第34話 OLさんと「あの人」#19

お昼に行く時間になって足早に部署を抜け出してもう一度、今日のスタイルのチェックをするためにお手洗いにちょっと寄ってみた真奈津は、問題ないと確認してから会社の建物から出てた。それから学食に歩いて行きながら今日の予定をもう一度反芻してみた。「早く学食を済ませてからキャンパスの中を散歩する」「開花した桜の花を見たり、新しく買ったアクセサリーや靴のスタイルもチェックすること」「成功的なダイエットの結果を楽しもう」などを思いながら学生食堂に入って真奈津の足取りは、とても軽かった。久しぶりにおシャレした気もしたし、まだ早いかも知れないけどお花見を一人で自由にできそうで今日の計画が問題なく進みそうだったからだ。


アップテンポの軽いフットワークで歩き出した真奈津の機嫌は、今日一日だけは気分が絶好調のようだった。久しぶりに味わう活き活き感で踊られそうだった。それでまだ学期ははじまってないことと夕べの大雨のせいでお昼に行くときに見る人の数も普段より少ない気がした。そう思って「今日の予定がスムーズに行きますように」と願ってもみた。ただ一つ心配なのが、夕べの雨、いわゆる桜雨で今日のお花見が予定通りできるかのことだった。けれど、まだ桜が開花したばかりで、今日はあくまで開花した桜のお花見の初日の試しとしてするわけだから十分だと思うようにした。あまり心配すぎるのも良くないと思ったからだ。そう思ったら少し気が軽くなった真奈津は、それ以外は難なく楽しい一日になれそうと思いながら学生食堂の入り口に入った。


入り口に入って少し歩いていたところで財布を取り出そうと思い、普段から持ち歩いているポーチの中を探るために歩くのを止めてその場で突っ立っててポーチを開けて中を確認してみようとした。その時だった。真奈津は無意識的に普段持ち歩いているポーチの中から財布を取りだそうとした。そのポーチの中には会社のビールから出るとき入れてあったスマホとそのスマホにぐるぐる巻いてあったイヤホンが一番上に置いていた。そのスマホとイヤホンを先に取りだし財布を取ろうとしたのが手を滑らせてスマホとイヤホンを持ちあげたとたん、一緒に落してしまった。


それで真奈津は「もう、また携帯落しちゃった」と呟きながら、自分の足下の少し前に落ちているスマホとイヤホンを拾うためにくすこし腰を下ろした。そのとき、屈みかけていた真奈津のお尻に誰かの体が当たるのを感じた。その感覚は結構思いきりぶつかった感じだったし、そう感じたとたん「きゃっ」と大声で悲鳴の声を出してしまった。真奈津が自分のスマホとイヤホンを拾ろうとして行動して少し前に屈んでいたただ1秒もすぎてない内に起きたことだった。


後ろから知らない人にぶつかり体のバランスが崩れた真奈津は、そのまま前のめりで前に倒れている。そのとき無意識的に出した両手で完全に倒れて大怪我するのを避けたものの、床に左脚の膝を打ってしまった。一瞬の出来事だった。両手と左脚の膝に痛みを感じた真奈津は、そのまま床に正座するかのように座りこんでしまった。床に座りこんで、さっき床にぶつかった左脚の膝から物凄い痛みを感じ始める最中、その部分から何か液体らしきもが流される感覚がした。


それを確認するために右の足だけ正座している姿勢から左脚の膝だけを立たせて確認してみたら、赤い液体が出ていた。それを見た真奈津は「痛い」と声を漏らした。それとともに久しぶりに感じる痛いという感覚と「血」というものにびっくりしながらも一瞬の出来事で何が起きたか分からず戸惑っている。それで、今後ろからぶつかってきた人が誰かは知らないけど、その人のことが憎くなるような気がした。特にあのぶつかり方だと「絶対男の人に違いない」と思われたし、誰か変態が自分のお尻を狙い隙を見量ってわざとぶつかってきたと思いこんでしまった。


それでこの知らない変態やろうに何とかしようと思った。けれども、左脚の膝の痛みが強かったせいか、床に座りこんでいるまま膝から流れ出た血を見ているだけでなんにもできなくなってしまった。そのとき、誰か何かを言ったかのような声が聞こえると同時に目の前に突き出された人の右手とその掌の中にあるなにかが目に入った。しかし痛みと戸惑いのため、それがなんでいったいどんな状況なのか見当もつかなかった。


その瞬間いきなり過去の怖い経験が頭の中で蘇る感覚があった。何年も前の出来事、あの夜の出来事。親友のミカちゃんの誕生日パーティの後、ミカちゃんと二人だけで女子会をやった。そのその帰りに一人だけ残り暗闇の路地裏の中で知らない男に後をつけられて襲われた。そのときストーカーに遭いかけた。ストーカーの男に後ろから襲われ口元を手と雑巾みたいなもので覆われた。その感覚と経験はあまりにも衝撃的だった。何年も過ぎたことでもうすでに忘れたと信じていたその経験が、今また恐怖とともに再び蘇ようとしている。目の前から知らない人に手が伸ばされるのを襲われることでそれを恐怖と認識してしまったのだ。あの時の怖い経験はもうすでに過去の経験になり今の真奈津にはなんの影響もないと信じていたものが、改めて過去の怖い経験の記憶が蘇てきて真奈津を苦しめようとする。


その恐怖のあまり真奈津は思わず両目をギュッと閉じてしまった。それで思ってしまった。「怖い、また襲われちゃう」と思いながら、自分の身体中がおどおど震え出す感覚があってもっと怖くなりそうで目から涙も出そうだった。

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