第44話 OLさんと「あの人」#29

「あの人」と知らない女性は2人で商店街に入っていく。その2人の姿を遠くから見ていながらぼうっとするだけなんにもできない真奈津は、午後の仕事の始業時間が迫ってきたのを忘れていた。それからベンチで座っているまま少し時間が経ってしまったと思いはっと我に返り、時刻を確認してやばいと思い足早に部署に戻った。早く部署に戻ったが午後の始業時刻より15分ほど遅れてしまった。遅れて来たせいで部署の先輩に注意されると思っていた。先輩は最初は少々怒りぎみだった。


「どこへ行ったんですか」

「すみません。ちょっとトイレで。。」

「今日大丈夫?」

「えっ、はい?」

「今朝から具合い悪いみたいし、薬飲んだ?」

「いえ。。」

「アレ必要なら言って予備持ってるから」

「えっ、あ、はい」

と流れで何気なく言われたことに合わせて返事をした。どうやら先輩は今日の私の様子をおかしいと思ってるより毎月くる女性の悩みの日だと勘違いしてたみたいだ。化粧っ気がなく髪は束ねてはいるものの寝癖で乱れている様子は、世の女性は誰しもそう思うだろ。今の私は明らかに「それに悩んでる」ように見えたかも知れない。瞬時に誤魔化せたと、怒られず済んでラッキーと思って自分のデスクに戻った真奈津は、自分の席についたとたん、深いため息をついた。長いため息とともに、今の自分にげんなりしそうだ。いくら午後の仕事に遅れてきたのを巧く誤魔化したとしても、それをラッキーと思ってしまうのはだらしなく大人げない。むしろ怒られていれば、なおのこと落ち込みが少しでも晴れたかもしれない。そうされたほうがよかったかもしれない。もちろん怒られてたら今日の残りの仕事にも支障がでるかもしれない。仕事に集中できるかもしれない。いや逆に心配されて適当に言い逃れて良かった。起られるよよりはマシだ。もう今日はなにもかもいやでいったい自分が何をんでいるのかが判らない。さっきの出来事で気が散られてしまっているからだ。


もうこうなってしまった以上、今日の仕事は適当にするしかないと思った。そうしたくないけど仕方がない。こんな自分のことがいやになってしょうがない。昨日から今日までの出来事で自分の至らなさを痛感してため息をつかずにはいられない。できるだけ仕事に集中して考えないようとしても「あの人」とあの女性の関係を気になってしょうがない。それとあの真っ赤なヒールが目と脳みそに焼き付かれいるかのように時々あの女性のヒールが思い出させられて胸が苦しくなる一方だ。それのせいで無意識に今穿いている靴に目が行ってしまうのもわかるほどだ。今年は気持ちも変えて楽しい1年を過ごしたくて新しい靴を買って楽しい気分で楽しい春という季節を過ごしたかったのに、それが自分のバカさで台無しにりつつある気がしてならない。


「ホントいやだ」


あれこれ考えすぎて頭痛さえしそうで仕事をしたくなくなって、午後の仕事は怒られない範囲で適当に終らせてた。退社の人間になりすぐさま会社を出て直帰したけれど、どうやって家に帰ったのかすら覚えてない。家に着いても食欲を感じないほど精神の疲れを感じている。変だ今日一日中なんにも食べてないのになんにも食べたくない。食べたい気分すら湧かない。


たぶん冷蔵庫の中にはお母さんの作り置きのおかずがいくつがあるはずだ。今日一日中なんにも食べていないから少しでも食べておくかと思って家に着いてすぐ冷蔵庫の中を確認してみた。確かに冷蔵庫の中にはお母さんの作り置きのおかずが入れてあった。しかしそれらにはあまり目が行かずでいる。「あまり食べたくない」。それより昨日飲んだビールの残りだけが気になりはじめた。今冷蔵庫の中にあるのは2本だ。先週の金曜日買ってきたのが5本だと覚えている。それが今は2本しか残ってない。一人でこんなに飲んでしまうなんて。最近あまり酒を飲んでいないのにこんなに飲んでしまうなんて、本当にうんざりだ。その飲みすぎたお酒で今日の計画がダメになった。そう思ってご飯の代わりに飲もうとしたヒールも飲みたくなくなってそのまま冷蔵庫の扉を閉じた。


