第52話 OLさんと「あの人」#37

今日も会社へ行くバスに乗って好きな座席に座る。普段バスや地下鉄に乗るときできるだけ一番後ろの席や端っこの席に座ろうとしている。意識してそうしようとしているのではなく、自然にそすようになった。何年も前に見舞われたストーカー騒ぎの時から何気なくついた癖だ。あの時から、知らない人の気配を後ろで感じるのが怖いと思うようになったからだ。なので、できるだけバスの一番後ろ座席に座る習慣がついた。席が空いてないときは一番後ろまで入って吊り革を掴んで立つようにしている。だから今日もバスに乗ってすぐ後ろ座席にだけ目が行った。目当ての座席にしか気が向いてない。狙いの座席が空いていることだけをを確認してすぐその座席に行って座ること以外に、バス中はあまり気にしないでいた。それでバスは出発し少し走ってから次の停留所に停車して乗客をのせて出発を待っていた。その時不意にバス中のすぐ前に立っている一人の女性の姿が目に入った。彼女が穿いているスカートは朝の出で立ちとしてはハデ目で短く見えた。普段着で朝出かけるようにも見えた。そのスカート隙間からは春の天気に相応しいすらっとした脚が見えた。その女性の脚をみてなんとなく自分の足を見下ろして見てみた。「ダイエットしなきゃ」と思った。


別にしなくても良さそうなのに無意識にダイエットを心配するのは不思議だ。たぶん世の中の女性のほとんどはそう思うだろ。別にしなくていいのに他の女性のすらっとした体を見ていたら「私も彼女みたいにならなくちゃ」と思ってしまうかも知れない。そう考えながら頭を上げてもう一度、またあの女の人の脚をこっそり見てみた。それでふとどこかで見た覚えがある形を脚だと気づいた。「まさか。そんなはずがない」「あの女の人のはずがない」。と思いはじめたら瞬時に心臓がパクパクするのが分かった。


それでまた偶然かと思って少し上へ目をあげて確認してみたら、あの女の人の横顔に間違いないと確信した。ただ一度見たたけなのに脳みそに焼き付いた女性の横顔。あまり人に関心がないから顔を覚えにくいのにあの女の人の顔だけはなんとなく覚えている。確かにあの女性は、何週間前、私が「あの人」への気持ちを伝えようと計画した日に見た人だ。あの時の女(ひと)が私が乗るバスに乗るはずがない。そう思いはじめていたらその次、すぐ思い出したことが一つあった。それは「あの人」のことだ。まさかだと思ったけど、あの女性がこのバスに乗っているってことは、高い確率で「あの人」もこのバスに乗るのではないかと想像した。根拠はなかったけど、なんとなくそう思った。それで何気なく、いや根拠のない確信であの女の目線の先を自分の目で追って見てみた。そうしてみたら一人の男の人の横顔が目に入った。その瞬間、心臓の鼓動がさっきよりもっと強く激しくなるのを感じた。心臓が千切れそうだ。「あの人」がこのバスに乗っている。あまりの驚きに息が止りそうになった。そうなったせいか、目を見開いたままずっと「あの人」の横顔を見ているだけなんにもできなくなった。


それで「あの人」の目線が動く軌道を追って私も見開いた両目の動きを感じるほど感覚が研ぎ澄ましはじめた。まるで「あの人」に釘つけになった目を絶対に反らないようにと。それで「あの人」と隣りで吊り革を掴んで立っているあの女を目を見つめ合いながら、目で笑いながら何かしら楽しくしゃべているように見えた。口の動きからは普通に雑談をしているようだ。とと推測する。でも声は聞こえないから内容まではわからない。でも声は聞こえないから内容は知らない。それより、なんであの2人が、私の通勤バスに乗っているんだろ。もしかして「あの人」もうちの近くに住んでいるのだろ。まさか私と「あの人」は隣人同士、もしくはバス停1つ2つぐらいしか離れてない距離の隣人かもしれない。もしそうだとしたら「あの人」はどこに住んでいるんだろ。もしそうだとしたら、まさかあのとき、私がはじめて計画を進めようとある日曜日に見た「あの人」と思しき後ろ姿は、本当に「あの人」だったのではないかと思われた。


だとしたらあのとき思いきって追い掛けて声をかけてみてたら良かったのに。ならば結果はともかく苦労せずに簡単に済んだのかも知れなかったのに。よりによって今こんなバスの中で「あの人」と鉢合わせすることになるとは予想だにしない出来事だ。


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カフェのバイトさんと「あの人」 @deansplace

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