第43話 OLさんと「あの人」#28
「なんでそこにいるの。なんで「あなた」が私の方に歩いてきてるの」
「なんで今日、このタイミングなの」
「今日の私はなんの化粧っ気がなく、みっともない見た目なのに、何故?」
「なんで私を見て笑ってるの」
「なんで笑いながらこっちへ来てるの」
などあまりにもいきなりなので「あの人」が笑顔を見せながら近づいてくるのを目を開いて見るだけ、なんにもできなくなってしまった真奈津のネガティブな感情が徐々に膨らんでいるようであった。けれど、逃げたりもできず座っているまま「あの人」の顔を見返すだけだった。
それで「あの人」が自分の間近まで近づいてきた時、我に返り下に頭を下げてギュッと目を閉じてしまった真奈津は、そのまま「あの人」にされるままに何にもできないような気がした。緊張でなんにもできないけれど、何か言われるのではないかと期待もしている。しかし、いくら待っていてもなにかされようとする気配は感じなかった。なにか言われたりしてなかった。ただ微かな香水の匂いだけがしてきた。その匂いには覚えがあった。
いつだろ。いつ、どこでかは忘れてたけど結構前、今の香水の匂いと同じ匂いを嗅いだ覚えがパッと蘇った。定かではないが間違いはない。あの時も今みたいに誰かが私の前を通り過ぎた後すぐ、甘い香水の匂いがしてきた。きっとあの時と同じ匂いの香水だ。あの時、嗅いだ香水の匂いがなぜか強く記憶に残っていた。もちおん少し時間が経ってから忘れたけど、今の匂いはぜったいあの時と同じ匂いに間違いない。ハッキリ覚えている。
まさかあのときの香水が「あの人」がかけていたものだとはあの時は、予想もできなかった。いや当時の私のに別に関係ないことだった。けど、今になっては関係あることでなにかしらの偶然を感じる。あの時から私と「あの人」はなにがつながっていたのではないかと運命的なものに弱い私にはイイ。これがただの運命で終るのはいやだ。ぜったいなにかいい結果を出したい。両目を閉じながらこう思っていた真奈津は、今の香水をかけている主を確認するため、半分は確信の思いで目を開けて頭を上げて座っている場所の右横側へ首を回してみた。そうしたら「あの人」はまるで真奈津に気づいてないようで、真奈津に背中をむけながら歩いていた。その背中を見た真奈津は戸惑いとともにもう一つ昨日のできごとを思い出した。
ついこの前の週末の土曜日に「あの人」にハンカチを渡しながら連絡先を聞いてみようと心を決めた真奈津は、すぐ週明けの月曜にしようと日にちを決めた。それでその準備をしながら週末の暇なを時間を持て余していた。準備と言ってもハンカチを綺麗に洗って干しておくだけだった。汚れたハンカチが痛まないようにできるだけ優しくそして万遍なく洗ってから自分の部屋のハンガーに干しておいた。それで普段通に持て余している暇で自由な週末の時間を潰そうとしたが、中々集中できなくなった。月曜日までたかが2日も残ってないのに遠い未来のような気がしてながらなかった。待ち遠しい。焦れったい。「早く週末が過ぎていきますように」と願ってみるだけだった。けれど、その真奈津の思いに関係なく週末はゆっくり過ぎていた。普段は週末も一人で部屋でただゴロゴロしたりパソコンでドラマを観たり、本を読んだりして過ごしてきたが、今週末だけなんにも手に着けずに時間が過ぎているの待っているだけだった。どきどきしとそわそわ間が邪魔だ。そう思った真奈津はそれを落ち着かせるために普段あまりしないことをしてもようと決めた。週末もあまり外出もしないのにも関わらず、久しぶりに家の近くの散歩道に出かけることにした。
土曜日もそして日曜日も2回もお散歩に出かけた。それで2回目のお散歩の時に偶然「あの人」らしき人を見かけた。いや正確に言えば、真奈津が見たのは後ろ姿だけだった。たぶん見覚えのあるの背中だと思っていた真奈津は、まさか「あの人」ではないかと不思議に思っていた。そしてどきどきし出した。ひょっとしたら「あの人」かも知れない。可能性はあると期待して声をかけてみようと思った。もし本当に「あの人」ならここで声をかかけて連絡先をもらう方法を考えてなくてもないと思った。けれど確信はなかった。何故なら「あの人」がここを知るわけがない、来るワケがないと思ったから。ここは近所の住民にだけ知られたない場所で、そこまで有名ではない。知る人ぞ知る散歩道だけどそこまでは知られてない穴場的な場所だ。特に用がないかぎり遠くからわざわざここまで来て運動したりはしない場所だ。そう思いながら少し離れた場所から「あの人」の背中だけを見て歩いてついて行く真奈津だった。
