第20話 OLさんと「あの人」#5

人に何かが起こる時は前兆がある。今晩真奈津に起きていることにも前兆があった。しかし真奈津にはわからなかった。わかっていはいないものの、違う選択をしていれば大事にならなかったかも知れない。さっきの居酒屋から忘れ物を取って駅に戻ろうするとき、普段ならぜったいに入らない路地裏のほうへ自分で歩いて入ってしまった。道に迷ってしまったのだ。酔いで怖がらず、この方向に間違いないと信じて入ってしまったのだ。それがダメだったのだ。それを狙い、この怪しい男がついてきたのだ。


「死ぬ、わたし死ぬ」と思いはじめた瞬間涙がではじめた。それで腕も足も震え始めた。震いで体から力が抜けてこのまま男にされるままに従うしかない。自分の無力さとなんでこんなことされるのかの惨めさなどで涙がでてしまった。


男が荒い声で何かを呟ていた。けれど、あまりにもの怖さで全然耳に入ってこないし、今でも何を言われたのか覚えてない。いや思い出したくないから自分の脳みそが勝手にその記憶を削除したかもしれない。数々の犯罪被害者の証言とかをインタビューの映像でみたのことがあった。「自分が犯罪されたときのことをよく覚えてない」という証言が多いのにあざ笑ったときが一度あった。


「バカであるまいし、そんなことできるかな。自分に起きた一大事をそう簡単に忘れるってね」となんとなく皮肉っぽくに言った覚えがあった。それを今よりによって自分が犯罪の被害者になろうとするとき思い出してしまった。


「わたし、なんにも悪いことしてないのに何故」

「わたしが犯罪の被害者たちを悪く言ったからなの」

「わたしはただ人に優しくしただけなのに」

「この男はいったい誰なの」

「わたし、わたし、、、このまま死んじゃうの」など役にたたないことばかり思ってしまう。

「ほんとうに犯罪の被害に遭うとこうなるんだ」と実感してしまう。


それで自分の口を塞いだ男の手に包まれたものがなんのか一瞬きになった。ホント真奈津は自分の頭がおかしくないのか自らのことを変だと思ってしまうときがあった。今がそうだった。けれど、今回ばかりは事件に巻き込まれて、怖さのあまりにパニックってるかもしれない。たぶんとこれもまた後程、過去のことを思い出したとき自分で納得した。


男が右手で真奈津の口を塞いでいるものは雑巾だった気がする。微かな臭いがしてきた。「これはたぶん雑巾だ」使い古した雑巾のかび臭い臭いと繊維の感覚からこれは間違いなく雑巾だった。


それを感じた瞬間思い浮かんだ自分の死の殻、「わたしはこの男に悪いことされて殺されてこの臭い雑巾より臭い死に殻を残すのだろ」「それはいやだ、わたしまだやりたいこといっぱいあるし」「海外旅行もしたいし、素敵な人と出会いたいし」などこの場に及んでどうでもいいことを思いながら昔、自分が振った男の子たちの顔が浮かんできた。


「ごめんね。みんな。わたし悪かった許して」と思いながら諦めかけていた。

しかし、このまま死ぬのはぜったいやだと思う自分もあった。なのでなんとか頑張って逃げようとした。そうするため震える体に力を入れみた。このままだと確実にあの暗闇中に連れていかれる。この路地にはいくつかの敷地があってすぐ前には小さな駐車場がった。料金が高すぎて誰も車を停りそうにないあの駐車場。ただ一台だけ高級車っぽい車が停っている。もちろん当時の真奈津には車が停っているあの車の車種や色などを全然おぼえてない。


しかし、運命っていうのはイタズラが好きみたいだ。何故ならこの車のお陰で真奈津の命が救われることになるからだ。


とにかく今はただこの変態野郎に連れていかれるのをどうしても止めたかった。それでやっと小声で言ってみた。


「すみません。トイレ。。行きたい」

「あん、なにふざけやがる。トイレだと。黙れ」

「た、助けてください」

「うっせ。死にたくなければ黙れ」と男は怒りだしはじめた。

このままだと本当に殺されるのではないかと思って出きるだけ男を刺激しないようになだめるように静かな声で違うことを言ってみた。


「じゃ、財布鞄のなかにあります。それ持って行ってください」

「あん、財布だとふざけんじゃんねえよーそんな要らない」

「じゃ、なにがほしいですか」と口が塞がれ男に自分の声がよく聞こえるのが心配だったけど、諦めずいいつつけてみる真奈津だ。


「あー、黙れっつんだ。マジ死にたいのか」と男を脅迫に脅えはじめた。これ以上男を刺激すぎると本当に殺される。それで一応この男の言う通に従うことにした。男は左手で真奈津の左首をにぎりしめていた。中肉中背にみえる男は、相当力か強かったし、並みの女性にはほどけない強さだった。


真奈津は男に後ろから身を包まれた形で背中を押されながら駐車場の方につれていかれている。たぶんそのすぐ横にある路地裏のほうを狙ってるんだろと思った。そのときだった。男は焦りだしたのか、真奈津の左手首を握っているまま自分の左手を真奈津の右の胸元にあげて真奈津の体を浮かせた状態にした。もっと早くつれていこうとした。こんな時に発揮する男の力は強すぎるとはじめて実感した。男の手に自分の胸が触れる。右の乳首に男の指が触れる感触があり、右乳首が押されるのを感じた。それがいやでいやでそれだけはしてほしくなかったので男に気づかれず、自由な右手で少し自分の左手を下にずらしてみようと試みたけど、結局できなかった。体に力が入らないのだ。


最後の最後までなんにもできないで、このままされるがままに諦めるのはいやだった。それで駐車場の横にある路地裏の出入り口のたどりついたときもう一度声を絞り出して言ってみようとした。さっきよりは大きく力が入った声で言ってみようとした。もしこれも聞いてもらえなかったら諦めるしかないと、半分自暴自棄になってもう一度言ってみた。


「あの。。すみません。命だけは。。」

「言われること全部しますから、お願いします」

「ふ、服は自分で脱ぎます。。。」と自分でなにを言っているのかわからない。ただなんでも言ってみた。それを聞いた男は怒りが増して我慢できなくなったのか、殺気を含めた大きい声で怒鳴った。


「てめーマジ殺すぞ。もう俺のことなめやがって、じゃやってやるよ。そんな死にたけりゃ」と本当にピンチになったのを感じた真奈津は諦めるしかないと思った。


「本当に終りだ。おかあさん、おとうさん、そしてミカちゃん、ごめんね」とまるで悲劇のヒーロインにもなったかのようなことを思った瞬間、後ろから低くて力の入ったトーンの男の声が聞こえた。


「おい、てめえ、俺の友達になにやってんだ」

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