあな」


 ダンジョンという危険な場所に行くのだから肌の露出なんて論外――というのはまさに素人の意見で、実はその逆だ。ある程度の肌の露出がないと防護魔法がかかりにくく、かえって危険なのだ。女性はミニスカートやショートパンツで潜ることが多く、その点もダンジョン配信が人気の理由だった。


「なかには水着で潜る人もいるんでしょ?」

「それはやりすぎだ」


 そういうのを売りにする女性配信者がいるのも確かだ。


「でも、おじさんはスーツ姿なんだね? なんだか今から出勤するみたい」

「ネクタイはしてないけどな」

「露出、ぜんぜん多くないけど」

「俺の場合は、いつもの服装が一番力が安定するのさ」


 その言葉は半分は本当で、半分は誤魔化している。


 英二の備えている力は、普通の技術体系とはかけ離れたものだ。一般のセオリーには縛られていない。


「おひげもいつも通りじゃん」

「だから、いつも通りが一番なんだよ」


 これは単にめんどくさいだけ。



 ダンジョンの最寄り駅である南大沢駅からバスに乗り換え、ダンジョンセンター南口へと向かった。大小さまざまな入り口がダンジョンには存在するが、なかでもビギナー用なのがこの南口――第2層へもっとも近いルートへの入り口だった。


 日曜ということで、多くの冒険者でごった返している。下は未衣のような中学生から上は白髪のおじいさんまで、数々の冒険者が集っている。それほど装備が本格的でないのは、やはり第2層だけでやめておくつもりの者が多いのだろう。


 そんな人混みのなかに、ひときわ目立つ少女の姿がある。


「へえ……」


 思わず英二は目をみはった。


 それほどの美少女だった。


 切れ長の目、影を作るほど長いまつげ、艶々とした黒髪のストレートロング。全体のシルエットが直線的で、美しいナイフを連想させる。未衣が太陽の輝きを持っているとすれば、彼女は冴え冴えとした月明かりのような美少女だった。


 ただ――。


 どことなく危うさも感じる。


 若さゆえの余裕のなさというか、ぴんと張り詰めた雰囲気を漂わせているのが気になった。


「ひめのーん!」


 ぶんぶん未衣が手を振ると、黒髪の少女はこちらを振り向いた。


「おはよう未衣。そのひとが、言ってたおじさん?」

「そう! かっこいいでしょ?」


 彼女はじっ、と見定めるように英二を見た。


「はじめまして。月島氷芽です。今日はよろしくお願いします」

「藍川英二だ。よろしく。……月島?」


 その苗字に英二はひっかかりを感じた。聞き覚えのある苗字だ。

 彼女は何故かむっとした表情になった。


「なに? そんな珍しい名前でもないでしょ」

「……そうだな」

「未衣。本当にこの人、A級レンジャーなの? 刀も持ってないみたいだけど」


 英二は苦笑した。はっきりものを言う性格のようだ。


「じゃあ、入窟受付に行くぞ」

「待っておじさん。その前に5分だけオープニング配信しちゃうから」

「配信?」

「そう、みんな待ってるから!」


 未衣は手鏡を取り出してささっと前髪とメイクを整えた。


「ひめのん、撮影よろしくっ」

「了解」

「超可愛く撮ってね!」

「実物よりは無理」


 ぽかんとする英二をよそに、氷芽はスマホを取り出して未衣にカメラを向けた。


「やっほー鳳雛のみんな! みぃちゃんだよーごきげんよーっ♪ お待たせお待たせぇ! ご覧のとーり、あたしとひめのんは、いま八王子ダンジョンの南口まで来ていまーす! ばっちり実況しちゃうから、みんなついてきてねっ!」


 朗らかで流暢な口調は、ものすごく慣れたものを感じる。芸能レポーター顔負けだが、今どきの中学生はみんなこうなのだろうか。


「何してるんだ?」

「ちょっと藍川さん。もっと小声にしてくれないと、音入っちゃうでしょ」


 律儀にも小声にして、英二は氷芽に聞き返した。


「いったい、なにしてるんだ?」

「なにって、配信に決まってるでしょ」

「配信するのか!?」


 氷芽は不思議そうな顔になった。


「そうだよ。だってダンジョン部を作るための活動実績がないといけないんだから。配信しないと伝わらないじゃん」

「鳳雛のお嬢様がダンジョンなんか興味あるのか?」

「と、思うでしょ?」」


 ふふん、と氷芽は口元をゆるませた。そんな顔をすると、年相応に子供っぽさが出る。


「これ見てみて」


 差し出されたタブレットには配信の様子が映し出されていた。


 視聴者数は31人。チャンネル登録者数は51。数字は小さくあくまで「身内」なチャンネルっぽいが、コメントの流れる速度はかなりのものだ。英二が普段見ている「おっさんがチャーハン作るだけの配信」(登録者10万人)より速い。



“ダンジョンダンジョン! わくわくですわー!”

“スライムさん! スライムさんはどちらに?”

“まだ入り口ですわ 気が早すぎ!”

“ドラゴンさんも いるって 聞きましてよ”

“わざわざ危険なところにいくなんて 何を考えていますの?”

“それが未衣ちゃんクオリティですのよ”

“そういうところ しびれますわ~!”



「おまえらのクラスメイトは、普段からこんな『ですわ』口調なのか?」

「まさか。リアルでは普通だよ」

「じゃあ、なんでネットでは?」

「ネチケットの授業で習うから」

「……」


 ネチケットなんて言葉、もう死語かと思っていた。


 一周回って今またトレンドなのか、それとも鳳雛が特殊なのか。


「みんな、ダンジョンに興味津々なんだな」

「まあね。あと、未衣が人気者なのもあるかな」

「そうか」


 娘が褒められているような気持ちになって、ちょっと嬉しい英二である。


 その未衣が、こちらに向かって手招きしている。


「ほら、おじさん! 来てきてー」


 未衣に腕をひっぱられ、氷芽にも背中を押されて、カメラの前に突き出された。


「今日、これからあたしとひめのんを導いてくれるレンジャーの藍川英二さんです!」

「おい」

「ちな、あたしの彼ピでーす!」

「……おい」


 コメント欄がさっきの倍のスピードで流れ始めた。


“うそっ!? 未衣ちゃんの彼氏さん!?”

“おひげ! おひげですわ!”

“ずいぶん年上ですのねえ”

“レンジャーなのに、刀を持っていませんのね”

“ということは、B級かC級?”

“A級だけが真のレンジャーで、B級以下はならず者だってお父さまが”

“なぁんだ がっかり”

“そんな輩に 未衣ちゃんは任せられませんわ!”


 コメントでは言われ放題だが、未衣はニッコニコだ。英二の上腕部にぎゅーっとほっぺをくっつけている。


 困り顔の英二を撮りながら、氷芽がくすくす笑っている。


「ほら、彼氏。笑顔笑顔」

「おまえらなあ……」


 ダンジョンよりも、女子中学生のほうがよほど手強いと思う英二であった。

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