第41話 OLさんと「あの人」#26

「ヤバい」と声が聞こえてハッとなって目が覚めた。あれは確かにお母さんの声だ。毎日聞くおかあさんの声と同じトーンで発する言葉。特に遅れてるようには見えないけど毎朝出勤するとき、いつも同じ言葉を言う癖がついたお母さんだ。いつからああ言いはじめたんだろ。いつもああしているのは不思議と思いながら今の時刻が気になり、スマホの時計を見てみたら朝8時を過ぎていた。その数字が何を意味するのかすぐには理解できなかった。が、数秒その数字を見ていたら半分以上残っていた眠気が一気に跳んで無くなるほどびっくりした真奈津は、「ヤバい」とさっきのおかあさんが発したのと同じ言葉を叫んでまった。それですぐさまらベッドから体を起こして適当に着替えて会社に行くとき必要なものだけ目に入るものだけ手当たりしだい掴んで急いで家を出た。化粧もせず、髪を癖毛だらけのままで「ヤバい、ヤバい」とお母さんみたい叫びつつ家を出かけた。


遅刻しまい、一刻でも早く会社に行かなければならないという一心でとにかく無事に会社にに行けますようにと願うだけだった。歩く速度が遅いので小走りでバスに乗り場へ行った。バス乗り場に着いて、まず時刻表をチェックした真奈津は、今の時刻も確認した。普段バスに乗る時間より少し遅くなってしまったけど「ぎりぎり乗れそう」な感じだったので少し安心できた。まもなく会社に行くバスが見えてそのバスに乗った真奈津は、会社に行くまでの15分ぐらいの時間でも落ち着かせるようにした。無事バスに乗れたし安堵して一つ深呼吸してみた。


それから何か忘れ物はないのかもをチェックしてみようとした。そうしてみたら一つ、あるはずの物が見つからないことに気づいた。確かポーチの中に入っているはずのアレが見当たらない。しまった。慌てて家を出てきたら持って来るはずの物を忘れてしまった。「あの人」に返さなければならないアレ。「あの人のハンカチ」をうっかりしてしまったのだ。確か昨日、日曜日に完全に乾いたハンカチを丁寧に畳んで机の上に置いてあった。


まず、土曜日はお母さんが家を空けたスキを狙って「あの人のハンカチ」を洗って干しておいた。それを見ながら早く乾くのを待っていたらあまり落ち着けない気がした。それで家の近くにある散歩道に出かけたりテレビを観たりしながら日を過ごした。日曜日は早く週末が終るのを願いつづけるだけだった。そうしながら明日の計画を考えてみたが、考えれば考えるほどそわそわしてしまいそうだったので、またお散歩に出かけた。音楽を聴きながらゆっくり歩こうとした。土曜日よりは少し長く、汗をかくくらいで歩いた。それで家に戻ってシャワーを浴びてごろごろしながら残りの暇な時間を過ごしみる。それでもまだ日が終るのは早かった。それで自分の部屋に干してあったハンカチを見て乾き具合いを確認したり色々考えていたらまた落ち着けない気がしたので金曜日に買ったビールのことを思いついた。久しぶりに飲むビールは美味しかった。落ち着きを取り戻したい。方法が分からなかったからビールでも飲んで時間を潰そう。そう思って自分の部屋でビールを飲みながら明日の計画を考えたりしていたら、いつのまにビールを2本も飲んでしまった。それで時刻もそろそろ10時を過ぎたし眠くなったなったので空き缶を片付いてハンカチの乾き具合いを確認して畳んで丁寧に机の上に置いてあった。寝る準備が終ってベッドの上に倒れるように俯せになり目を閉じたら知らないうちに寝落ちした。


バスの中で昨日のできごとを思い出したとたん「わたしってホントだらしない」「なんで忘れてしまっただろ」など自分を叱咤するかのように自己嫌悪的な言葉を、バスの中で呟いていた。頭が痛い。ビールを飲んだことを思い出したらいきなり頭痛が走ってきた。それでもっと自己嫌悪に陥りそうになりぶつぶつしてしまった。「昨日の酒はいかなかった」。今日の計画の心配で週末ずっと居てもいられない状態で酒を飲まずにはいられなかったと言い訳の念で自分を説得してみてもダメだった。ここ最近あまりビールを飲んでいなかったせいか、久しぶりに飲むビールは美味しかった。それのせいか、ビールを飲んで心配を忘れたい。ビールを飲んで寝落ちしたい。そう思ってついたくさんのビールを飲んでしまったのだ。そのせいで今朝、普段のようにお母さんに起されても目覚めるどころか熟眠までした気さえした。


元ならば2度目に起こされる時、ぜったい起き上がるはずだ。なのに今朝は2回も目覚めずぐっすり眠っていてしまった。お母さんの「ヤバい」と言う癖がなかったらそのままずっと眠っていてしまったかも知れない。それで、挙げ句の果て今日は完全に会社に行かない結果になったかも知れない。もしそうなってしまったら、もっと大変なことになるかも知れない。それに比べると2、3分遅刻する程度で終わるこれの方がましだ。これならたぶんそんなに怒られず、もしくは何も言われず普通に自分のデスクに普段のように、座れそうで大丈夫だと思っている。それで十分だ。と、あれこれ考えてるうちにバスは真奈津が勤めているの会社のビル近くにある停留所に停った。


バスから降りた真奈津はもう一度息を肺の中にいっぱい吸い込んで深呼吸をしてから右のほうをちらっと見てみた。元なら今日の昼の時間に訪れる予定の場所だ。よく行ってるから今日も一応行くつもりだけど、肝心な計画がバカな自分のせいで崩れてしまい、うまく進めなくなるような気がして残念に思っている。だらしない自分のせいだ。せっかくの計画がダメになってしまうのは寂しい。でも仕方ない。今日できたことはこれ以上悩んでも意味がない。仕事に遅刻しているしそれを優先した方がいい。そう思って早く会社の方に足を運んだ。結局5分くらい遅れていってしまったので部署の先輩に少し注意されたが、これくらいで済んで安心した真奈津はラッキーだと思って一応朝の仕事に集中してみることにした。


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