第32話 OLさんと「あの人」#17

人は誰しも羽目を外したくなるときがある。欲しいものを買ったり、海外旅行に行ったり、高い食べ物と食べたりなど、普段はしないことをしたくなる時があるものだ。真奈津もそうだった。理由は解らなかったけど、真奈津は久しぶりに羽目を外したくなってしまった。真奈津が今の会社に入ってからちょうど2年が過ぎた去年の秋、少し心に余裕ができはじめた。心に余裕ができたせいか、普段はあまりしないことをしたくなった。仕事終わって家に帰ると一人でいることが多い真奈津は、一人で出前を取って食べたり晩酌をしたりした。普段ならお金が勿体ないし、あまり食べないからしないはずのことをしてしまったのだ。そうして食べすぎ飲みすぎてきたせいが、新年になったまもないある日、真奈津は部屋にあるスタンドミラーに映された自分の姿を見て久しぶりに「やばい」と思ってしまった。一目でも体重が増えたと確信した。それで実際に体重を量ってみたら、本当に体重がやばくなりぞっとしたほどだった。自分の体重の数字をみてショックを受けた真奈津は「さすがに心の余裕は人を油断させるんだ」と思い、ダイエットを決意した。


もちろんダイエットと言っても一所懸命に運動をすることではない。普段通に食べる量を減らしたり家の近くにある散歩道を歩き回ったりするだけだ。冬なのでそんなには運動に出かけないかも知れないが、少しでも天気が良いときは出かけて歩いたりしてきた。それらをおおよそ2ヶ月しつづけたある日、体重を量ってみたら漸く元の体重に戻った。それでやる甲斐を感じて気持よくなった真奈津は、自分にご褒美をしようと決めた。


その褒美というのは、以前から欲しかった新しい靴を買うことだった。元々足が細い真奈津は、親友のミカちゃんに「これだけは顔負け」と言われたり、羨まがられたりした覚えがあった。それのせいか真奈津は自分の脚を自慢していた。その自慢の美脚が体重が増えて太く見えたことでかなりのショックを受けたほどだった。そのショックがあってからこそダイエットに頑張れたのか、ダイエットに成功した今は元の細い脚を取り戻すことができて、嬉しい気持になった。それで、その頑張りのご褒美として新しいアクセサリーや靴を買おうとしたのだ。


しかし、後一月ほどで季節は冬から春に変わるので、春の雰囲気に合う靴を選んで買っておこうとした。特にこだわったのが、制服に合うかどうかだった。会社の制服のデザインこそ気に入ったものの、色は少々ダサかったので、そのデザインと色に釣り合うような靴のデザインと色を考えて購入しようとした。会社に行くとき穿く靴なのでド派手なのはダメだから、あまり目立たないぺたんコで薄いピンクの色が帯びた紫色のシューズを選んだ。それでその靴の宅配が届いて実際に色々服と制服に合わせて穿いてみたら、自分の想像通に制服となんとなく合っていたし、スタイルアップになれそうだった。そして、早くその靴を合わせて穿く日が来るのを楽しく待っていた。


いよいよ真奈津が待ち焦がれていた春が来ている。季節は少しずつ春の彩りを見せはじめた。真奈津は今日のランチは出かけ行き着けのコンビニでおにぎりと飲み物を買って好きなベンチに座り適当に食事を済ませながら人の見物をしていた。数少ない真奈津の趣味の一つは、お昼の時間にベンチに座って通りすがりの人々を見ることだ。いつ、こんな趣味を持ち始めたのが自分ではよく覚えてないけれど、別に変なことを考えたりしないし、世の中の誰も時々こういうのをししているのではないかと、悪いことはしていないと自分を説得してをして罪悪感を持たないようにした。それでその趣味が今まで続いていて、真奈津の趣味の一つになったのだ。


まだ3月の初旬なったばかりなのに、例年より気温が暖かくなった気がしたした。ニュースでは、例年より気温が暖かくなるそうで、今年の桜の開花も早まるのではないかと予報がでた。そう考えていたのは真奈津一人だけではなさそうだった。なんとなく今年の春は普段より人通りの数も増えたような気もした。その人通りの中で今日は特に大学生らしきカップルの姿も増えたような気がした。その人たちのことを見るとなんとなく学生時代の事を思いだした。「昔の自分もあんな幸せな顔で楽しい大学生生活をしていたのかな」と考えてしまった。


真奈津は自分もまだ20代なのに仕事し2年を過ぎると少しはあか抜けた社会人になった気持だった。その思いのせいで、自ら大人ぷってしまうのかと不思議に思ってしまった。まさか自分がこういうことを考えるとは思わなかったからだ。それほど大学生という立場は特別感をもたらすものだったとつくづく思った。もちろん嫉妬ではなく羨ましい目でみがちになったのである。まるで街のおばさんみたいになったような気さえした。


それでもう一つのことを考えていた。真奈津が前から待っている日が近づいているということをだ。先週のある日見たニュースによると今年の桜の開花の時期が例年に比べ、少し早くなるそうだった。それでそのニュースで取り上げられた日が明日だ。その予報をみたとたん、桜の開花がはじまる週の金曜日を「おしゃれの日」に決めたのだ。金曜日だし久しぶりに細やかな一人だけの華金を楽しみたいと思い、今週の金曜日にこの前買っておいたアクセサリーをつける、シューズを穿く日に決めておいた。まだ火曜日だったなので一日が早く今日が終わり金曜日になるのを期待していた。

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