第35話 OLさんと「あの人」#20

何秒、何分、どれくらい時間が過ぎたんだろう。目の前から知らない人に手を伸ばされて怖くなって両目をギュッと閉じたままの真奈津は、「怖い、また襲われちゃう」と思いつつけるだけで何もできなくなってしまった。あまりの怖さで目から涙も出そうだった。そうにも関わらず座り込んでいるままの状態で時間が止ったかのような気さえした。そのとき、真奈津の左足に何かが当たる感覚があった。その部分は確かに真奈津が床に膝を打って血が出ているスポットのはずと目を閉じたまま考えた。そう考えているとき、傷口を何かで擦られている感覚がしてきてそれとともに少し痛みが薄れていくような気がした。


それを不思議に思った真奈津はギュッと閉じていた両目を少し開けてみることにした。ゆっくり、ゆっくりと右の瞼から左の瞼順で開けて両目を半開きにして確認してみたら、目の前に見えたのは誰か知らない男の姿であった。その男の姿と見たとたん、ハッとなりまた両目を閉じてしまいそうだったのを、その男が自分の右手でなにかハンカチみたいなので真奈津の左足の膝を丁寧に押さえながら血を拭いてくれているのに気づいた瞬間驚きのあまり、このまま「あの人」のしていることを見ているだけで何もできなくなった。真奈津は今この一瞬自分に起きていることがなんなのか、頭では理解できないていた。


床に左足の膝だけは立たせた状態で右足は正座の姿勢で座り込んでいる真奈津の膝からでている血を拭くために、自分の両膝を床についている知らない男の姿、その姿が目に入った真奈津はびっくりした。知らない男に自分の怪我を手当てされることはもちろんのこと、それをするために夕べの雨で泥水になっている床のことをものともせず、自分の服が濡れるのを心配せず真奈津の怪我を滑らかな手動きで丁寧に自分のハンカチで押さえて手当てしている男の姿には心が揺らぐほどの光景であった。それで「この男はわたしが自分のことを見ているのに気づいてない」と思った。そして、そう「あの人」を見ている途中、もう一つのことを思いだし「ヤバい」と思ってしまった。


それは今真奈津が穿いている下着のことだった。今日の真奈津のパンツの色は確か真っ赤だった。夕べ今日の予定である「おしゃれの日」の準備をしている時、何となく「久しぶりに穿きたくなった真っ赤の下着」のことだった。いわゆる勝負パンツ定番の色で、時々穿くものだった。今日は別に何か勝負事をするつもりでもなかったのに穿きたくなり今朝の支度のとき結局穿いてしまったあの真っ赤なパンツ。その真っ赤なパンツのことを思いだした真夏はいきなり顔が真っ赤になる感じがした。何故なら今自分が座り込んでいる形だと「あの人」が自分の膝の怪我をみている角度は下斜めでちょうど真奈津の股間が見える角度だったからだ。「この角度だと確実に自分の真っ赤なパンツが見える」とこの場に及んでも怪我より下着の色やそれが見られるかなど、余計なことを考えてしまう真奈津であった。


それでもこのことを知らない男は、真奈津の股間から真っ赤な下着が見えるかどうかは気にせず真奈津の怪我にだけ集中しているように見えた。いや、ただ真奈津の思い込みかも知れない。けれど、真奈津は「別にこの男にはパンツくらい見られても対丈夫」と思った。何故か解らないけど、この滑らかで丁寧な手動きを見ていたらなんとなく「パンツくらい一度見られても大目にみてあげる」と思ってしまったのだ。

普通の男なら「あわよくば」と思って厭らしい目つきで見られがちなのをこの男だけは違うような気がしたからだ。そのときだった。一つのことが頭をよぎた。何かしらの出来事で自分が大変なことになり、知らない人に助けられた経験。昔も似ていることがあったあの時も男に助けられて、今も男の人に助けられている。まるでデジャブを見るような感覚だった。今わたしの目の前にいる人がさっきスマホを拾おうとしたときお尻にぶつかってきた人で怪我させた人かも知れないのにそれはもう真奈津にはどうでもいいことになった。ただ目の前にいる男の人が何か特別な存在のように見え始めたのだ。


真奈津がそう思いはじめた瞬間、目の前にいる男の目線が下から徐々に上がってくるような気がした。それで、つい真奈津は目の前の男と目が合ってしまった。ただ目の前の男が自分にしていることを少しみるつもりだったのが、うっかり見惚れてしまいずっと見ていてしまったからだ。目の前男と目が合ったとたん、真奈津の心では何か一つの感情が浮かび上がってくるような感じがした。それがなんなのか気づいた瞬間、つい口で漏らしてしもいそうだったのを堪えながらこう思ってしまうようになった。


「どうしよ-、わたしこの人のこと好きになっちゃったかも」

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