その途中ふと思った。「あの人」らしき人が行こうとする場所はどこだろ。あの方向の散歩道の終る場所の近くには確か地元のある短大がある。そこはここから結構離れていて歩く速度が遅い真奈津には、歩いていこうとすると一時間近くかかってるほど遠い距離だ。「あの人」は男だから歩いていても私の半分くらいしかかからないかも知れない。それでその短大のまわりにはいい商店街があるとよく聞いていた。けれど、そこには一度も遊びに行ったことはない。行ってみたい気持ちはあったが中々機会が掴めなかった。それで真奈津は、もしかしたら「あの人」はその商店街で用事があって歩いていっているかも知れないと勝手に思いはじめた。しかし、どっちにせよわざわざ歩いていくには時間がかかりすぎだ。
こうやってあれこれ思っていた真奈津は、やっぱり「あの人」の後をついていて声をかけるのはやめることにした。私が知っている「あの人」ではないかも知れないし、「あの人」であったとしても馴れ馴れしく声をかけて連絡先までもらうのは私にはできない。そこまでするのは無理だ。私には準備が要る。なんの心の準備もできてないまま、そうしようとしても成功できるかどうか分からないし自信もない。だから拘る必要もないのだ。それより、明日しようとすることだけ考えよう。そう思った真奈津は「どうせあの人がここに来るわけがない」と自分で納得してそのまま踵を返して反対側に背を向けて歩いてさっていた。
これは昨日のできごとで今、まさに「あの人」の背中を見ながら思い出してしまった真奈津であった。あの時みた背中はもしかして「あの人」ではないかっと思った。そう思いながら少し離れた場所から見ていた「あの人」すぐ横に居る知らない女性の姿に気づいた。その女性の服装は遠くから見ても結構派手めでそのハデさがよく似合う顔立ちと化粧をしていた。慣れた感じの出で立ちだと思われた。その派手な女性と目が合った「あの人」が自分の右手を少し挙げてみせるのか目にはいった。さっきの女性はそれを返事するかのように体を「あの人」の方向に完全に回してから自分の左手で「あの人」の右腕の二の腕部分を軽くタッチしたのが見えた。それを見た真奈津の胸の中から今まで感じたことのない感情が沸き上がってきた。羨ましい。そう本当に羨ましいと思った。あんなに馴れた感じで「あの人」の体を触るのは羨ましい。ひょっとしてあの2人は恋人なのか、それともいい感じの関係なのか。いや、それは違うかも知れない。もしそうだとしたらもっと好き同士がやる仕草が見えるはずだ。今のあの2人の様子だと、ただ久しぶりに会う古い友だち同士かも知れない。そうだ。そうに決まってる。だから普通の友人と待ち合わせして久しぶりあった喜びと楽しさで性別と関係なくボディタッチができるのだ。長い付き合いだからそうできるかも知れない。自分でそう納得した真奈津は、わざわざ安心しそうと頑張った。何故ならそうでもしないと羨ましさと嫉妬で居ても立ってもいられない気分になったからだ。あの2人と少し離れた場所から見てもその女性は結構可愛くて、それで綺麗に見えたからだ。もし、その女性が「あの人」の恋人なら私には絶対勝ち目がない。そう。今日の化粧っ気もなく寝癖までついているのは関係ない。人としてそして一人の女性として桁が違う。存在が違うように感じはじめた。それでは完敗しそうだ。そう思ってしまうほどまず見た目から魅力的な人と思ったからだ。だからか知らないうちに「嫉妬」という感情を、生まれてはじめて感じるほどだ。
また、あの2人が行こうとする場所がどこか気になった。2人は今どこへ行こうとするんだろ。2人の立っている横には横断歩道がある。簡単に挨拶を終らせて信号が変わるのを待っているように見えた2人は、待っている場所から信号を渡っていけばすぐ手前には商店街の入り口がある。あの2人きっとそこを潜り抜けていくだろ。それで2人はおシャレなレストランでおシャレなランチを食べながら楽しくおしゃべりしするだろ。それからおシャレなカフェも行って再び楽しい時間を過ごすだろう。いや各々事前にお昼を済ませてきてカフェだけ寄るかも知れない。けれど、どっちも関係ない。そう。今の私にはまったく関係のないことだ。あの2人は私のことは気づかず、気にせず楽しい一日を過ごすだろ。
そう思っている真奈津に2人が横断歩道を渡って商店街の方に入るのがはっきり見えた。それで、それをだたじっと見つめているだけでなにもできない真奈津であった。そこで真奈津の目に入ったもう一つのものがあった。それはあの女性の穿いている赤いヒールだ。あの女性は高そうなヒールを穿き馴れていそうに見えた。あんな高くて真っ赤なヒールも穿きこなしている女(ひと)には勝てるワケがない。こんな地味でなんの取り柄のない私には太刀打ちできない相手だ。さっきみたいに挨拶代わりに軽くボディタッチするアザトさが出来る女(ひと)に似合うヒールだ。いやそう出来るからこそ、あの真っ赤なヒールが穿けるかも知れない。そう。そうなんだ。
そう思いながらあの2人が完全に商店街に入り、その2人の姿が見えなくなっても座っているまま何にもできず、ぼうとしているだけの真奈津であった。
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