第46話 OLさんと「あの人」#31

今日一日も頑張っていこう決めた真奈津は、気を取り直して会社の敷地へ足を運んだ。昨日のこともあり、始業時間である朝9時の15分ほど早く部署に入ってみた。早い時刻にも関わらず、もう出勤している人が多い。普段あまり気にしていなかったことだが、今日はなぜか気になった。自分が早く出社しているせいか。早い出社を自慢しているかのように真面目ぶっているのかも知れない。しかしそれとは関係なく、今日は一生懸命に仕事するつもりだ。今朝は遅刻もせず、早く部署に入り、午前の仕事をテキパキこなしてみた。あまり元気はなかったけど一生懸命にすれば元気になれると思ったからだ。けれど、気持ちはそう簡単に変わるものではなかった。一瞬の踏ん張りでは中々難しいことだ。でもそれのなんとなく乗り越えて一通り午前の仕事を終らせた。いよいよ今日のお昼休みの時間が訪れた。


久しぶりに仕事を頑張ってした気分だ。けれど、不思議なほど食欲はあまり湧かない。久しぶりに食べた朝食のせいかまだお腹は満腹状態な気がした。だから今日のお昼休みは適当に散策だけしようと決めた。そう決めてからゆっくり時間を潰せる場所を探しに大学の方へ足を運んでみた。大学の構内にはあっちこっちいいスポットがある。特に建物の後ろにある路地には何カ所か一人でゆっくり時間を潰せる場所がある。卒業した大学のことだから、いいスポットはよく知っているのだ。それでそのいいスポットへ行く前にコンビニに寄ってミネラルウォータ1本だけ買ってぶらぶら歩いて、今日の気持ちに合う場所を探した。木の下の陰にぽつんと置かれたパンチが目に入った。むかし偶然見つかったベンチであんでここは一つだけなのか不思議がったことがあった。でもその分、あまり人が来ない、それとも人通りがすくないから一つしか置いてないかも知れない。あまり知られてない場所ということで時々寄ってみたら誰も座っていないことに気づいた。そう、今日の気持ちではこのベンチがいい。人通りも少なくて春としては少々気温が高い今日の天気にピッタリな気がした。


それからこのベンチに腰をかけて目を閉じて春風を感じている。その姿勢のまま座って1ミリも動かず居ていたい。余計なことを考えず、なんの心配もなくこのまま一日を終らせたい。今の私にできることはなんにもない気もした。昨日の出来事や「あの人」と知らない女性の関係など考えれば考えるほど自分のことを小さく感じるだけだ。なのでわざわざ考える必要もない。そうだ。わざわざ余計に想像を巡らせて考えるのは良くない。だから今日のお昼の時間をゆっくり過ごすつもりでここへ足を運んだのだ。今の気分のまま今日を終らせたい。午後の仕事に戻りたくない。でも、部署に戻らなければならない。午後の仕事も頑張ろ。そう思っている最中、お昼休みの時間が終りを告げる。それでまた部署に戻りなんとなく午後の仕事も終らせて今日一日が終りを向えた。


退社の時間になったとたん家へ直帰し、すぐさまお風呂に入った。お風呂に浸かっていたら眠くなりそうだ。久しぶりの長風呂だ。普段ならは20分で上がるのを、今日は40分もお湯に入っている。久しぶりの長風呂は最高だ。実は今日の風呂は、前からしてみたかったことがあってそれに挑戦してみた。それは、シャワーを浴びず、体を洗わずそのままお風呂に入るってことだ。何故かは知らないけど、前からしてみたかった。でも普段しようとするとお母さんに怒られる恐れがあるからしていなかった。もちろんこっそりしようとするとできたかも知れない。でもわざわざやらなかった。それを今日はお母さんにはこっそりに一人贅沢をしてみた。そのせいか、気持ちよくお風呂できた気がしている。しかし、40分という長風呂になってしまっのは良くない。それで少し無理したお風呂に入っているなと気づいて、起き上がって浴槽から出ようとした時、のぼせを感じた。「ヤバい」と思って一をゆっくり座りなおして少し時間を置いてまたゆっくり起き上がってお風呂から出た。


