第50話 OLさんと「あの人」#35

こうやってわたしは親友のミカちゃんに励まされかつ勇気づけられた。それで次こそちゃんと機会掴めてみせたいという一念でいる。次こそちゃんと「あの人」に声をかけてみよう、たぶん次の機会が最後になるかも知れない。いや最後にしたほうがいいと思っている。結果はともかく自分でなにかしてみたという気持ちでもちゃんと残せたら十分だ。「あの人」に人目惚れした時から決めたことだ。この気持ちは最初、心を決めた時よりどんどん強くなっていて、それに執着している自分があった。それのせいでこんなに心臓が引き裂かれそうになっているかも知れない。もし今晩ミカちゃんとしゃべれなかったら、今も息苦しくなってどうしようもできなく延々自分の気持ちに引き摺られていたかも知れない。毎日無気力で過ごしていたかも知れない。自分一人ではぜったいできないことにだ。わたしはミカちゃんに言われた通りにどんくさくてバカだ。その私と違ってしっかり者でちゃっかりしているミカちゃんが、私と友だちになって親友と呼び合う存在になったのは不思議に思われる。


ミカちゃんは昔からそうであった。はじめて友だちになった時からずっとああしていて、電話で聞いて感じたその堂々たる姿勢には、改めて時々関心した。その親友が高橋くんに浮気されたのは仰天せざるを得ないことだけど、それに挫けずすぐ違う選択をみつけて早く次の段階に進もうとする勢いは、私には到底真似できないものだ。そのミカちゃんと友だちになれたってことは摩訶不思議だ。たぶん知らない人にはそう思われるだろう。でもわたしとミカちゃんみたいに、ぜんぜん違う者同士の関係はよくみかけるし聞くことだ。よく聞くのが、「共通点が多い者同士の関係は喧嘩やいざこざが多い。けれど違う者同士の関係はお互いの違いをよく知った上で関係を続いているからこそ長く付き合える」そうだ。


特に夫婦関係の場合がそうだ。その面から見るとうちのお母さんとお父さんもそうかも知れない。テキパキしていて口煩いお母さんと無口でもくもく仕事熱心なお父さんの関係は、以外とバランスが取れているかも知れない。特にお父さんは仕事の都合で家にいる時間が少ないからなおさらおかあさんと喧嘩しないかも知れない。ケンカする機会すらないからだ。そう私の知っている限り一度もなかった。不思議なほどうちの両親がケンカしたのを見たことがなかった。何故だろ。とにかく人間関係ってのは難しいし不思議だ。その難しい関係が欲しくなるのもまた不思議だ。理解しがたいけど、新しい関係を持ちたい。できるなら自分の力で自分の意思で自分の好きな人に出会いたい。それで結婚もしてみたい。離婚はイヤだけど、離婚せざるを得ない選択に迫られた時はするかも知れない。でもそうしないように自分の力で好きな人をみつけて付き合って結婚までゴールしたい。そうするには今の私の近くにいる人、その相手は他ならぬ「あの人」しかいない。今は私がそうしたいと思っている存在が一人でもいると思ってたら安心できそうだ。誰も居ないよりはマシだ。そう今のところ、欲張らずこのまま自分のしようとすることを信じて,自分を信じて一歩歩みだしてみよう。ミカちゃんのように、私は私なりの方法でやってみよう。


こう悩んで悩んで2回目の機会を掴むと心を決めた真奈津は、毎日も欠かさず学食に行くと決めた。いつ「あの人」が現れるか知らない。なのでしょっちゅう行くしかないかもしれない。あまりご飯をたくさん食べるわけにもいかないから、できるだけ安いメニューを選んでゆっくり昼御飯を食べながら「あの人」が現れるのを待つしかない、「偶然」というものを期待するしかない。その思いでつぎの日からまた、ほぼ毎日学生食堂に通いはじめた。週が開けてそうそう「あの人」を待ちつづけていた。その次の日も、またその次の日もそれでまた次の日も学食に行った。けれど、今週が終ろうとしても「あの人」の存在は見当たらない。オカシい。てっきり現れると思っていたのにおかしい。たまたまタイミングが合わなかったかも知れない。そう。「あの人」の仕事は知らないけどおそらく仕事上、卒業式や入学式などで色々忙しくなったからここまで来て昼ごはんを食べる時間的に余裕がないかも知れない。そうかも知れない。でもいつ来るかさえ知らない今では、このままずっと待ち続けるしかない。毎日昼休みの時間に来てご飯を食べたり、それともご飯は食べずに学食の近くで休みながら「あの人」の姿が現れるのを期待するしかない。毎日学食でご飯を食べるのはお金がかかるし、わたしはそんなに食べるわけでもないからだ。そうしていたけど、今週は「あの人」はもう来ないと思った。それでまだ早いけど待つのをやめてこの前みたいに少しお散歩でもしながら一人でゆっくり時間を潰そう。桜の満開日が近づいてくるにつれ焦り出す自分の気持ちをできるだけ押さえながら余計な心配はしないようにすることが重要だ。


そう決心してもう過ぎ去ってしまっている日々のことがあまり考えずに来週の機会を待つことにした。

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