第3話 カフェのバイトさんと「あの人」#3

「うん、おーはよー。」とわざとらしく今の気持を隠すためバイト仲間の桜ちゃんには普段より大きい声で挨拶をかえした明美だった。


「すごいね。今日はいつもよりはやくない」

「まあね。それより桜ちゃんこそ今日は遅刻しなかったね」

「まあね。たまにはわたしにもこういう時があるの。わたしの真面目さわかるでしょぉー」

「あはは、自分でよくいうね桜ちゃんは」

「それがわたしの長所っていうこと。誰かさんとちがってさ」

「その誰かさんが誰なのかな。その誰かさんは聞いてないのかな」

「やめた人がどうやって聞くの」と桜ちゃん。

「それは私にもわからない。けどあの人、いやアイツならコッソリ聞いているかもよ」

瞬時に「あの人」という表現をアイツと変えて呼んだことを桜ちゃんに気づかれなかったかなと心配する明美。たぶん親友の桜ちゃんにもバレないだろと思う。

「それな。キモい。アイツうちにこないでほしいっつの。あんなやつと付き合う女ってどんな神経してるかと思わない」

「そうよ。アイツまじウザかったし。気色悪かったし。自慢話ばっかでさ」今日はあまり話たくない気分だったし、普段はあんまり人の悪口もいわないし強い表現も使わない明美ちゃんは今日だけは桜ちゃんにバレなうように、わざわざ元気出そうと思い桜ちゃんの話に合わせてあげた。


桜ちゃんとは小学校からの同級生で中学は一緒に通ってないものの高校二年生の時、桜ちゃんが明美のクラスに転校してきたことをきっかけに二人は正式に親友という間柄になった。それでたまたま明美と桜ちゃんはいっしょに地元の大学に合格し独り暮らし生活がはじめてからしょっちゅう会うようになったこともあり、もっと親友らしい親友になった。なのでその親友の桜ちゃんには夕べと今朝起きた彼氏との喧嘩のことなどをバレたくなかった。


「で、明美ちゃんホント今日なんにもないの」

「なにが」

「だって今日店くるの普段よりはやかったじゃん」

「なんにもないよ」

「ほーんとー」

「ないって。今日はちょっと歩きたくてさ、普段より早く部屋でてさ、もっとゆっくり歩いてきたけど早くついてしまったわけだけなの」

「そっか、ならいいけど」

桜ちゃんは普段から勘がいいし、こういうときは物凄く鋭くなるのもある。だからこういうときこそもっと注意しなければならない。言葉では「ならいいけど」とかいいながらも「何かあるに違いない。すきさえあればそこつっこんでやるからね」と何となく桜ちゃんの表情で分かる明美だった。親友だからこそ分かる桜ちゃんの性格だ。だからうまくかわせるのだ。今のところは。


「あの人、今日も来るかな」と桜ちゃん。

「あの人、誰のこと」と知らないふりをしながら明美は聞き返してみた。

「あの人よ、あの人。ほらいつも来て本ばっか読んでる人。あれわざわざしてるでしょ」

「いや、わたしにはそうみえないし、本ばっか読んでたりしたないぽいよ。しかも1年以上そういうことできる人なかなかいないと思うし」

「あれ、明美ちゃんなんでそんなあの人のこと詳しい。もしかしたら、あれーー」

「いや。別になんにもない。ただみたこといっただけだよ」

「そっか。実はわたしもそう思ってた。明美ちゃんもおんなじこと思ってたか」と桜ちゃんの悪い癖がまた出る。興味ある人のことはわざわざ悪くいう悪い癖。いわゆる「ツン」という言葉が似合う親友だ。この前昼すぎの3時ごろ、店にやって来たあの人の飲み物を作って渡す時、たまたま桜ちゃんとあの人と三人で十分くらい楽しく話したことで二人で盛り上がったことを覚えている。普段なら二人一緒にあの人と会話する機会がなかったけど、あの時だけはなんとなく三人で楽しく話話せた覚えがある。それでまた約2ヶ月前のある日、バイト終わりに桜ちゃんが言ったことを思い出す明美だ。


「ねーねー明美ちゃん。ヤバい。あの人、わたしに携帯聞いてきたよ。断ったけど。まじウケる」

一瞬誰のことだろと思いながら明美は桜ちゃんに聞き返した。

「誰のこと、また聞かれたの」

「違う。あの人よ。わたしの嫌いなひと」とまた桜ちゃんの悪いいいぐせ。

「あー、あの人。そういうこともするんだ。珍しいね」といいながら「あの人」が自分に聞いてくれなかったことを残念に思ってしまった明美だった。


何故なら明美にもチャンスがあったからだ。それでそのことは親友の桜ちゃんに絶対言えないことだった。

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