第42話 OLさんと「あの人」#27

朝寝坊して遅刻しかけたのをなんとなく凌げた真奈津は、朝の仕事でもちゃんとこなすように頑張ってみることにした。5分でも遅刻は遅刻だ。その分、一生懸命に仕事をするふり、いや仕事しなければならない。それが社会人であるべき姿だ。まだ入社して3年目、今までできるだけ仕事で抜け目がないように頑張ってきたつもりだ。一度も遅刻したこともなかった。今日がはじめてだ。それのお陰か、今日の遅刻は少し注意される程度で終ったのが不幸中の幸かも知れない。そう思って頑張って朝の仕事にできるだけ集中して抜け目がないように普段より細かくチェックしてもみた。


けれど、心の片隅では今日の計画のことや自分の至らなさすぎにがっかりして怒ってもいた。が、それを紛らすために仕事に集中することにしたのだ。そうしないと今日何にもしたくなくなるかも知れない。こうしている限り大丈夫だ。そう思いながら頑張って朝の仕事をこなした。朝の仕事が終り、いよいよお昼の時間が来た。けれども、今日はお昼に行く気分ではない。どうせ今日の計画もできなくなったし朝寝坊して化粧気もなく寝癖まで付いている今日の無様は自分から見てもみっともない。朝の仕事終りにトイレに寄って鏡に映っている自分の無様さで吐息をはきそうだ。なんで私はこうなのか。不出来な自分を見てるだけで吐気が出そうだった。昨日の飲み過ぎたせいか、それとも本当に自分に気分が悪くなったせいなのか分からない。けれど一つ確かなのは自分の詰めの甘さは生まれつきなのだということだ。中学生から色々中途半端でそれが今まで続いている感じだ。だから名前を弄られて悪く言われたり彼氏にフラれたり浮気もされたりしたのだ。思い当ることはこれしかない。昔から分かっていることだからこれ以上考えてもムダだ。


そう思っていたら時間が結構すぎたしほかにいくとこもないから普段のように学生食堂の方に歩いていくことにした。今日は食欲はない。だからご飯は食べないつもりだ。コンビニに寄ったりもしない。ただ適当にベンチに座りぼうっとしたい。それでどうせ遅れたし「あの人」はもうすでにご飯を食べ終ってどこかへ去っていったはず。だから急いで歩いていく必要もないのだ。下を向いて歩道に目をやりながらとぼとぼ歩いていく真奈津は、つい今の自分の姿も気になるようだった。「マジで無様な歩き方」のように見えてしまうとどうしよう。今の自分の歩く姿を見る通りすがりの人々はきっとそう思うだろ。そう思わざるを得ない惨めな今日の失敗はいやだ。勘弁して欲しい。本当に好きな人ができそうだったので頑張ってみようと思ったのにちゃんとしてみようとしたのに。せっかく心を決めたのになにもできないなんて、いや自分で自分の計画を崩すなんて、バカにもほどがある。どんどんネガティブな感情が沸き上がろうとして自分のことが嫌いになりそうな直前なんとなく目当てのベンチを見つけて座った真奈津は、一つため息を吐いてみた。


学生食堂からできるだけ遠く離れたベンチに座り下に頭を垂らして下を向いたまま目を閉じた。その姿勢のままなんにも考えず、このまま今日という一日が終ってほしい。別に仕事に戻ってなくても誰か私の変わりに仕事してほしい。その間、私はこのままずっとベンチに座っていたい。暖かい春の風を感じながらこのまま目を閉じて居眠りしたい。今日したいことはこれしかない。こうしながら退社の時間が来るのを待ちたい。そして退社の時間が来るとこのまま帰りたい。そうしてしまえば、昨日から今朝ににかけてしでかしたことを早く忘れそうだ。それでまた明日から普通の自分に戻ってこれからどうするかはまたゆっくり考えてみたい。良く言えば立ち直りが早い、悪く言えば単純。こんな単純な自分がイイ、好きだ。こんな自分でありつづけたい。だから今日は今日で失敗したって気にしないでいたい、どうせ過ぎたことだと思えば十分だ。


そう思いながらゆっくり残りのお昼の時間を潰していた真奈津は、顔を上げて目を開けて少し見回してみた。季節はもう春に入っている。桜の開花がはじまってあっちこっち春を感じさせる景色が目に入った。それともう一つ春を感じさせることがあった。卒業式を思わせる服装がたくさん見えた。そうか、もう卒業式か。私もあんなに楽しい生徒の時間を過ごしてきた」と遠い昔のように感じる学生時代の楽しい時のことを思い出してみた。が、今の気分ではぜんぜん楽しくならない。無理して楽しいと思うようにしたくもない。ただなんにも考えずに今のぼうとしている気分のままで今日という一日を終らせてたいだけだ。


かれこれ思っている最中、一人見覚えある人の姿が真奈津の目に入った。真奈津が今座っているベンチの左側の少し離れた場所から見覚えのある人の姿が見えはじめた。その人はゆっくり歩いて真奈津の方に近づいてきている。それではっとなった真奈津は目を反らしたくなった。けれど、一瞬のことで体が言うことを聞かない。ただそのままずっとその人の姿が私の方に近づいてくることを見るほかなんにもできなかった。真奈津の見覚えのある「あの人」だ。「あの人」だという認識だけが頭の中に残っている。それで真奈津は、戸惑いのあまり少し強張ってしまった。


「なんで「あの人」がここにいるの。なんで「あの人」が私の方に歩いてきてるの」

と思っている真奈津のことを知らんとばかりに「あの人」は真奈津の方に笑顔を見せながら近づいてくる。

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