第25話 OLさんと「あの人」#10

あのとき、私を助けてくれたあの男にまちがいない。それでもうひとつ思いだいたことだあって、またハンドバックの中を漁ってみた。それで見つけたのがダサい柄のハンカチだった。今時ハンカチを持ち歩いている人いないと思うし、それこそ、こんなダサい柄のハンカチはなおさらだ。たぶん自分のおとうさんくらいの年齢の人ならともかく、若い男性がハンカチを持ち歩いてることはぜったいないはずと思った。


そのダサい柄のハンカチの持ち主の名前こそ覚えてないが、あの男のものにちがいないと確信した。しかし当時のことを思い返してもあの男はそんなに年上にはみえなかった。同い年または20代半ば程度だった気がする。


それはともかく、あの男には礼を言わないと思って電話をかけてみようかと思った。しかしもう一度考えなおそうとした。もう夜遅いしクリスマスだということもあり、一度やめることにしたのだ。「クリスマスの夜遅い時間に女から男に電話をかけるのはよくない」とどうでもいい妄想が理由だった。この時も真奈津の妄想壁は相変わらずだった。


それで一応暗闇の中でベッドの上でずっと座っているのもあれだし、部屋の電気をつけとおこうとして腰をあげた。電気をつけた。電気がついた自分の部屋をみまわしたら「わたし、本当に生きているんだ」と生きていることの喜びと有り難さを人生はじめて学んだ気がした。


それで一枚の付箋がバックの真横においてあるのをきづいた。ゆっくり歩いて行ってみた付箋には綺麗な字で何かが書いていた。字からみると、おかあさんの字だった。こどもの頃から自分の親から譲りたかったことの中で一番の欲しい能力。綺麗な字が書けることだった。他はなんとなく親譲りなのもこれだけは譲られなかった。それを残念に思うほどおかあさんの字は綺麗でことばも丁寧だった。この母の字を真似したくて何度か練習したことがあった。しかし、集中力の問題のか、いくら練習しても綺麗な字が書けない。そのせいもあって真奈津には母の能力が羨ましかったし、親ゆずりの顔や性格よりこの能力こそが真奈津が一番欲しいものだった。しかし残念ながらこれは一生叶わぬことだと気づき諦めた記憶がある。その母の付箋の字を見て懐かしい気分になり、今まで緊張してピンとなっていた神経が解れるような気がした。「やはり家がいちばんいい」と思った。


けれど、その付箋を読んでみたら、文脈はしょうしょう怒りっぽいものものだとわかった。付箋を読み終えてからくすっと笑ってしまった。この笑いこそ今真奈津にほんとうに自分が生きているのを実感させたことだ。それをなんとなく感じで付箋にかいてある内容で安堵の涙さえポロポロ流してしまいそうだった。

「いつまで寝てんの。酒臭いし化粧はどろどろで服も着替えず眠りっぱなしだから」

「ママが適当にあんたの好きなパジャマに着替えさせておいたからね」

「カレー作って冷蔵庫にいれておいたからあっためてたべさない」

懐かしい気分にさせてくれる内容だった。


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