04 お嬢様とダンジョン


 私立鳳雛(ほうすう)女学院。


 朝霧未衣が通っている学校は少し特殊である。


 絵に描いたようなミッション系のお嬢様学校。


 いわば「乙女の園」。


 聖母マリアがおはようからおやすみまで見ているような学園。


 漫画の世界のように「ごきげんよう」が挨拶としてまかり通る、一種の異空間である。その雰囲気は清楚かつハイソ。英二のような庶民のおっさんにはあまりにも別世界だった。


 そんなお嬢様たちが集う鳳雛に「ダンジョン部」はない。


 八王子市はダンジョンのお膝元ということもあり、市内の中学高校にはダンジョン部があるのが普通だった。ふだんは学校で体力作りをして、メタバースで訓練を積み、週末は顧問やコーチの引率のもとダンジョンに潜っている。ノリとしては「剣道部」と「登山部」を足して二で割ったような感じだ。


 未衣はそのダンジョン部を、鳳雛にも作りたいのだという。


「入学してからずっと、友達と創部活動してるの。でも鳳雛にはレンジャーの資格を持ってる先生がいないから」

「それで、俺に頼みに来たわけか」


 レンジャーが引率しないと、18歳未満はダンジョン2層以下に立ち入ることはできない。ダンジョン活動に力を入れている学校ほど、優秀なレンジャーを引っ張ってきている。サッカーや野球に力を入れてる学校が有名コーチを雇うのと似ているかもしれない。


「あたし、お母さんからずっと、おじさんやおばさんたちの冒険の話を聞いて、憧れてたんだ」

「由香ちゃんは家でそんな話をしてるのか」


 由香の優しげな面影を英二は思い浮かべた。舞衣の妹だった由香は、英二にとっても妹のような存在だ。今やそんな彼女も一児の母であり、娘の未衣に昔話をすることもあるということか。


「だけどな未衣。ダンジョンってのは甘くないぞ。昔よりカジュアルになったとはいえ、過酷な場所には違いない。地上にいれば絶対に遭わない危険な目にも遭うんだ」

「わかってる。でも、外に出たら交通事故に遭うかもしれないからって、ずっと引きこもってるわけにはいかないでしょ?」

「それはそうだが……」


 未衣を危険な目に遭わせたくないのが、英二の本音だ。


 先日感じた「違和感」のこともある。自分の娘のように思っている未衣に万が一でもあったらと思うと、とても賛成できなかった。


 だが、未衣の表情は真剣だ。


「これ、見て」


 未衣が取り出して見せたのは、1枚の表彰状だった。


 剣道の都大会新人戦で準優勝とある。


「お前、剣道なんてやってたのか?」

「うん。実は去年から始めたんだ。先生が言うには、あたし筋がいいんだって」


 亜麻色の髪から足元のソックスに至るまで今どきのギャルそのものな未衣だが、指だけは質素だった。爪は短く整えられていて、ネイルはしていない。指には竹刀ダコまでできていた。


 その手元を恥ずかしそうに後ろに隠して、未衣は言った。


「おじさんみたいに強くなりたくて。あたしなんかじゃ無理だって、わかってるけど……」


 英二は頭を掻いた。未衣の決意は、どうやら固いようだ。


「ダンジョン教習所には通ってたのか?」

「うん、春休みから。実はちょうど昨日、卒験だったんだ」

「修了証、見せてみろ」


 観光地として開放されている1層と違って、2層以下に潜るには一ヶ月の教習と試験を受ける必要がある。13歳以上から受けられて、難易度は普通自動車免許より少し難しい程度。合格者は優、良、可の三段階に分かれていて、優良は半年後の講習が免除される。


「優か。頑張ったんだな」

「えへへ……」


 ほめられちゃった、と未衣は嬉しそうに笑った。


「わかった」


 英二は彼女の目を見て言った。


「今度の日曜、第2層に潜ってみよう。その友達も連れてこい。一度潜ってみて、駄目だと思ったら断るからな」

「うんっ! ありがとう!」


 未衣は笑顔を弾けさせた。


 英二としてはあまり気が進まなかったが、自分が初めてダンジョンに潜ったのも未衣と同じ13歳の時だった。


 冒険への憧れは、誰にも止めることはできない。


 それは、英二が一番よく知っているのだ。

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