それで自分の部屋の門を開けてゆっくり入ってみた。朝急いで仕事に行ったせいかカーテンは閉まっている。時刻のこともあり少し暗くなった部屋に電気をつけず、そのまま自分の部屋の片隅にある机の上を見ながら入る。その上にはハンカチと思わしきものがボヤっと見えた。あれを持って仕事に行くべきだった。いや、むしろ今日は持っていけなくなったのが正解だったかも知れない。

「いったいどっちが正解だっただろ。今の私はどっちを望んでいるんだろ」


最初は踏み切って行動しようとしたものの、結果は完敗。自分のバカさでなんにもできず、結果的に知らない女性に機会を奪われたかのような気分を味わう形で計画が終った。なんの望ましい結果も出せなかった。いや出さなかった。自分でしようとしたことを自分で潰してしまったというしかない。これの腹いせに負けじと思ってなにか仕返しをしたい気持ちもあるはある。しかしそれはできない。ただ自分を責めるだけ以外になにもできない。


私はついてない。いつからだろ。いつからそう思っていたのだろ。昔ストーカーに逢いかけたときからだろか。いやその前からか。大学生になってはじめて付き合った彼氏とそのカレのことが好きになった私。その好きな相手に飽きられてフラれた時からだろ。そう。きっとあれからだ。そのときからついてないに決まってる。そうでないと2回も立て続け新しい彼氏にフラれる形で私の恋愛が終るのは腑に落ちない。それと他の女性(ひと)は一生経験するかしないかというストーカーという不幸に見舞われたのことそうだ。自分がしっかりしていればストーカーに見舞われることなく、親友のミカちゃんとの楽しい一日を終らせるはずだった。そう、あの日私がしっかりしていれば。サイフさえ落していなければ、それでそれを探しにミカちゃんと飲んでいた居酒屋に一人で、暗闇の路地裏を通りすぎていなければ、なんにも起らず住んだのかも知れない。ヘベレケになったまま各自に電車に乗ってすぐうちへ帰ってたら、今までなんの心配もなく、後ろめたい気持ちを感じることなく普通に毎日を過ごしているはずだ。


当時に私を不幸から救ってくれたヒーロというべきの前の彼氏と付き合うことになったのはたまたまだったかも知れない。でもあの時、彼が助けてくれなかったならもっと酷いことになって醜い毎日を送っていたかも知れない。だから、その彼氏と一緒を過ごしたかった。私を危機から救ってくれた彼氏に私の人生を任せたかった。他人(ひと)みたいに普通に結婚して新婚旅行で海外にも行ってみたかった。それで2人の子供を産んで育ちたかった。女の子一人、男の子一人。パパにそっくりの男の子一人と私にそっくりの女の子一人。そうやって4人団欒(だんらん)したかった。それで十分だった。なのに今望んでいたことは何一つ成し遂げてない。何一つ自分の力で成し遂げてない。今わたしが勤めている会社だってそうだ。前の彼氏にフラれた衝撃を早く忘れたくてなにか集中しておく必要があった。そうしないとメンタルが崩壊しそうだったからだ。それで第1志望でこの会社を選んで頑張ってそれだけを狙って就活した。その甲斐があったかめでたく合格した。それ以外には私の人生の中でなに一つ成し遂げたことがなかった。


そう思っている最中、目眩がしそうになりそのままベッドの上に倒れる形で横になった真奈津は、横になったまま目を閉じた。そうしたらすぐ眠気が刺してきた。このまま眠りたい。お風呂も面倒くさい、着替も面倒くさい。このまま眠りたい。そう思って両目を閉じたまま数十秒も経たないうちに深い眠りに落ちた。

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