タオルで体を拭いて下着を着替えてキッチンへ行って冷蔵庫の中を漁ってみた。結構長いお風呂のお陰なのか分が良くなった気がして何か飲みたくもなった。でもまたお酒を飲むのは良くない。やはり飲酒は癖になりがちだ。そう思って水いっぱいだけ飲んでそのまま自分の部屋に戻りベッドに横になる。電気もつけないまま部屋に入り寝転んだ状態で天井を眺めてぼうっとしていたら急に眠気が襲ってきた。「ヤバい、今日は顔に少し化粧水でも塗っておこうと思ってたのに」と後悔を念で眠気に負けまいと頑張った。けれど、それ以外にすることもないし、今日のお風呂上がりの気持ちよさと眠気にこのまま身を任せて眠りに落ちた。


それでまた明日が来た。今日も昨日と同じく会社に出かけた。昨日のお風呂の後髪はシャンプーで洗っておいたから大丈夫。今日は少し化粧水だけ塗って髪を束ねて出かけた。それから会社に行くバスに乗って出社した。一通り午前の仕事を終らせて昼ごはんも食べずに、昨日と同様適当にベンチを探してゆっくり休んだ。それでまた午後の仕事に就き、一日が終った。それで家に帰ってまた一人の贅沢なお風呂を楽しんだ。それでそのまま眠った。それを何回も繰り返してきたら、日にちが金曜日になって金曜日の日課も終ろうとしていた。もう一週間が過ぎていこうとする。「華金」だ。それで今日は楽しい金曜日なのにこのままなんにもなく無味無臭の一日が終るのを見るのはイヤだ。何気なくそう思っていたら虚しさを感じはじめた。そう思いながら会社のビルを出て家に帰るバスを待っていたら目当てのバスを乗ろうとする大学生の姿が目に入った。「私も彼らみたいに楽しい金曜日を過ごしたのに」と証拠もなく他人(ひと)のことを勝手に詮索する。不躾かも知れないけど、そう考えないと自分ばかり惨めで虚しくなりそうでしょうがなかった。その気持ちを胸にしてバスに乗って家に帰っている途中、なんとなく親友のミカちゃんの声が聞きたくなった。


楽しい大学生生活を一緒に過ごしてきた親友。親友という存在は人それぞれだ。人によっては一生の中一人も親友という呼べる存在がいなかも知れない。私にとっては親友のミカちゃんが一人でもいてくれて有りがたい。その有りがたい親友の声が今聞きたくなった。無性に聞きたくなってしょうがない。人恋しくなったのかも知れない。月曜のできごとの衝撃が今わたしに襲ってきたかも知れない。それに気づき、それを収めないといけないと思ったからか、親友のミカちゃんの声でも聞きながら気持ちを落ち着かせたくなったかも知れない。そう思っていたらいよいよバスは家の近くの停留所に停った。それに気づいて早くバスから降りてとぼとぼ家へ歩いていく。なんだか今の気分では家に帰りたくなった。寄り道したくなった。でもどこへ行けばいいかは分からなかった。だからこそミカちゃんの声でも聞くのが一番かも知れないのだ。


そう思って家に帰らず、例の散歩道に寄ってみることにした。散歩道に入り左側を見てみた。その方向を真っ直ぐ行くと私の住んでいる家がある。その方向から見える夕焼けは綺麗だ。その夕焼けを見ていたら何となくエモい。そう思いはじめたら泣けそう。泣けそうになり涙を流さずにはいられない気分だ。だから瞬時に体を右側に回して家がある反対側へ歩きだした。そうしないと今の感情がコントロールができなさそうだからだ。そう思って今見ている方向へ歩き出した。その時、左手で握っていた自分のスマホを弄ってみた。スマホの待ち受け画面は昔親友のミカちゃんと行ったカフェで撮った写真にしてあった。その写真を見ていたらミカちゃんに会いたくなり電話を掛けないではいられない衝動が走ってきた。それを感じた瞬間思いきってミカちゃんに電話をかけてみることにした。でも「たぶん、忙しいから出ないだろ」と思ってダメ元で電話をかけてみた。そうしてかけた電話の1回目のコールが2回目のコールに変わろうとした時、電話の相手が受信した時にする馴染みの音が聞こえた。プチッとする音とともになにかうるさい車の音などが混ざった騒音が聞こえてきて少しびっくりした。まさか電話がつながったのか。ミカちゃんが私の電話に出たのかと、自分でかけながら信じがたい。


その私の驚きは知らんとばかりにハイトーンで陽気の懐かしいミカちゃんの声が聞こえてきた。つい2週間ほど前聞いた声なのにけっこう久しぶりに聞くような懐かしい声だ。

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