第45話 OLさんと「あの人」#30

「。。。。きて」

「う。。。うん。。」

「はや。。。。起きて」

「うん。。わが。。。だ」

「早く。。。。起きなさい」

「わかった。。。」

「なっちゃん遅刻しちゃうよ。早く起きて」

「遅刻?。ヤバい。。」

「早く起きて。仕事遅刻しちゃうよ」

深い眠りの中、誰かに体を揺すられる感覚と叫びに近い怒鳴り声が聞こえる感覚がじょじょに生々しくなりはじめた。それと、今聞こえる声の主がお母さんのような気がして頑張って目を開けてみた。目を開けながら少し上半身だけを起こしてみた。その様子を傍から見ていたお母さんは少し心配そうな表情が微かに見えたけどあまり気にはならなかった。母の右手は私の右の肩の方に乗せられていた。わたしのベッドに量肘をついた姿勢で私をずっとみていた母は、私になんにもないことを確認して安心したかのように心配の顔色と表情が安堵への変わるのが分かった。それでお母さんそのまま立ち上がると同時に嫌みっぽい言葉を吐き出し始めた。


「なにその姿は。昨日仕事帰りにそのまま寝ちゃったの。お風呂も入らずに」

「うん?。あ。。。うん。。。」

「髪も肌もぼっさぼっさ」

「あ。。ま。。。」

「まかさご飯も食べずに寝ちゃったんじゃないよね。

「あ。。。うん。。」

「まったく。早く起きて朝御飯でも食べて仕事行きなさい」

「うん。。」

「早くしなさい。遅刻しちゃうよ」

「今何時?」

「朝、7時10分よ。早くして」

と言われた通りに早く起き上がり、そのままキッチンへ出た。それでなんとなく食卓に腰を掛けていながら、目の前にやり残した家事をしているお母さんの背中をじっと見ていた。その背中からはなんとなく暖かみを感じた。何故か分からない、言葉では表現していないけど、お母さんから私への愛情みたいな暖かみのオ─ラな気がした。不思議だ。今までなかったことだ。何故か今日だけはそう思っている自分があった。今日の私は何かお母さんに求めているのかな。もしそうだとしたらそれはなんだろ。と食卓の椅子に座ってあれこれ考えている最中、お母さんは私に顔も向けず聞いた。


「ご飯、食べる?」

「うん。。少しだけなら。。」

「量は?」

「半分でいい。。かも。」

「オッケー」

「。。。。」

時々聞くお母さんのオッケーという言葉だ。結構久しぶりに聞く気がした。それを言ったお母さんは何にも言わず、私の欲しいご飯の量ピッタリのご飯をよそって、ご飯の椀を私の目の前に置いてくれた。他の家の母親ならご飯を半分しか食べない自分の子供に対して、なにか文句や嫌みっぽいことばを投げてくるかも知れない。

「それしか食べないから肌ぼさぼっさになってちゃんじゃないの」

「ちゃんと食べなさい。せっかく作ってあげてるから」

「いつまでも用意してくれると思ってたら良くないよ」など楽しいはずの食事を楽しく食べさせない母親の余計な言葉を聞きながら美味しくても不味く感じられる、ご飯を食わされることはうちにはなかった。不思議なほどあまりなかった。


お母さんの由紀子はいつだってこうだった。お母さんの普段のしゃべり方は少し荒い言葉遣いに近いかも知れない。けれど、気分を悪くさせることは一度もなかった。言葉では表現できない優しささえ感じる時もあった。その母親は頼りのできる人だ。いつも私への愛情が感じられる。言葉では表現しがたいお母さんなりの愛情があった。その一つがこのご飯の量かも知れない。そう思いながら少しずつお母さんに出されるまま、作り置きのおかずから口に入れてゆっくり咀嚼して呑み込んでみた。味噌汁も啜ってみた。暖かい。お母さんの優しさと同じぐらいの暖かさのように感じてしまうほど暖かくて美味しかった。体にシミてくる。あまり食欲がなかったけれど食べていくうちにどんどん食欲が湧くような感じだ。もっと食べたくなる気もした。昨日から丸一日何にも食べてない。だからか食欲がなくても体が何か生きるための食糧を欲しがってる気がした。でもいきなり食べすぎてもよくないから自分が頼んだお茶碗半分のご飯の量分だけゆっくり食べている。久しぶりの朝ご飯を食べながら見ているお母さんの背中温もりがあたっかいご飯から感じている楽しさは久しぶりだ。


「ごちそーさまぁー」

ご飯を食べてわざわざ元気な声をだして急いで自分の部屋に戻って来ていた制服を脱いで顔をだけ洗うようにした。その前気になったのが、髪のことだ。髪は昨日束ねたままだった。それを解いてみた。髪はぼさぼさでフケも少し見当たる。けれど今シャンプーしてドライヤーで乾かそうとしても仕事に間に合わない。髪が長いということはこんな時に不便すぎる。それで少し櫛を通して髪を梳かしてみた。それでそのまま束ねなおした。その後、洗顔を済ませて鏡に映っている自分の顔をみてみたら、いくら洗顔したとしてもぼさぼさのままだった。酷い、醜い。さすがに自分でも今の状態は酷すぎると思ってしまうほどだ。だらか少しメイクを施しておいたほうがいいかもと思った。が、やはりそうしてしまえば髪もしっかりシャンプーしておかなければならない。今束ね直したばかりの髪を解いてシャンプーして乾かして化粧もして仕事に行く準備をすると会社に行く時間に間に合わないかも知れない。だからこのままメイクもせず髪も束ねたまま会社に行くに決めた。もちろん少しながら化粧水だけ塗るのことだけは忘れてなかった。


そう決めて部屋に戻って着替ようとしたら今の制服は皺だらけだと気づいた。それでなんとなく体が臭う気がして早くシャワーでも済ませておくかと思ったが、それももう遅いと思った。なので、制服を脱いで下着を着替えて予備用の夏服セット一着を来て家を出た。今日はお母さんより早く家から出た。お母さんになにか言われるのは避けたかったからだ。その際、さっき持って出てきた冬服をクリーニング屋さんに預けて会社へ急いだ。こんな時、朝早くからやっているクリーニング屋さんが家の近くにあるって助かる。早く出かけるちょうどいい言い訳になってくれそうだ。そう思ってクリーニング屋さんに寄って冬服を預けて急いでバス乗り場へ行った。昨日は遅刻したから今日は遅刻しまいと思った。それでバスに乗っていつもと同じ場所で降りた。降りて確認した遅刻は朝の8時35分だった。まだ部署に入るのは早すぎる。なので特に行くとこもないから普段のようにベンチを探して学食の方に歩いていた。まだ朝早いことでベンチの取り合いの競争率は低い。適当にベンチに腰を掛けて適当に時間を潰しながら、気持を落ち着かせてみよう。昨日のモヤモヤ感とネガティブな感情はまだ完全に収まらず、それを気にすればするほどまた自分のことがイヤになりそうだ。

だからそうならないように出勤する前に少しでも気持ちを落ち着かせたい。今日の仕事に支障が出るのは避けたいからだ。


朝の空気は冷たい。まだ夏服を着るには早い。春の寒暖差はまだ激しい。昨日のことがあったからか今朝の冷たい空気を余計に冷たく感じる気がした。でも今日は頑張らなきゃ。そう思った真奈津は、今日一日は頑張っていこうと思って朝の新鮮な空気を胸いっぱい空いてみた。

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