第38話 OLさんと「あの人」#23

真奈津は自分の左膝の怪我を手当てしてくれた知らない男のことが気になり、ご昼飯もままならず、その男の後をついて行くべく慌てて学生食堂を出た。まだ「あの人」への「好き」という気持ちには確信はない。いくら何年前「あの人」に一度親切されてから今日もまた偶然「あの人」に助けられたにせよ、人の後をついて行くのは良くない。今真奈津がしようとすることは、昔自分がされたことと似ている。知らない人の後をついて声をかけたりするのはあまりにも無礼または怪しい行為に当てはまる。それこそその行為によって起きた物事の被害者である真奈津本人がしようとするのは、辻褄が合わないかも知れない。しかし「こうするのは良くない」と分かってていても、さっき感じた「好き」と言う気持ちをどうしても確かめなければならない気が勝っている気がしてならない真奈津であった。少しでも礼もしなければならないし真奈津なりには理由があると身勝手に自分を説得して納得したものだ。


「大丈夫、悪いことをするわけではない」と呟きながら、遠くから「あの人」の後を歩いていくついて真奈津は、さっき「あの人」への想いと感情は今まで味わったことのないものだと改めて気づいた。あのような感情の昂りとドキドキ感は今まで感じたことのないものだった。だからか新鮮味があった気もして不思議に思ってしまうほどだった。それと「もしこれが恋というものならどうしよ」まで思った。なので、それを確認してみたくなってしょうがないのだ。けれど、「あの人」の後をついて行って、その後なにをどうすればいいのかは分からない。それももう一つの心配であった。「声をかけてありがとうございますと気持ちを伝える」「ついでに連絡先を聞けば十分」と簡単に言えることかなと心配なのだ。そう心配しながら、果たしてそれがうまくできるものかなと思いはじめたら心配で諦めたくもなる。一度否定的に思い始めたらどんどんネガティブな感情が強くなるのを感じた。


「今の私には到底無理」とまだなにもしてないのにいとも真奈津らしい感情が勝とうとする瞬間だった。一瞬でも自分から誰かを好きになるのは無理だと思った真奈津は、そう思いはじめた瞬間「あの人」の後をついていくのが面倒くさくなった。元々面倒くさがり屋の真奈津には、昔から何事に対しても一度面倒くさいと思いはじめたら、やる気がなくなるの悪いクセがあった。それのせいか、真奈津が「あの人」の後をついていく歩き速度が普段よりやや早かったのが、徐々に元の歩きスピードに戻っていくのを真奈津自分でも分かるほどだった。「何分歩いたんだろ」「あの人はどこへ行ってるんだろ」と半分諦めかけているかのように、真奈津には雑念が生れた。それとともに今日するべきだった計画を考えながら余所見をしている。元なら桜の花の咲き具合いを見ながらキャンパスでのお散歩を楽しむべきだったのに、計画通りにできなくなってしまった。それが残念な気がしたけど、こうなってしまった以上、やるしかない。だから「計画は計画でこれはこれ」と今しなければならない事だけを集中した方がいいと思い、少し心を軽くするようにした。そう思っている最中、真奈津から少し離れて歩いていた「あの人」が入ろうとする建物が見えた。「確かにあの建物は大学の図書館だ」と思った真奈津の目に入っのは白い建物の姿だった。


いとも図書館らしい色で真奈津が大学生の時によく通ってた場所だ。親友のミカちゃんはもりちろんのこと、他の仲間たちと勉強に行ったり、授業の後の待ち合わせ場所にしてたりする定番の溜まり場だ。真奈津が卒業した大学出身なら誰し知っている場所で勉強に行くより友だちと待ち合わせるために行く回数が多いほどの場所だ。その白い建物を見て久しぶりに懐かしくなった真奈津であった。それでふと「あの人はあそこになにするに行くんだろ」と疑問に思った。「あの人」の歳は見た目からは真奈津が思うには、自分と同じか少し上かも知れない。たぶん大学生ではない。ならば、職員さんかそれとも院生なのか。それとも何かこの大学に関係のあることをしているようにも見えた。など、色々頭の中で「あの人」のことを考えてみた後、一つの結論に達した。「やっぱりどんな人なのか知らないし、人目が多い場所で声をかけるのも気が引ける」など自分がしようとすることは良くないような気がして、結局その場で立ち止まってしまった。そのまま遠くから「あの人」の後ろ姿を見ながら少し悩んでいた真奈津は、本当に諦めたかのようにその場で立ったまま、深いため息をしてから、そこから踵を返して最初に歩いてきた学生食堂の方へ戻ることにした。


「残念ながら私はここまで」「今の私には誰かを好きになるどころか誰からも好かれることすらできない」と自信なさのあまり自分を貶すかのようにネガティブなことを考えてしまう真奈津だった。それで学生食堂の方向へ歩いていく途中にある、一つの大きな植木に綺麗に咲いている桜の花が目に入った。昨日雨で桜の花びらがあっちこっち落ちていた。その花びらはまるで情けない自分の気持ちのように見えて寂しくなった。


「どうせ私には恋なんてできない」と誰にも興味を持たれない道ばたに落ちている花びらみたいになったかのような気持ちだった。断念の思いでぶらぶら歩いて植木のほうに近づいていってみた。近づくにつれ、桜の木の下に何人かの大学生の群れが見えてきた。楽しくお互いに写真を撮り合ったりしながら早い花見を楽しんでいる学生たちの姿をみた真奈津、自分も少しでも憂さを晴すために花見をしてみることにした。しかし、綺麗な桜の花を見ても気持が浮かないしムシャクシャするような気もした。そのとき、一つのことに気づいた。あの木に咲いている桜の花の量は他の木より多く見えた。「確かにあの木は昔からこうだったような気がする」と思った真奈津は、もっとあの木のほうに寄ってみることにした。いざ近くでみたら確かに他の木により咲いている桜の花の量が多かった。満開の時よりは少なくても早い開花としては悪くない咲き具合いだ。それを見て少し気が晴れたような気がしたか、「せっかくだし久しぶりに写真でも撮っておこう」と思って携帯をポーチから取り出して弄ってみる。その瞬間、微かな匂がしてそれを嗅いだ真奈津ははっとした。暖かい日のポカポカした春日和で、このような日に嗅ぐ桜の花の匂いは人の心を動かせるほどの力がある。


地面に落ちている桜の花びらをみて自分の「恋心」が落ちたかのように思って寂しくなった真奈津は、戸惑いの声を洩らしてしまった。


「私、本当にあの人のことが好きになったみたい」

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