第8話 カフェのバイトさんと「あの人」#8

人には誰しも人生のなかで一度でもどうしても想わずにはいられない人がいる。それが今の彼氏、彼女であれ、過去の人であれ、片想いの相手であれ、人誰しも経験したことがある、経験するかもしれないことだ。明美もそうだった。ただ、明美の「想わずにはいられない人」となる人は今の彼氏ではない。それをここ何ヵ月前から感じてしまった明美だった。いわゆるモテる範囲に入る明美は、高校生の時からアプローチしてくる同級生は何人かいた。


その同級生の中の一人とはデートらしいことも何度かはしたこともあった。けれど勉強に集中していい大学に入りたくてわざわざ自分から距離を取るようにしたことがある。それでその同級生とは曖昧な別れ方をしてしまったことを今でも申し訳ないと思っている。しかしそれがあったせいか、明美の志望の地元の大学に合格できたし、

楽しい大学生生活を期待していた。大学入学そうそう何人か声をかけてきたり携帯をきいてきたりもした。行きたい大学での楽しい大学生生活を期待していたせいかあまり彼氏を作りたくはなかったが、彼氏がないよりはマシだと思い付き合いはじめたのが今の彼氏だ。彼氏からアプローチされて何回かデートに行ってみたら当時はいい人そうだったし、明美もまんざらではなかったので明美から正式につきあおうと話をきりだした相手が今の彼氏だ。その彼氏が今の、別れる危機にある彼氏だ。あのときはお互いに愛し合ったし、そう信じたし、明美がはじめて味わう恋ということもあって明美の目が狂っていたかも知れない。若い女の子によくあることのように。

それを今になって考えてみるといけなかったのか後悔もしている。「女は自分からつきあおうとかいうべきではない」と。


明美は悩んでいる。今の彼氏はほんとうのいい人なのか、この彼氏と結婚してもいいとおもっていた自分の考えはまちがってないのかなど、しかし悩んでも仕方がない。今明美自分には答えを出せないからだ。そうおもいながらも一度悩みだしたらどうにもやめられないのが人だ。普通の人間だからこそそうなってしまうのだ。今の明美もその普通の人間の一人だ。考えても意味がないから考えないようにした。ただ今行きたい方向へ歩いていくのが精一杯な気がしてならない。そう思いながらずっと意味もなく歩いていく明美だった。それでそう歩いていて約15分後、目的地の繁華街の入り口に着いた。


明美はこの繁華街が好きだ。明美が通っている大学の学生たちの遊び場とも言える場所で地元の人にも愛されている場所だ。平日でも人が多くていつも賑やかな場所だ。特に週末や祝日になるとみんなの遊びにくる遊び場として長く愛されてきたのだ。

子供の頃からよく遊びに来たり高校生の短い関係だった同級生の男の子と何度かデートしたり、この繁華街はデートスポットとも言える場所だ。とにかく明美はこの街が好きだ。そのとき桜ちゃんがれメッセージが来たを振動で気づいた。

「明美ちゃん、大丈夫」

「なにが」

「彼氏のほしいものみつけた」

「ううん、まだ。いまついたばっか」

「そっか。てかまたなに頼まれたの」

「小物類」

「明美ちゃんは優しいし頼まれるとすぐうんというから」

「なに言ってるの」

「いや明美ちゃんいつも頑張ってるとこみるとなんとなくそう思ってしまうからさ」

「まあ、わたしってそれが唯一の長所じゃん」

「そんことないよ。明美ちゃんちょー可愛いし、優しいし、わたし明美のこと大好き」

「ありがと」

「ね、本当になんにもないよね」

「うん。大丈夫。少し疲れぎみなだけ」

こういうときに発揮する桜ちゃんのするどい勘は危うい。なのでバレないように適当に返事しながらぶらぶら商店街を歩いて見回そうとした。

この商店街はなんでもありそうで女子むけのアクセサリをはじめ、服、下着なども扱う店が多い。それにどんぶりやお寿司なども安くおいしく食べられるので気軽にショッピング行ったり遊びに行ったりする人が多い場所だ。

「そういえば、ここ最近この商店街あんま来てないな」と独り言を言った明美だ。


桜ちゃんからのメッセージを返事しながらぶらぶら歩いている明美は少し面倒くさくなりはじめた。が、嘘の買い物の時間のつじつまを合わせるためには返事はつづくしかなかった。


「ならいいけど。あ、ひとりで歩いて帰えるのさびいしな」

「ごめん、彼氏の頼みだから」

「あんたの彼氏ってときどき面倒くさいことさせるね自分は帰りおそいのに」

「わたし、別にかまわないよ。もともとこゆのすきだし平気でやってる」

「けどさ、彼氏名前田中君だっけ」

「うん」

「田中君ってもともとそんな人だった。わたしの知ってる限り2人つきあいはじめた時は真面目そうでちょっとつまらない印象だったけど」

と桜ちゃんの嫌み半分事実半分ともいえるメッセージを読んで、どう返事したらいいか迷ってしまう。明美は急に頭が回らなくなり、メッセージをする指を止めて周囲を見回そうとした。そのとき、一瞬ハッと息が止まりそうになった。


「あの人だ!」と呟くほどの小声で言おうとしたのを結構大きな声で叫んでしまった

自分の声に驚いて「あの人」に見られないよう「あの人」がいる反対側に顔を向いてみないふりをした。

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