第15話 カフェのバイトさんと「あの人」#15 最終話
「あ-、しんどい」とつぶやきながら明美は石階段に腰をかけてみた。いったい何がしんどいのか、それの原因はなんなのかなど頭の整理が必要だった。
「あの人」との鉢合わせは予想外のものだったので戸惑い半分うれしい気分半分だった。故に、「あの人」とうまくおしゃべりもできなかったし自分が何を言ったのか、「あの人」に何を言われたのかさえ覚えてない。ただあのとき感じたことや気分は今まで身で覚えている。
あれは明美がずっと夢みていたスローモーションだった。本当にスローモーションを経験したのだ。もしそれが明美の錯覚だとしてもそう信じたかった。それで十分なのだ。しかし一つ気にかかったのはなぜ彼氏の田中君とではなく「あの人」との間で経験したのかということだ。しかも「あの人」と2人きりで、プライベートでおしゃべりしたのは今日がはじめてだった。
「わたし、そんなに切羽詰まっていなのか」と疑問に思っている明美だった。
映画やドラマでみるスローモーションって愛し合っている人同士で経験するようなことだと思っていたが、それは違うみたいだ。愛とかは関係なく何かに惹かれてその惹きつ惹かれつの関係で生まれるのも知れない。自然にできることかも知れない。普通に知り合って「好きです、付き合ってください」的な関係では経験しにくいものなのと自分で結論づけて納得してしまいそうだ。そうしないと今日、こんな気分になった自分のことを嫌悪してしまいそうだからだ。
「私、こんな軽い女だったのかな」「普通に恋愛して普通に結婚したかったのに」
「田中君って私の望んでいたカレではなかったのかな」など自己嫌悪なりそうだった。
しかしこれはあくまでたまたま状況的なことだと、まだなんにもしてないからそこまで真剣に考える必要はない。そう。そうなんだ。今一番優先すべきことは彼氏の田中君との間で起きたことだ。まずそれをはっきりして解決する必要だあるのだ。
「そう、これじゃわたしじゃないよ」「しっかりして」と自分に言い聞かせるかのように独り言を言ってみた。
これからなにをすれば良いかは、明美はもうすでに正解をわかっている。もうすでに出してはおいた。けれど、その正解が本当に自分が望む正解なのか、それでいいのかなどずっと悩んでいたのだ。それと今朝彼氏に別れ話を切り出されるときもうすでに決めて出したのだ。いやもっと前に出していたのだ。「このままではなんいもかわらない」「だから何かをやらなければならない」と。ただその正解通りにしたくない思いのほうが強かった。だから、今日までずっと引きづられてきたのだ。それがいけないことだった。もっと早くアに心をきめて行動するべきだった。
なんにも心配することはない。悪いことをしようともしない。ただ自分の権利を主張するだけだ。それは自分にしか与えられてない自分の権利なのだ。それでそれを自分で処理して片付けてみよう。それが自分に合ってるからそれですべてのことが終わって落ち着いたら話そう。親友の桜ちゃんに。今まで言えてないことをできるだけたくさん言ってスッキリしよう。親友の桜ちゃんなら理解してくれるよう。桜ちゃんがわたしのことを信じているように、私も桜ちゃんのことを信じてみよう。もっと信じてみようと自分に言い聞かせてみた。
「よっし」と一つの悩みが解決できたかのように言ってみた。それは靄が晴れる感覚だった。
「切り替えが早い」これはわたしの長所だ。明美は自分のこの性格が好きだ。切り替えがはやいところが好きだ。これも親友の桜ちゃんも似てる。お互いに親友になる運命なのかなと改めて思われてびっくりする。
それでその親友の桜ちゃんと似ている優しさの持ち主「あの人」のこともなんとかしないと思った。「あの人」のことも彼氏の田中君のことの同様、もうすでに正解はわかっていた。
だけど今日起きた予想外のできごとで一瞬決心が乱れてしまったわけだ。それをさっき桜ちゃんとの電話でなんとなく整理してきた。それで彼氏のことを先に整理してからしようと決めたのだ。
まだ悩んでしまう所はある。いつから「あの人」の存在を大きく想ってしまったんだろ。
それはわからないし、今はわざわざわかろうとするのも良くない。ただ目の前にある問題を解決してから考え直してみよう。「あの人」との関係は今まで通、カフェのバイトさんとお客さんで十分だ。「あの人」は「あの人」のままにしておくのが一番だ。このまま明美のことを見守ってくれれば十分だ。「このままわたしのことを見守ってほしい」と明美は願ってみた。
なんとなく頭の整理が終わってほっとする明美だった。そして階段から腰をかけたまま少し自分の身を回転し自分の部屋を見上げてみた。あの部屋はもともと明美一人で住む予定だった。それがたまたま大学生になってすぐ彼氏ができて半同棲になった形で彼氏と二人で住むようになったのだ。それを元の計画通り、明美一人だけ住むようになるだけだ。それで十分な気がする。なんで今まで彼氏との関係をこんなにこだわってきたのか訳がわからなかった。ただ自分の性格上そうしたかっただけかも知れない。
自分が間違ったことを、失敗したことを認めたくなかったかも知れない。まだこの先生きていかなければならない時間って今まで生きてきた時間よりうんと長いのに、今の彼氏だけに捉われている自分のことがおかしいと思った。それで思った。
「次のステップに踏み出さなければならない」と。ホラー映画でよく見られる場面を思いだした。明美は今濃い霧が巻かれている交差点の真ん中に立っている状態だ。明美の目の前には案内標識のやじるがあり、明美はそれを見ている。霧で道先がわからないし、その標識を信じて進んでいいのか、進むぺきかどうか悩んでいる。けれど、この先を進まなければならない。このまま立っていてもなんにも変わらないし、むしろ身の安全が保証されるわけでもない。なのに前へ進むというのは賭けのように感じる。しかし一応先を進んでみて次に出る案内標識を見つけてみる必要がある。それを今やっと覚悟した。ここ何ヵ月間悩んでいたのをやっと一つの壁を乗り越えたような気分だ。
それでもう一度「よっし」と独り言をいいながら腰をかけていた石階段から腰をあげて自分の部屋に戻ろうとした。明美は自分の部屋のドアの前に立ったまま少しドアを見つめてから深呼吸をしてみた。それから自分の部屋のドアを開けて入った。
「ただいま」と部屋のドアを開けて部屋に入りながら言ってみた。この灯りの付いてない暗闇の中を、これからは一人で灯さなければならないと思うと心細くもなる気持だ。けれど、自分が決めたことはとことんやりたがる明美の性格自分で上乗り越えなければならないことだ。いつかしなければならないことだ。それを今すべきだと決心したからには、しっかり向き合い頑張る必要があるのだ。そう思いながら部屋の電気をつけてしばし部屋が明るくなるのを待っていた。それでもう一度言ってみた。
「ただいま、ありがと」と誰に言っているのか自分でもわからないまま、ただそう言ってみたくなって言ってみた。
カフェのバイトさんと「あの人」終。
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